第五十一回 金子屋仙兵衛は猫の手形で用件を伝える
白縫と風見が去った翌日に、豊前の商人を名乗る玄海屋が再び亀屋に訪れてきた。
阿修羅丸一家の一味ではないかと疑われる男。
堂々としていた。
たまたま居合わせた秋千代があきれるほどに。
ひょっとして、玄海屋は本当に阿修羅丸一家とつながりがないのかもしれない。つながりがあるとすれば、この男はただ者とは思えず。
玄海屋は驚いていた。
「私が博多を発った後に、そんなことが起きていたのですか?
吉十郎さんのおケガの具合はどのような感じで?
大したものではない。
そいつはよかった。
いやいや、二百両を白縫さまが笑ってくださったとは、そいつは豪儀な話ですな。吉十郎さんも助かったでしょう。
こいつに懲りて、あの人も店の金を遣いこんで女遊びするような馬鹿な真似はやめた方がいいと思いますよ、はい」
亀屋は問う。
「玄海屋さんは例の件がどうして阿修羅丸一家に漏れたのか心あたりがないものですかね?」
ケロリとした顔で玄海屋は答えた。
「ひょっとしたら私の口からかも」
「え」
と、驚く亀屋の面々に向かって、玄海屋は言うには、
「そいつはね、さすがに、お多福屋さんや吉十郎さんの名前は出しませんでしたよ。
でも、『例の白縫さまがお探しになっている花形の明鏡がどこかの大店に隠されていて、そこの番頭さんに鏡を外に持ち出させて、私も白縫さまをお助けするのだ』というぐらいの自慢話は、酒が入ると、私も博多で結構してしたような」
「酒が入ると」
「そこから阿修羅丸一家の者が、花形の明鏡が隠されているという噂のあったお多福屋の番頭さんである吉十郎さんにアタリをつけてしまったのかもしれません。
もしも、本当にそういうことだったとしたら、そいつは、私も吉十郎さんにずいぶん悪いことをしてしまいましたな。
あの人も私のおかげで二百両は手に入って、無事に帳簿の穴を埋められたのですから、いろいろ堪忍してもらいたい」
「なるほど」
亀屋は深いため息をついた。
淀みのない玄海屋の説明は一応の理屈が通っていた。
後で自慢のタネになるような話を手掛けていれば、酒が入ると、多少は口が軽くなるというようなこともやむえない。
阿修羅丸一家関連の話は終わり。
そして、本日の玄海屋の用件。
「今日はですね、実は、私は独鈷屋の綾織さんのことをお迎えにあがったのですよ。
白縫さまからお話は行っているはずなので、亀屋の皆さんはご存じかと思いますがね、綾織さんは昨年の山崩れで土の中に埋まった呉服屋の市村屋さんのお嬢さんであるお駒さん。
本当にたまたまのことなのですが、そこの市村屋さんに出入りしていた金子屋仙兵衛さんというひとと、私は中津の港で知り合いになりました。
その金子屋さんという方がですよ、白縫さまとかなり昔からのご友人だということ。
白縫さまからお駒さんが生きているというしらせを受けて、金子屋さんは『それでは、私が引き取ろう』とおっしゃられました。
私も相当な金を預かっておりますが、お駒さんが今にいる置屋という独鈷屋さんへの借金は白縫さまがご清算なさっておられました。
えーと、それで、独鈷屋さんにおうかがいしたところ、まだ、お駒さんは亀屋さんの世話で、亀屋さんの屋敷の近くの家に預かってもらっているとのこと」
* *
これを見せれば綾織はわかるという手紙を渡されて、秋千代は亀屋から綾織が泊まっている家に向かった。
秋千代は言う。
「綾ちゃんのことを金子屋さんという人が豊前から迎えに来ているんだけど」
すると、綾織は首をひねった。
「金子屋さん? ちょっと聞いたことがないなあ・・・ 確かに、白縫さまは豊前から迎えが来るだろうと言っていたけれども」
「昔に、よく綾ちゃんのうちの市村屋に出入りしていたという話だって、玄海屋さんは言っていた。これを見ればわかるって」
そう言いながら玄海屋から渡された手紙を秋千代は渡す。
綾機はさっと手紙の封筒を開く。
「見てみましょう」
そして、手紙を見て笑い出した。
「かねこ屋さん。か・・・ねこ屋さん・・・ そういうことね。確かに、よくうちに出入りしてました」
秋千代が横から覗き込む。
綾織が開いている手紙には猫の手形がいくつも並んでいるだけだった。
何の暗号?
忍者の秋千代にも見当がつかない。
たまりかねてたずねた。
「何、それ?」
すました顔で綾機は言う。
「この手紙を持ってきた者を信じて、こっちに来いって」
「読めるの?」
秋千代には墨の猫の手形が並んでいるだけにしか見えない。
「読める」
「嘘」
「いや、仮に読めなくても、この手形が誰のものかとわかる」
「はあ」
「あたしの家に出入りしていた金のねこ屋さんがすぐ私のことを迎えに来るだろうという話は、白縫さまから前もって聞いていたし、ね」
「ふうん」
納得できない秋千代。
その背中を綾機はポンと叩いた。
「もう、そんなに細かいことを気にしないでよ、秋ちゃんてば」
* *
綾機は素早く決断した。
それから、秋千代は綾機と玄海屋と一緒に、独鈷屋に残っている綾機の荷物を回収するために、独鈷屋に向かった。
迎えるのは、独鈷屋の芸子の姐さんたち。
ニコニコ船越は笑う。
「こういう日がいきなり来ることもあるのさ。それにしても、白縫さまがいらっしゃってから、綾機の運がいい方向に一気に転がっていったナ」
「船越姐さん、今までありがとうございました。あの薬は本当によく効きました」
と、綾機。
静浦は両手をこすりあわせる。
「綾ちゃんも豊前の小倉に行ってもうまくやりなよ。それで、白縫さまにまたお会いするようなことがあれば、また、博多の方に遊びに来るように言っておくれ」
ハイ、と神妙に綾機はうなずく。
「わかりました」 定家が言う。
「あんたが抜けてしまうのは、淋ししいねえ、ほんのちょっとだけサ」
綾機は小首をかしげた。
「ちょっとだけ?」
ケッと定家は舌を出す。
「ほんのちょっとだけでも淋しがってやるのは、お義理みたいなものさ」
すると、聞いて綾機は頬をふくらませた。
「これだけは何か言っておきたいけど、定家姐さんに食べられないように気をつけて、秋ちゃん」
秋千代からすれば、
「もう、僕のことを変な話に巻き込まないでヨ、綾ちゃん」
と言いたくなる。




