第三十八回 定村種時の霊が京に現れたという噂あり
花形の明鏡が見つかったという報せ。
玄海屋から亀屋に手渡された鏡の覚書の寫しの確認を風見は求められた。
読んで、風見は認めた。
「この覚書です」
盗賊に襲われた夜の忌まわしい記憶は思い出したくないが、花形の明鏡が手元に戻ってくれば何かに一区切りつけられるような気がする。
「間違いありません」
亀屋は言う
「こうなってみると、白縫さまが派手に博多でお遊びになさられたことは、本当は出るはずのないものを表に引っ張り出したと言えましょう。
相手のお多福屋の番頭の吉十郎さんは、店の金を相当に遣いこんでいて、早急に金が必要とのことで、まず、手付として二百両」
「二百両」
その金額の高さに、風見は目を丸くする。
ご心配めさるな、と亀屋は言う。
「白縫さまのお書きになられたお文をもって、近江屋さんが定村の陰陽師がお助けになられた方々のところに奉加帳をもって回りました。
京の両替商の近江屋さんのご報告によると、上方で集まったお金は千両を超えます。二百両ぐらい容易く出せます」
「はい」
風見はうなずいた。
亀屋からの忠告。
「誰がどれだけ出してくれたか、誰が出さなかったのかという近江屋からの覚書は、お嫌でしょうけれども、後でしっかりご覧ください」
また、定村の血筋の能力が働いた。
┅┅こうであってほしいという夢想と実際こうであったという事実に折り合いをつけていかなければいけない。動かせない事実を憎み続ければ、どこでどんな生き方をしても、夢想に裏切られ続けて地獄を生きることになる。
亀屋の考えが風見が望んでもいないのに風見の心に飛び込んできた。
否定しがたい論理。
それでも、何か風見は嫌だった。哀しかった。
亀屋の考えが正しいと認めてしまえば、この世界は多くの者にとって地獄であろう。あまりにも救いがないではないか。
「仕方ありませんね」
そう言いながら、風見は唇を噛んだ。どうしようもない。
亀屋は言う。
「さすがにご祖父の定村種時さまは従五位下のえらい陰陽師だっただけのことはありますな。富裕な御贔屓さまも多かったみたいで。それと、また」
途中の言葉が途切れたことが気になって、風見はたずねる。
「どうかしましたか?」
「種時さまの夢を見たという人が結構いらっしゃったとか。まったくもって不思議な話です」
と、亀屋は言った。
* *
実は、この時に不思議なことは大して起きてはいなかったのだ。
従五位下という特別に高い官位の種時のカリスマ。
種時の息子である種春の非業の死。
種春の隠し子であるという白縫による仇討ちの成功。
船による上方と博多の距離は意外に近い。
そういった要素が絡みあえば、上方においても誰か一人が種時の夢を見れば評判になる。
となれば、昔に種時と縁のあった者で、承認欲求に飢えている者たちは、自分たちも種時の夢を見たと言いたがってしまう。
実際に、種時の夢を見ることに成功した者たちもいるし、成功しなくても嘘をつく者たちもいた。
そういう連中が一人あたり十両から百両の金を出した。
多少なりとも不思議と言えることがあったとすれば、祖父の種時の事件の解決の話を、風見が異常な暗記力でもってよく記憶していたことであろう。
白縫が『お金を恵んでくれ』という無心の手紙を多く書いて関係者に送ったことは、お姫様育ちの風見の目からすればあさましい所業と映ったにせよ、それは庶人の目からすれば特に不思議なことでもなかった。




