第三十九回 船頭の勘六は与えられた策を施す
豊前の商人の玄海屋灘右衛門は、お多福屋の番頭の吉十郎を引っかけて、吉十郎が花形の明鏡を亀屋に引き渡す仲立ちをした。
一、吉十郎からの玄海屋に対する仲立ちの礼金については、玄海屋は早急に豊前に戻るので、共通の知り合いである勘六に渡す。礼金の額は十両。
一、その礼金と引き換えに、玄海屋が吉十郎から預かった鏡の覚書を勘六が吉十郎に返す。なお、勘六が花形の明鏡を見たがっているので、亀屋に返す前に一度は拝ませてやる。
以上のような条件をつけておけば、吉十郎は花形の明鏡を亀屋に持っていく前に、必ず一度は花形の明鏡を持って勘六のところに出向くことになる。
勘六は漁師町の船頭という表の稼業を持ってはいるが、裏では阿修羅丸一家の小頭である。
周囲に秘密にしなければいけないコトの性質上に、吉十郎は一人でのこのこと花形の明鏡を持って勘六のところにやってくるであろう。
そうなれば、勘六は吉十郎のことをどうにでも料理できる。
* *
阿修羅丸の策は見事にあたった。
吉十郎は一人でのこのこと花形の明鏡を持って勘六のところにやってきた。
そして、
「いや、勘六さん、本当にありがとう。素晴らしいひとを紹介してくれました」
と言う。
満面の笑顔。
「昨日に二百両を亀屋さんの使いの者からいたただきました。おかげで、私も無事に帳簿の穴を埋めることができました」
「よかったですな」
勘六は調子をあわせる。
礼金を受け取り、覚書を返し、鏡を見せてもらった。
骨董に詳しくない勘六からすればよくわからなかったが、千両の謝礼を支払う者がいると思えば、素晴らしい鏡であるように思えた。
「いや、こいつはすごい。一生のうちに一度でもこんな大したものを拝むことができて、この身の幸せ」
この日、勘六の嫁は風邪で倒れており、また、勘六の二人の子どものうち一人も風で臥せっていた。
文十郎は聞いてくる。
「奥さんもお子さんも調子がよくないのかい?」
勘六は苦笑する。
「どうも今日は病人ばかりで、うちだけじゃなくて、このあたりで風邪が流行っているらしくね」
「そりゃ大変だ。こいつは病気見舞いだ。勘六さんも気をつけなよ」
そう言って文十郎はポンと小判を一枚なげてよこした。
「大きに、ありがとうございます。旦那のような結構な方はございません」
礼の言葉を並べながらも、勘六はチクリと心の痛むものを感じた。
文十郎もまるっきりの人間のクズではない。
優しいところもある。
* *
家の外では、勘六の手下たちが文十郎を待ち構えている。文十郎が出てくれば、適当に喧嘩をふっかけて鏡を奪う予定になっている。
文十郎を殺しはしない。
下手に殺せば代官所が動いて面倒なことになる。
ただの喧嘩で終わらせれば、花形の明鏡がなくなっても、お多福屋から鏡を無断に持ち出している文十郎は黙っているだろう。
すでに文十郎に二百両を払ってしまった亀屋だって、何も言えまい。お多福屋の評判を親切心で慮ったにしても、お多福屋の主人の嘉兵衛に無断でコトを勧めたという点で、亀屋にも後ろ暗い部分がある。
表立って公に被害を訴えられない相手を標的にかけるというのは、古今東西の犯罪のセオリーの一つである。
* *
花形の明鏡を持っていけば謝礼は千両という話。
喜び勇んで家の外を出ていく文十郎を勘六は見送った。
そして、呟く。
「文十郎さんも、二百両の現金を手に入れて、帳簿の穴も埋められたわけだし、少し痛い目にあわされたところで、全体として見れば、お得のはず」




