第三十七回 静浪と静浦の姉妹は年下の男の子で遊ぶ
「秋ちゃんさ、どうして、綾ちゃんなわけ?」
「うちらも白縫さまにつなげヨ」
独鈷屋の二階にて、鳥前秋千代は一人の芸子と一人の半玉(芸子見習い)に絡まれていた。
芸子の名は、静浪。
半玉の名は、静浦。
二人は血のつながった姉妹である。
栗山一葉斎卜庵(栗山善助)子飼いの忍びでありながら、女装が得意な少年忍者、鳥山の秋ちゃんこと、秋千代は、時折に不審な宴席に潜入するべく、お仕事で半玉となって置屋の独鈷屋に出入りする。
事情を知っている独鈷屋の芸子たちや半玉たちからすれば、女の子にしか見えない半玉姿の秋千代をからかいたくなる。
秋千代からすれば、困ったものである。
「綾ちゃんを白縫大尽さまに押し込んだのは、船越の姐さん。唐津屋さんの宴席で『うちの新しいので面白いコがいるよ』って。僕もいたから間違いない。僕は綾ちゃんのために何もしてない。したのは船越の姐さん」
もう、と静浪は舌打ちする。
「船越の姐さんは本当に余裕がおありダ。唐津屋さま、犬飼玄番さま、有川駿河さま、何人も太い客を掴んでおられ」
「秋ちゃんが綾織のために何もしてないのはいいけどサ、うちのために何かしろ」
静浦が拳を握って振り回す。
秋千代は驚いて問う。
「いったい、何があったの?」
姐の静浪からの報告。
「この二、三日、いきなりね、白縫さまの顔つきがお柔らかくなられた。何か、並とは違う貴人みたいな感じでなくなって、近づきやすいというか、ひょっとしたら落とせるかなというか。
それで、『綾ちゃんに手を出しましたか』って冗談で聞いたら、すごい答えが返ってきたの。『手を出すというか、むしろ手を出されてしまった』って、それ、どういうこと?」
「知りませんよ」
としか、秋千代は言いようがない。
妹の静浦からの要望。
「うちは露骨にさ、『食べた?』ってきいたわけ。すると、『食べられちゃった』って照れ笑い。そのときの白縫さま、いとかわゆし。わかった、もう、いいから、うちにも白縫さまを食べさせろよ」
━━もう、いいから━━
何がよいのか、秋千代にはさっぱりわからない。
しかし、
「いや、白縫さまは卜庵さまの大切なご客人なのですから、食べさせろとか、そういうことを言うのはやめて」
と注意する。
ろくに聞いてもらえない。
静浪は語る。
「綾ちゃんのおかげではっきりしたワ。白縫さまはご自身が女に押されたら転がされるというご自覚がおありだったから、年上の女よりも年下の女がいいとおっしゃっていたのサ」
静浦は言う。
「もう秋ちゃんの御下知に従って白縫さまのことを持ち上げていたら全然いいことなくて、綾織みたいな泥棒猫にかっさらわれちゃったヨ。どうしてくれる?」
年上の姉たちの愚痴を聞かされる末っ子な気分。
秋千代は溜め息をついた。
「神社にお賽銭を放り込んで、お二方の開運をお願いしておきます」
ち、と静浦は舌打ちした。
「頼りにならぬ」
そんなことで頼りにされたくないやい、と秋千代は思う。
「いや、どうも、すみませんね」
静浪は笑う。
「だいたい、白縫さまの亀屋にご滞在でしょ? 秋ちゃんが白縫さまに亀屋で会ったときに、あたしのことを売り込んでヨ」
* *
秋ちゃんは遊ばれている。
静浪と静浦の言うことは、全て本気というわけでもないだろう。
半分ぐらい本気かも。
秋千代はうんざりしたものを感じる。
ふと秋千代の脳裏に風見の顔が浮かんだ。
従五位下の定村種時の孫娘という正真正銘の貴族のお姫さま。
風見ぐらい、ぼんやり浮世離れしていると、芸子としては生きていけないだろう。
それでも、
┅┅たとえ嘘でも、上辺だけでも、風見さまみたく、お淑やかにしてみせた方が、そういうのを喜ぶ客もいるでしょうに。
と秋千代は心の中で思った。




