第四十ハ回 尾張屋丈右衛門が送別の宴をまかされる
隠居屋敷にて、卜庵老人は亀屋からの報告を聞いた。
白縫関連の話。
「阿修羅丸が古道具屋のところに置いていったという話ですがね。鷲羽屋とかいう。
その古道具屋のところの、わずかばかりの現金をすべて盗っていく代わりに、花形の明鏡を寄越した。
白縫さまのところに持っていって、もしも本当に千両の謝礼金がもらえたら、そいつで博多の貧しい者たちに分けてやれ、と。
そして、今、その鷲羽屋が本当に金を配っているので、町では阿修羅丸は義賊扱いになっています」
「じゃろうな」
そう言って、卜庵老人はうなずいてから、
「しかし、阿修羅丸は、花形の明鏡をどこで見つけてきたのやら?」
と疑問を口にする。
亀屋は答える。
「独鈷屋の芸子の定家が友人の遊女から聞いた話だそうですが、花形の明鏡はお多福屋が隠しておったそうです。
それを番頭が白縫さまの謝礼金目当てに持ち出したところを、どういうわけか阿修羅丸一家に話が伝わっていて横取りされたらしいです」
「そうなのか?」
「秋千代が定家から聞いた話だそうです。定家は秋千代のことを可愛がっていますからな。
そして、その友人の遊女の情人というのが、例のお多福屋の番頭の吉十郎で」
「ふむ」
「当初は吉十郎が亀屋に持ってくるという約束の話がありました。そして、白縫さまは手付の二百両を支払いました。
しかし、約束の当日に、吉十郎が花形の明鏡を店から持ち出すと、若い者たちに喧嘩に吹きかけられて、いつのまにか鏡がなくなったという」
「そいつは、その若い者たちが何か怪しいな」
「吉十郎からの話をうちに持ってきた玄海屋灘右衛門という豊前の商人も怪しいのですが、こいつはすでに豊前に消えてしまっています」
「よほどの明白な証拠を揃えなければ、豊前の商人を引っ張ってしまうと面倒な騒ぎになる」
関ヶ原の戦いの軍功で、黒田家が備前から筑前に移った。
その時、黒田家は農民に田畑を早めに収穫させて、後から豊前に入る細川家のために年貢を残さなかった。
細川家は激怒し、以来に黒田家とは不仲である。
亀屋は付け加える。
「白縫さまも吉十郎に二百両を出したことにご納得なされています。
吉十郎が花形の明鏡をお多福屋の外に持ち出したおかげで、すぐ戻ってくるようになった、と。相手が謝礼金の千両が目当てならば白縫さまが博多を発つ前に持ってこなければならない。実際にそうなりました」
卜庵老人はちょっと考えてみる。
そして、笑った。
「まあ、その吉十郎が千両の謝礼金に釣られて欲をかいてくれたおかげで、白縫さまの手元に無事に家宝の鏡が戻ってきた。
糸島で白縫さまに一ヶ月ぐらい博多にお残りするように無理に勧めたわしの顏も立った。もう、吉十郎のことは何もなかったということでよいわ」
「はい」
亀屋はうなずく。
卜庵老人は続けた。
「だが、お多福屋嘉兵衛はけしからんな。わしが花形の明鏡のことをお多福屋に問い合わせたときには、『ない』と答えよった」
そいつは、と亀屋は複雑な笑みを浮かべた。
「相手が本当のことを調べようもないというときには、自分が一番に何もしなくて楽ができるという答えを選ぶものですな、多くの者は」
正直なところ、と卜庵老人は言う。
「お多福屋が『ない』と答えたと聞いた時には、もう、わしは一ヶ月では花形の明鏡は出てくるはずがないと思うた。あとは白縫さまに博多を楽しんでもらうぐらいか、と」
亀屋は言う。
「白縫さまが派手に博多で遊んで評判になり、花形の明鏡に千両の謝礼金を支払うとおっしゃったものですから、出てくるはずのないものが出てきました。
いやはや欲に取り憑かれた者は、ありえないことをする。吉十郎がお多福屋の隠していた花形の明鏡を持ち出したのも、ありえないこと」
「わしが白縫さまに博多で鏡を探すように勧めたことが、まわりまわって、吉十郎を狂わせることになったか」
と、卜庵老人。
かもしれませんな、と亀屋はうなずいた。
「欲に取り憑かれた者が何をするのかは簡単ですがね、欲に取り憑かれる時を読むことが難しい」
それだ、と卜庵老人は膝を叩いた。
「人の言うことやることを先読みできることも大切だが、人が欲に狂うときを前もって感じられるということはもっと大切やもしれん」
亀屋は首をかしげる
「どういうことでしょう?」
卜庵老人は説明した。
「相手がこちらを害そうとする狙いを持ってから取り押さえようとする者よりも、こちらを害そうとする狙いますを持つであろうことをあらかじめ知って離れたり備えたりする者の方が、まず先手を取れる」
ウーン、と亀屋はうなった。
「まだ、こちらを害するつもりのない者の顏を見て、こいつは先々に敵になるだろうと決めつけて手を打つわけですか」
ああ、と卜庵老人はうなずいた。
「すぐ決めつけるのではなく、よくよく考えねばならぬと思うがな。そういうことも大切だと思うのじゃ。そのための知恵を身につけられるように日頃から心がけねばなるまい」
「難しい難しい」
繰り返して亀屋は言った。
さておき、と卜庵老人は話を変えた。
「白縫さまが朝廷で定村の名跡を復活させたいとおっしゃるのならば、わしも白縫さまが木刀で岩太牢を倒したところを見たという書面ぐらいは書こう」
亀屋は言う。
「そして、私たちが白縫さまにお話をうかがっている最中に、岩太牢が息を吹き返して見物衆に襲い掛かったので、私たちの中の虎石力松が小柄を投げて、岩太牢を仕留めた、と。さすれば、力松の武名も京に伝わりましょう」
「虎石の家は、今回の武功を機に、力松の改名を考えておると聞いておる。もう変えたのかもしれん。使いのものを送って確める」
と、卜庵老人。
名前を変えた方が「どうして変えたのですか?」と聞かれることがあるだろう。
そうすれば、力松の武功を宣伝する機会も増えることになる。
亀屋は言う。
「白縫さまの送別の宴は、尾張屋丈右衛門にまかせたく思います。花形の明鏡が戻ってきたときの騒ぎで、向こうが宴を設けてくれるという話を一度ことわっております」
「なるほど」
「誰を呼ぶか呼ばないかで恨みを買う仕事は尾張屋に引き受けてもらいます」
「お主も人が悪いのう」
声を立てて卜庵は笑った。
憮然とした表情で亀屋は言う。
「とんでもありません。
まさか、本当に花形の明鏡が出てくると思ってもおりませんでしたし、白縫さまが博多の町で今のようなとんでもない評判になると思っておりませんでした。
私からすれば、『そんなことは知ったことではない』という案件が次から次から持ち込まれてくるもので、どうしようもございません。
他人にまかせても大丈夫だと思えることは他人にまかせなければ、私の身体がいくつあっても足りません。
白縫さまについては色々と思うこともございまずが、とりあえず早く京にお戻りいただいて、私ものんびり休みたいです」




