第三十四回 竺羅の沖松は鏡の持ち出しを唆す
第一部のタイトルは「明鏡争奪戦」にしました。第二部のタイトルは「秋月脱出行」の予定。
大屯岩太牢の血縁であったお多福屋嘉兵衛の店。
お多福屋に吉十郎という番頭がいた。
若くして吉十郎は番頭になり掛け金の回収をまかされた。そして、博多柳町の柳屋の小梅という遊女に馴れ初めた。
掛け金の回収の業務で現金が手元に入り、番頭の地位で帳面をごまかせるというのであるから、吉十郎は二百両も使い込んでしまった。
その話を小梅は「ここだけの話」と仲の良い友人たちに話す。
まわりまわって、博多八ヶ町に情報の網を張っている根津五郎の耳に飛び込んだ。
根津五郎は、月の上納金を支払えない小頭たちのために、稼ぎ道の策を考えてやることがある。
┅┅お多福屋の番頭の吉十郎に抜け荷を勧め、沖に出たところで吉十郎が集めた金や商品を奪え。
お多福屋の番頭、吉十郎が早急に金を必要としていることは間違いがなかった。年に一度の総勘定が行われれば、吉十郎の使い込みは明らかになる。
焦っているはず。
騙しやすいはず。
阿修羅丸一家の小頭、勘六は、漁師町の船頭という表の仕事もあった。
勘六はしきりに吉十郎に抜け荷を勧めていた。
* *
吉十郎を引っかけるのに、阿修羅丸一家を手伝ったのは、玄海屋灘右衛門という豊前の商人である。
盗品の売り捌きなどを引き受け、阿修羅丸一家では別の呼び名がある。
竺羅の沖松。
「いや、私は玄海屋灘右衛門と申します。
勘六さんにお聞きしました。
何でも抜け荷の勧めをお断り続けになられているそうですな。
よいことです。
抜け荷が見つかれば、磔で串刺しです。三尺高い空の下で土手っ腹に風穴が空いてしまう。やめておいた方が賢明です」
「おっしゃるとおりです」
吉十郎は溜め息をついた。
そして、
「勘六からお聞きでしょうが、私も早急に金が欲しい。このままだと、抜け荷をしなくても、私は首と胴との生き別れです」
と泣きを入れた。
ふむ。
沖松は考え込んでみせた。
そして、
「お多福屋さんに例の花形の明鏡があるという噂は本当なのでしょうかね?」
と尋ねる。
「え?」
と驚く吉十郎に向かって、沖松は言う。
「お多福屋の主あるお多福屋嘉兵衛さんは、例の大屯岩太牢とのかかわりが強いと言われることを恐れて、『ない』と卜庵さまにお答えしたと聞き及びます。しかし、お多福屋の奉公人には『ある』と口にする者もおります」
吉十郎の顔色が変わった。
「いったい、誰ですか、そいつ、どこで?」
馬鹿馬鹿しい。
お前さんも小梅にしゃべっているだろう?
沖松は苦笑した。
「いらぬ告げ口はいたしませんよ、余計な怨みを買いたくないので」
「はあ」
「ただ、もしもですよ。
お多福屋の店の中に花形の明鏡があるというのならば、白縫大尽さまにお返しすればよいと思うのです。
本来の持ち主の白縫さまは、千両の謝礼を支払うとおっしゃっていますよ? 吉十郎さんの二百両ぐらいの使い込みの穴はすぐに埋められますよ」
「千両!」
吉十郎の目の色が変わった。
そこに、沖松は調子よく語りかける。
「これが一番に大切なことですが、鏡が店からなくなっても嘉兵衛さまは誰にも文句は言えません。本来にその鏡はお多福屋の店の中にあってはならないものなのですからね」
「なるほど」
「白縫さまや亀屋さんにも、『このまま盗品の鏡をお多福屋に置いていたらもバレたときにお多福屋が潰されかねないので、番頭の私が独断で鏡を本来の持ち主である白縫さまにお返ししたいと思いますが、くれぐれもご内聞にお願いします』とか何とか言えば、黙っていてもらえます」
ああ、と吉十郎は声をあげた。
「うまくいきそうですな、そいつは。お願いします。細かいところまで相談にのっていただけませんか? 貴方のように賢い方にお会いできるとは、私のツキもまだ残っていた。もし上手くいったら・・・」




