第五十二回 黒田二十四騎の毛屋主水が詫びる
京で従五位下の官位を持つ定村種時の孫という白縫数真。
その妹であるという定村風見が京から迎えに来て、彼女が本物であることは彼女と京で会ったことのある者たちが確認した。
ならば、いよいよ白縫数真の話が本当だったと信じよい。
京から筑前にやってきて親の仇を討ち果たし、家宝の花形の明鏡も取り戻した。
そして、京に帰る。
めでたし。
もちろん、何もかもめでたしめでたしで終わらないのがこの世の常。
花形の明鏡を取り戻すために、白縫が千両もの謝礼金を支払ったことが、後の災いの原因になる。
* *
福岡城内にて、
「その鷲羽屋という古道具屋は大変なことになっているそうだ」
と噂をしたのは、毛屋武蔵。
毛屋武蔵竹久。
二年前まで毛屋主水と呼ばれた男であった。
毛屋武蔵は、播磨国三木城攻め(三木合戦)に参加した際、敗走する味方の蒲生氏郷の軍勢を救出している。
関ヶ原の戦いの際には、毛屋は、物見として正確に敵情を探り、過大に宣伝されていた敵兵の数が、実際には少ないことを報告し、徳川家康に機知を褒められた。
数多くの武功を誇る毛屋武蔵の年齢は、すでに七十を超えている。
年齢が六十の半ばを過ぎた野口左助にとって、毛屋武蔵は福岡城内で数少ない年長者である。
そして、ともに黒田二十四騎に数えられている。
左助とも話があう。
「大変なこととは、どういうことかな、毛屋殿?」
毛屋は言う。
「いきなり大金を手元に渡されて博多の貧しい者を救えと言われても、誰が本当に貧しいか、わからん」
「なるほど」
「そこで、鷲羽屋は町医者の遠藤周伯に問うて、治療費も払えない薬代も払えない連中、六十人ぐらいに五両ずつ配った。
まだ、その鷲羽屋という古道具屋にかなりの金が残っている。遠藤周伯も困ったそうな。
周伯という男、よく六十人も、それだけ金を取らず、診ていたというだけで、大した奴だ」
すると、毛屋はいきなり気になることを言った。
「剣をかなり遣うようだ」
「え?」
と、左助は驚いた。
毛屋の説明。
「以前に、和泉殿が遠藤周伯が歩いているのを見かけて、わかったそうだ」
和泉殿。
菅和泉守正利。
これも黒田二十四騎の一人。
新免無二斎に新当流、疋田景兼に新陰流を学び、二つの流儀に達して奥義を極め、剣豪としても知られた。
左助は問う。
「周伯という男、どんな奴だ?
「夏の陣の後に上方から博多に流れてきた男よ。紀州者らしい。まあ、今さら、過去は問うまい。医者としての評判はよい」
「歩く姿だけで相手の値打ちがわかる、か」
左助は言う。
戦国の世にはそういう男たちが相当にいた。
そして、左助は続ける。
「なるほど。卜庵さまのところの大膳みたいな腰抜けは、いくら肩ひじを張って歩いても、使い物にならんと一目でわかるわい」
毛屋武蔵も笑う。
「アレが戦場に一人放たれれば、鉄砲も太刀槍も手につくものか。まさしく泰平の禄盗人の親玉だ」
その時、襖がサッと開いた。
現れたのは栗山大膳。
通りがかりに耳にした悪口にムキになった。呼ばれもしないのに、飛び込んできて、顔を真っ赤にして喚き散らす。
「武士にとって主君に対する忠義不忠義こそ肝要と心得る。たとえ英雄豪傑といえども、不忠不義ならば牛馬の強さにも劣るわ。
それがしは今や黒田の家の筆頭家老、国政を預かる筆頭家老でござるぞ。いかなる落ち度があって、それがしのことを悪く言うのだ? 悪く言うのにも程がある」
口から泡を吹いている。
目から涙を流している。
こんな奴は戦場で使い物にならん、とあらためて毛屋武蔵は思う。
しかし、確かに言葉が過ぎた。
頭を下げる。
「申し訳ない。つい、口が滑って。こちらが悪い。許してくだされ」
大膳はさらに吠え立てる。
「謝れ! すぐに謝れ!」




