第四十七回 近江屋六左衛門は福岡藩出入りの両替商なり
一ヶ月と期間を区切った滞在期間内に、ついに、本物の花形の明鏡が定村の家に戻ってきた。
いつ白縫は京に帰るのか?
亀屋に言われて、鳥山の秋ちゃんこと、鳥山秋千代は亀屋の屋敷の向かいの店の隣の家の二階にいる白縫を呼びに行った。
福岡忍者。
意識していないと足音を消してしまうことがある。
音も気配もなく秋千代は二階まで階段をあがっていった。
部屋の襖の向こうから声が響く。
「私には京でやらねばならないことがあります。大屯岩太牢も討ち果たし、花形の明鏡を取り戻しました。
定村の名跡の復活を幸徳井さまにお願いしないといけないのです。風見が京で身の立つようにしてやらないと」
「風見さまも博多で暮らせばいいのに」
「それはできない」
「なぜ?」
「やっぱり、風見は、どこまでも定村の姫。まず、私が定村の家を継いで、適当なところで、風見に婿養子をもらって跡をつなげるというのが一番によいのではないかと思います」
秋千代は焦った。
┅┅何か具体的な話だヨ。僕が聞いてしまってよいのか、コレ?
二人の会話は続く。
「あたしも白縫と一緒に京に行く」
「いや、以前に申し上げたとおり、すぐ豊前からの迎えが来ますよ」
「せめて迎えが来るまで博多に残って」
「ですから、花形の明鏡が手元に戻ってきた以上、すぐ、定村の名跡の復活を掛け合いたいのです。そうしなければ、こちらのやる気が疑われます」
「白縫は博多に残ればいい。ねえ、もう、あなたはあたしのモノでしょ? 忘れたのなら、また、思い出させてあげようカナ」
「ちょっと、やめてください、昼間から」
秋千代はハッと気づいた。
┅┅さすがに、これ以上に僕が聞いてはいけない、
秘め事が始まる前に声をあげる。
「あの、すみません。秋千代です。亀屋の方から今後の予定をおたずねしたいということで、白縫さまをお迎えにあがっています」
「秋ちゃん?」
┅┅うん。
「今、障子を開けないで。すぐ着替えるから」
┅┅わかっております。
「あたし、秋ちゃんとだったら、三人でも」
┅┅ガルルルルルル、綾ちゃん?
「そんなことを人前で口にするのは慎みに欠けます」
┅┅もっと叱ってやってくださいよ、白縫さま。
* *
バツが悪そうな表情の白縫を引っ張って、秋千代は亀屋の座敷に連れてきた。
そして、説明する。
「白縫さまは早く京に戻って、定村の名跡を復興に御尽力なさりたいわけですが、綾織の馬鹿が引き留めておりました」
亀屋の目に理解の色が浮かぶ。
「ああ・・・」
恥ずかしそうに白縫は目を伏せた。
「いやいや、何か、まったくもって、面目なし」
「お若いですな」
そう言って、亀屋は笑った。
白縫は言う。
「岩太牢を討ち果たし、花形の明鏡を取り戻した以上、一刻も早く京に戻って、妾腹でも定村種清の血を引く私がいたことを御認めいただいて、定村の家の断絶を防ぎたい」
「明日にでも白縫さまは京にお帰りになりたいということで?」
「ああ」
しかし、と亀屋は言う。
「そういうことならば、四五日ぐらい、福岡藩出入りの両替商である近江屋徳兵衛の船を待つ方がいいですよ」
「なぜ?」
きょとんとする白縫に対して、亀屋は説明する。
「白縫さまが持ってきた砂金を金に換えた分を博多の近江屋の店にあずけます。本人も確める。
そして、そのまま、近江屋の者と一緒に京の近江屋の店に行けば、京で金を引き出す時、本当に預けたのが白縫さまかどうか確かめる手間が省けます」
* *
秋千代は半玉姿になって独鈷屋に向かい、芸子たちに報告にした。
「というわけで、白縫さまは、もう後、四五日で、京にお帰りなさってしまいます」
芸子たちは溜め息をつく。
「そりゃ、まあ、例の鏡が見つかってしまったからねえ」
「仕方ない」
「白縫さまが博多を発つ前の宴席は当然にやるでしょ?」
「誰がやるの?」
「尾張屋さまに、どうか」
「それ、亀屋さまに掛け合ってくれないかい、秋ちゃん?」
言われて気づく。
そういう問題もあったか、と。
はあ、と秋千代は溜め息をつく、
「最初は何か白縫さまに怖い感じがあったけれども、最近、ちっとも怖くなくなった。むしろ、綾ちゃんのことがちょっと怖くなってる」
静浪がたずねる。
「いきなり、どうしたい? 何かあった?」
秋千代は溜め息をついた。
「いや、もう、綾ちゃんはしっかり白縫さまを抑え込んでしまってるというか」
定家は指摘する。
「本当に抑え込んでいたら、白縫さまは京に逃げられたりしない。まだまだ抑え込めてないヨ」
そして、
「あたしならぱ逃してはいない」
と付け加えた。
あのね、秋ちゃん、と船越が笑った。
「何でもそうだと思うのだけれども、怖いと思われるようなのは大したことがないヨ。怖さで人を押さえつけるのは限りがあるサ。
泣いたり脅したりして男にお金を払わせるのではなく、これが本当の自分の気持ちと信じ込ませて、財布の中を空っぽにしてやりたいネ」




