第四十回 番頭の吉十郎は泣きながら謝りに行く
お多福屋の番頭の吉十郎、漁師町の勘六の家を出た途端に、
「今、俺らのことを睨んだろ」
「殴り合うから荷物を地面におけ」
「痛めつけてやる」
と三人組の男に絡まれ、荷物を地面に置かされ、わけもわからず殴られている間に、肝心の花形の明鏡はどこかに行ってしまった。
* *
お多福屋の番頭である吉十郎という男。
女遊びに店の金を遣いこみ、『盗品を本来の持ち主に返す』という名目が立てば、店の主人に黙って店にあるものを金に替えようとする。
吉十郎は決して聖人君子と呼べるような男ではない。
亀屋から二百両を既に受け取ってしまっているのだ。
盗まれたからと言って、何一つ言い訳もせず、関係者からの怒りや憎しみを受け止めるのは、相当な覚悟が必要となる。
そういう覚悟を決める理由を吉十郎は持ち合わせていなかった。
この時の吉十郎みたいな状況に置かれると、人情話の世間知らずの若旦那であれば、首を吊ったり、馴染みの女と心中したりする。
しかしながら、吉十郎は大店の番頭になるような男である。
世間慣れしていた。
たとえ二百両を亀屋に返さなければいけなくなったとしても、一括払いということはあるまい。
どのみち何もなければ、今年中に店の金の使い込みが明らかになって、吉十郎の身は完全に破滅していた。
うまく亀屋から借りることができたと思えばいい。
お互いに他人に話しにくい事情もある。
漁師町で吉十郎が男たちに絡まれて花形の明鏡を置き引きされたのは、致し方のない不幸であった。
うまく話をもっていけば、返す金も減らしてもらえるかもしれない。
それぐらいのことを思いつくだけの生命力の強さは吉十郎にあった。
吉十郎は泣きながら亀屋に謝りにいくことにした。
「すみません」
* *
店に謝りに来られた亀屋は困った顔を見せた。
そして、
「あの玄海屋灘右衛門という男が怪しい気がいたしますな」
などと言う。
しかし、証拠はまるでない。もしも証拠が出てきたとしても、すでに玄海屋は博多を出ていってしまっている。
吉十郎は言う。
「いったい、どうしたら、よいのでしょう? 先にいただいた手付金の二百両をお返しする件ですが、今すぐにというのは少し無理でございまして。あと、全額お返しするというのは厳しく、なんとか半分だけでもと思うのですが・・・」
亀屋はこう答える。
「困りましたな。まずは、この件について他の者に口外しないということだけお願いしたいと思います。うちの店の金ではなくて白縫さまの金ですからね、ちょっと白縫さまとお話していただきたく」




