第五十七回 安川平兵衛はいきなり泣いて切腹す
白縫大尽のところに花形の明鏡を持っていって 千両の謝礼金をもらった古道具屋の鷲羽屋左衛門。
鷲羽屋は、阿修羅丸に言われたとおり、あぶく銭の千両を博多の貧しい人たちに分けるべく配ることを心がけた。
それは評判になり、信用が高まり、配る以上の金が入ってくるという塩梅に。
「お金は寂しがり屋さんっていうのはこういうことなのかね」
驚嘆する鷲羽屋。
金は最初からあるところに集まってくる。
しかし、好事魔多し。
鷲羽屋にとって思いもかけない災難が降りかかることになった。
狩野元信の掛け軸。
おそらくというか、ほぼ確実に贋作であろうが、出来はよかった。
そういうものを鷲羽屋に持ち込まれるようになったのは、鷲羽屋の評判があがったおかげである。
「ちょっと怪しいと思うのですが、贋作だとしても、こいつは素晴らしい。鷲羽屋に通じる鷲の絵だというのが気に入りました。色をおつけいたしましょう」
金銭的に余裕があった鷲羽屋は普通よりも思い切った高値で仕入れだ。
「心遣いに多謝」
持ち込んできた者は喜んだ。
万が一にも本物であったときに相手が気の毒だと鷲羽屋は思ったのである。
この掛け軸がいけなかった。
* *
ふらりと鷲羽屋に立ち寄った客、豊前の玄海屋の奉公人と名乗る老人、黒八という男が、
「こいつは凄い」
と目を見張ってベタ褒めした。
そう言われると、鷲羽屋もうれしくなって、
「私は絵の真贋なんてものはよくわかりませんが、この絵には値打ちがあると思いますよ。鷲羽屋に通じる鷲の絵ですから、売れなくても店先にずっと置いておいても構わないのですがね」
と言った。
それを聞いて黒八は目をむいた。
「冗談を言ってはいけませんよ。店先に売り物として置いてあるのならば売ってくれなければ困ります」
「そいつはそうですがね」
鷲羽屋のつけた言い値をそのまま黒八は受け入れた。
そして、懐中から紙包みを取り出して小判を三枚寄越した。
「こいつは手付。残りの金は明日に。誰にも売らないでくださいよ」
と。
騒ぎはそこから始まった。
鷲羽屋と黒八のやりとりを横で聞いていた福岡藩士の安川平兵衛という男も、その掛け軸を欲しくなってしまったのである。
「店主よ、わしにその掛け軸を売ってくれないか? 今、あの男に売ると言った同じ値で買う」
「いえ、お武家さまのお気持ちはよくわかるのですが、もうすでに、さっきの黒八さんという方に売ってしまいまして、手付も三両いただいておりますし・・・」
と、鷲羽屋。
平兵衛は問う。
「だから、何じゃ?」
「手付をいただいて別の方にお売りした場合には、手付倍返しと申しまして、こちらは三両ではなく六両を黒八さんにお返ししなければいけなくなります。ですから、同じ値で御武家さまにお売りすると、私にとって三両の損ということになります」
目をむいて平兵衛は吠えた。
「お前の言っていることはわからんが、そんなことを気にしてどうする!」
「それが商売というものでございます」
「武士相手に何たる口の利き方! 許せん!」
「ご勘弁くださいませ」
「ええい、うるさい! 金を払えばよいのだろう! 三日ほど待ってくれば、金を用意する」
鷲羽屋は溜め息をついた。
「わかりました」
「よし」
と、平兵衛。
何か勘違いしておられるのではないか?
あわてて鷲羽屋は付け加えた。
「明日に黒八さんが残りの金をお支払いなさった場合には、どうか、おあきらめください」
* *
その翌日には、黒八が残りの金を約策通りに支払って、問題の掛け軸を持っていってしまった。
ここまではよくある話。
珍しい話になっていくのは、そこからであった。
息子たちの反対があって平兵衛は三日たっても金を用意できず、すでに問題の掛け軸を黒八が無事に買いつけて豊前に持っていったことも知らないまま、いきなり泣いて切腹した。
そうなると、掛け軸の買い受けに反対した息子たちも後味が悪い。
* *
平兵衛の息子だという二人の兄弟が鷲羽屋に訪れた。
安川三之丞と安川半助。
「父が取りおいてもらっていたという掛け軸の代価を持ってきたぞ」
そのように言われて、鷲羽屋は困った。
「いえ、あれはもう別の方に売ってしまいまして、店にはありません」
「何じゃと?」
「お取り置きと言われましても、三日のお約束でしたが、もう三日を過ぎていますよ」
「そんな話は聞いておらん!」
嘘だった。
都合が悪ければ平気で嘘をつく。
下の者に対しては怒鳴れば何とかなるのが普通だと安川兄弟は思っていた。
しかし、鷲羽屋にはどうしようもなかった。
溜め息。
「それに、先に手付を売ってお買い上げになったお客さまがおりまして、その方が残りの金を持ってこなかったらお売りするというお話でした」
「そいつは誰だ?」
「豊前の国の玄海屋さんの奉公人の黒八さんとおっしゃる方です。もうお求めの掛け軸は豊前に運ばれておりますよ」
「何、豊前の商人だと?」
「はい」
「おい、こら、鷲羽屋、黒田の武士のことを豊前の商人よりも軽くみたな。許せん。この下郎め。成敗してくれる」
その言いがかりに対して鷲羽屋が何か言おうとする前に、安川兄弟はすでに刀を抜いていた。
「ひぃいい」
悲鳴をあげて鷲羽屋は逃げ回ったが、安川兄弟に二人がかりで追い回されて斬られてしまった。
「おやめください」
泣いて止めに入った鷲羽屋の老妻も、
「邪魔立てするな」
と斬られてしまった。
阿修羅丸の策に巻き込まれて、思わぬ大金を手に入れた鷲羽屋という古道具屋の老夫婦。
白縫大尽から一千両。
その身にあわない金の魔力に引きずり込まれ、大金を手に入れて一ヶ月もたたない間に、仲良く夫婦そろってあの世行き。
* *
派手に無法をやらかした安川兄弟ではあったが、
「鷲羽屋夫婦が無礼な悪口雑言を父に言い立てたため、父は切腹したのであり、私たちが鷲羽屋の夫婦を殺したのは父の仇討ちでございます」
という言い分が通った。
無罪放免。
事件を裁くことになった大目付の星野宗右衛門は、安川平兵衛の従兄弟であった。
それに、鷲羽屋が、盗賊とのかかわりがあって、たまたま大金を得て、その金を貧しい者たちに配っているという話も問題になった。
身の程を弁えていない。
上下の別こそ法の本質。
すべて鷲羽屋が悪かったということになり、残された鷲羽屋の財産は全て藩庫に収められた。
安川兄弟には仇討ちの報奨金として百両が与えられた。




