第三十六回 鏡の由来についての覚書の折紙あり
「第二部、勘解由脱出行」では寛永の筑前の分封問題について扱います。
阿修羅丸一家と小女郎と金花奴が手を組んで筑前から秋月を独立させる話になります。、
お多福屋の番頭である吉十郎から『隠密にお伝えしたい用件がある』という使いが亀屋にやってきた。
使いは、玄海屋灘右衛門という豊前の商人であった。
おかしな話よ。
吉十郎は博多の大店のお多福屋の番頭である。誰か店の者を使いに寄越せばよいものを。
怪しみながらも、亀屋は指定の料亭に小文治を連れて向かった。その途中で鷲津兄弟の暴挙を止めねばならない事件に遭遇し、少し遅刻してしまった。
* *
料亭の貸し切りの部屋で、まず亀屋は軽く詫びる。
「申し訳ありませんな、遅れてしまい」
玄海屋は言う。
「とんでもございません。お忙しいところ、お時間をお取りいただいて、ありがたく思います」
「それでは、吉十郎さんの相談事とやらをうかがわせていただきましょう」
と、亀屋が聞いてみたところ、玄海屋が言うには、
「まず、単刀直入に申し上げますと、亀屋さんたちがお探しの花形の明鏡は、お多福屋さんのところにあるのです」
確かに、お多福屋は大屯岩太牢を安養寺に紹介する手紙を書いている。花形の明鏡を盗んだ岩太牢とつながりがあることは当初からわかっていた。
ウーンと亀屋は唸ってしまった。
「最初に、お多福屋さんにお問い合わせしたのですがねえ、また、どうして、お多福屋さんは『ない』とおっしゃられたのか」
「岩太牢が悪人だったことが衆目に明らかになり、いろいろ怖くなったのでしょう。
花形の明鏡といったお宝を預けられるほど、お多福屋さんと岩太牢とのつながりが太かったという話になれば、商売に差し支えます」
「そいつは、まあ」
玄海屋は言った。
「一番の理由は、『ない』と言っておけば、話はすぐに終わると思ったのでしょうねえ・・・
父親の仇を討って形をつけた白縫さまが、盗まれた鏡まで探すというようなことはあきらめて、京に戻るというようなことは十分にありえました。
「まるで見つからなければ、探した時間は丸損です。特に、白縫さまはまだお若いのですから、時間を大切に使いたいはず。
親を殺されて仇を討たずに放っておけば、世間はガタガタ悪く言います。けれども、盗まれたものを取り返さずあきらめても、盗まれたものは戻ってこないのが当たり前ですから誰も悪く言いません」
なるほど、と亀屋は思う。
「そのように仰られると、『あきらめた』とやるのが並の相場かも。私も年齢を取りました、若い頃の気持ちを、ちょっと忘れていましたな」
玄海屋は言う。
「それを卜庵さまが無理に博多にお引き留めなさったおかげで、白縫さまの博多での評判が高くなってしまい、お多福屋さんの側として、『実はある』と言い出しにくくなりました」
ああ、と亀屋はうなずく。
「今さらになって『あった』言い出すのは大変ですな」
しかしですよ、と玄海屋は続けた。
「お多福屋さんの番頭の吉十郎さんとしては、高価な盗品が店の中に置かれているということが気にかかる。
後になってバレたら、店が潰れかねない騒ぎになりかねない。
こいつは、もう、お多福屋の主人の嘉兵衛さんとの相談ぬきの吉十郎さんの独断です。
いっそのこと、本当の持ち主の白縫さまが博多におられる間に鏡をこっそり返してしまいたいというわけで、こっそり」
「こっそりですか」
お多福屋の番頭の吉十郎は厄介払いをしたいのであろう、と亀屋は受け取る。
玄海屋は風呂敷包みから一枚の折紙を取り出した。
「これが花形の明鏡の収められた箱の中に入っていた鏡の由来を説く定村さまお家の覚書です」
亀屋は一読する。
それは確かに、花形の明鏡の由来について、定村家のものが書いたらしい覚書であった。
「本物の様子ですな」
お願いします、と玄海屋は頭を下げた。
「その覚書の寫しをお渡しします。白縫さまにお見せください。もしも、この件を全て内緒で終わらせていただけるというのでしたら、吉十郎さんは鏡をお返しにあがりたいわけでして」
そういうご相談でしたか、と亀屋は言う。
「私としては、それがお多福屋さんにとっても、それが一番に皆にとって良いやり方だと思うのですが、白縫さまのお気持ちも確かめなければなりませんな」
玄海屋は言う。
「もしも、白縫さまがお受けくださるなら、吉十郎さんに『玄海屋から聞いた例の件で』とお伝えください。吉十郎さんが元の箱に収めた鏡を持っていかれるそうで」
そして、
「白縫さまは花形の明鏡を持ってきた者な謝礼を千両とおっしゃっておられると聞きますが、吉十郎さんに白縫さまのお返事お伝えするとき、まず手付として二百両をお渡しください」
と続けた。
「謝礼ですか」
亀屋が別に払うわけではない。
白縫が払うのである。
すみませんね、と玄海屋は恐縮した表情で頭をさげた。
「ここだけの話ですが、吉十郎さんは、確かにお多福屋の店を守ることをお考えですが、今回の件は善意ばかりが理由ではありません。
亀屋さんのことを信じて正直なことを申し上げますと、吉十郎さんは商売で失敗して店の帳簿にかなりの穴を開けておりまして、二百両はすぐ御入用でして」
* *
お多福屋の番頭の吉十郎は博多柳町で小梅のために随分と派手に金を遣って遊んでいる。
店の金を遣いこんでいるという噂があることを、亀屋は後で秋千代の口から聞いた。




