第六十回 定村種時の孫娘は髪の長さを気にす
定村風見は、土蜘蛛である小女郎と一緒に、筑前博多から京へと近江屋の船に乗って帰ってきた。
それから近江屋の厚意に甘えるかたちで、京の近江屋の屋敷に風見は世話になることにした。
すると、小女郎が、
「そろそろ、私が留守をしている間にお前の世話をする者を連れてこよう」
と言い出した。
小女郎は京から近い奈良の柳生の里に一人で出かけて行った。
「あの土蜘蛛は柳生に本当に縁があったの?」
風見からすれば、驚くしかなかった。もっとも、世間知らずの彼女は、このところ、だいたい、いつも驚いてばかりいた。
* *
白縫数真の姿をした小女郎が二人の柳生者を連れて戻ってきた。
「こちらの細い目をした狐顔なのは、古川紺九郎。狐顔の紺九郎とかいう呼び名がある。忍術よりも剣術が得意。
こちらの背の低い猿に似たのは、姫岡虚呂平。猿眼の虚呂平とかいう呼び名がある。剣術よりも忍術が得意」
紺九郎がさっと地面に跪いて平伏する。
「お初に御目にかかります。私は古川紺九郎と申す者でございます。風見姫のような高貴な血筋の御方にお仕えする機会に恵まれて恐悦至極に存じます」
虚呂平は立ったまま軽く頭を下げる。
「どうも」
そして、
「失礼ですが、あなたも白縫さまのような蜘蛛妖では?」
と口走る。
横から小女郎が言う。
「ポンポン何でもすぐに信じるよりいいけど、ちょっと疑いすぎ。風見は本物の人間の娘だ。従五位下の定村種時の孫」
「ちょっと人と思えないぐらい美しくて・・・」
と、虚呂平。
風見はどう反応したらよいものかわからなかった。
でも、
「あたしは、妖の類ではなく、人です」
と言っておく。
「おい、虚呂平、無礼だぞ。本日から、風見さまこそ我々の主ぞ」
紺九郎があわてて虚呂平の服を掴んで跪かせる。
小女郎は言う。
「どちらも定村の家を復興できた暁には、定村に仕える青侍になりたいとのこと。そのあたりは風見も承知したもらいたい」
「はい」
風見はうなずいた。
何を言われても断る余地はなかった。風見は無力だった。
小女郎の説明。
「今の世の中、武士になり損ねた者たちは、その身分を手に入れる働きの場が欲しい。色々とうまくいったら、しっかり報いてあげてくれ」
* *
風見としては、自分の身の周りを世話する者としては女手が欲しかった。
小女郎は男しか連れてこなかった。
口に出して文句は言えない。
近江屋の屋敷を出て自分たちの家を構えるのならば、まず家の守りが大切だと言う理屈はわかる。
家の守りをおろそかにして、風見の父である定村種清は大屯岩太牢にあっさり殺された。
先に家を守る護衛を小女郎はそろえ、移り住む手頃な家を探していた。
小女郎は溜め息をついて、
「どうも掛け合いごとは難しい」
と愚痴る。
そいつは、まあ、と紺九郎が言う。
「京の人たちからみれば、私たちは余所者ですよ、余所から来た田舎者ですからね」
小女郎は言う。
「いや、私だって、私は昔は京にいた。私は本来に京の土蜘蛛だよ」
虚呂平が質問する。
「いつのことなのですか、それ?」
ポツリと小女郎は答える。
「四百年ぐらい前、いや、三百年ぐらい前か」
「どちらにしても、人間にとっては大昔ですよ、土蜘蛛さま」
あきれたような表情の虚呂平。
小女郎は言う。
「本来は私にとっては京が地元のはずだが、久しぶりに帰ってきたら、色々と様変わりしていた」
紺九郎は、
「まるで浦島太郎ですな、そいつは」
と笑った。
そして、ちらりちらり風見の方を見る。
従五位下の定村種時の孫娘である風見が顏を出して動けば話が早くまとまるやもしれない。
まとまってもらうと風見が困るのである。
蜘蛛と柳生の忍者しかいない小女郎たちに自分の身の周りの世話をまかせたいと思えなかった。
できるだけ長く近江屋に留まりたい。
風見は、
「まだ髪が伸びきらない間には、やんごとなき方々にお顔をあわせるのは恥ずかしく」
と言った。
彼女の父親の定村種時は、正七位下の下級貴族。
当時の貴族の娘の感覚として、髪の長さが短すぎることは人に会わないことの理由として十分であった。




