第三十二回 錦ヶ嶽の小女郎は人の子に組み敷かれる
大正九年の沢村順次郎『神秘なる同性愛 上巻』にも白縫×綾機の事例は取り上げられています。
「菊池の動静を窺ふ内に、義に依って遊女を救い、その縁によって、之と契った」と。
化け猫の金花奴を飼っていたという独鈷屋の半玉、綾機を亀屋の近くの家の二階に入れることに成功した豊前の錦ヶ嶽の土蜘蛛である小女郎。
間津田の泥亀なる盗人が鉄砲で撃ち殺されたという話には特に興味が湧かず。
夜になって亀屋に戻ると、小女郎は綾機に会いにいった。
共通の親しい昔からの知り合いがいるということで、小女郎は綾機という娘に心を許した。
筑前に来てから初めてのことであった。
* *
小女郎は言う。
「金花奴は大屯岩太郎に花形の明鏡でこっぴどくやられたが、別に死んでいない。
私を頼って豊前の錦ヶ嶽に逃げてきた。
あの化け猫は、今、豊前中津の港で、漁をしている者たちから魚をねだることに取り組んでいる」
はあ。
綾機はあきれたような声をあげた。
「何をやってるだか・・・ それ、金花奴らしい」
「私もあの馬鹿猫とのつきあいは長いが、本当に変わらない。『あらゆる猫の手本となる明るく楽しい猫暮らし』とか、いつも言っている」
「あーあーあー、懐かしい。それ、あたしの家にいた時に言ってました」
「昨年にお前の家を呑み込んだ金山の山津波(土石流)だが、金花奴の祟りとかではないよ。あの猫は元気に生きている。
花形の明鏡で痛めつけられた金花奴は、豊前の私に岩太牢に対する仕返しと花形の明鏡の入手を頼んできた。妖力を戻すまで骨休め。何もしないでゴロゴロ」
「ちょっと腹立つ」
わかってもらえて小女郎はうれしかった。
さておき、
「あの金山の山津波(土石流)は、山の木の伐りすぎたのが悪い。
人間が木を伐るのを金山で邪魔していた金花奴が豊前に逃げてから、人間たちは調子に乗りすぎた。地面が緩んでしまったところに、大雨が降った」
樹木の細根には、網のように土壌層をつなぎ止め、基岩層の亀裂まで入り込み、すべり面(土壌層と基岩層の境)を固定する。
また、落ち葉が混ざり込んだ隙間が多い土壌は、降水時の水分を多く吸収し、地表流の発生を抑える。
伐採によって樹木が減少すると、すべり面の歯止めがなくなり、土砂崩れが発生しやすくなるのだ。
小女郎は言った。
「とりあえず、あの金山の山津波(土石流)の金花奴の仕業ではない。
むしろ、人間たちが木を伐るのを邪魔していた金花奴は、山津波を防いでいたと言ってもいい」
両手で胸を抑えて、ホッと息をなでおろす仕草を綾機は見せる。
「よかった・・・
あの山津波が金花奴の祟りって言う人たちがいたけど、あたし、信じてた。金花奴はそんな悪いことはしないって」
かの化け猫についての小女郎の言葉。
「適当に悪いことはする」
アハハ。
綾機は声を立てて笑った。
「目指すは、明るく楽しい猫暮らしですし、金花奴は」
* *
金花奴のことを飼っていたという娘。
ほぼ身内。
白縫大尽の正体が豊前の錦ヶ嶽の女の土蜘蛛であることを、小女郎は説明した。
「なぜ、私のような者がこの世に生まれ落ちたのか。
もしかすると、定村の者に本当に関係しておるのやも。
風見の姿は、私が人間の姿を取るときと最初からよく似ている。そのままか。
朝廷の高位の陰陽師家である定村の者が何か禁じられた呪法を使って、この世界の普通の理を歪めてしまったのやもしれない」
綾機は言う。
「しらぬいさまはおにーさまでなくておねーさまだったとわ・・・ でも、小女郎という名前って、おかしくありません?」
「遠い昔に鬼と妖の本場である京から初めて九州にきたとき、私は何とか姫とか名乗っていたけど、今でも金花奴に笑いのタネにされているよ。
あまり名前のことでムキにならない方がいい。コレと思った名前をつけて大外れしてしまうと、哀しいことになる」
悔やむことしきりの小女郎に、目をキラキラさせて綾機はたずねてくる。
「いったい何姫さまだったのですか、白縫さまは?」
「また後で、金花奴に教えてもらいなさい」
「金花奴に?」
「この件が終わったら、あなたを見つけたことを金花奴に話す。また、金花奴はあなたに会いに来る。金花奴はあなたのことを気に入っていたし。
あの猫、金の鉱脈を見つけるのがうまく、猫に小判というぐらい金を溜めこんでいる。人間のお金に困ったら、あの馬鹿猫にたかればいい」
今夜は酒が妙においしい。
人間になった身体が芯から熱くなって、頭がぼーっとする。いい気分。
小女郎は言う。
「幸せ」
綾機は言う。
「白縫さまのこと、大好き。金花奴に感謝」
「そう? ありがとう。ああ、綾機も、ホント、かわいい。食べちゃいたいぐらい」
小女郎に、綾機はすっと身を寄せてくる。
上目遣い。
「あたしも覚悟を決めてこちらに参っております。さて、白縫さまもそろそろ帯をお解きめされよ」
「え?」
「あたしはネコにではなくバリタチの才があるって、金花奴は言ってました、昔」
ネコ?
バリタチ?
金花奴は小さな子どもの綾織に何の話をしていた?
あの馬鹿猫。
人間の言葉を話す猫の金花奴と綾織との話を聞いて、女中が「これはろくでもない猫」とあわてて金花奴を袋詰めにして川に投げ込んだという五年前の件。
そういうことか・・・
綾機は両手をすっと小女郎の着物の中に入れてきた。
「ちょっと待て!」
小女郎は慌てる。
変化の術が解けない。土蜘蛛に戻れない。
さっき飲んでいた酒に、綾機が妙な薬を混ぜたとは思いもよらず。小女郎の身体は人間の少女のまま。
くすくす綾機は笑った。
「白縫さまは、さっき、あたしのことを食べちゃいたいって、おっしゃられましたけど、おいしく食べられちゃうのは白縫さまカナ?」
唇を合わされた。
上唇や下唇を軽くついばまれる。指で撫ぜられて口を開けされられたかと思うと、ざらざらした舌が中に差し込まれた。
口蓋を舐めあげられると、まるで頭の中を舐められているよう。
「嫌ぁ」
たまりかねて小女郎は声をあげてしまう。
わ、わかんない。
押し返そうにも身体にまるで力が入らなかった。
「白縫さま、ちょっと硬すぎるから、色々とうでもよくなるぐらい、溶かしてあげる」
また唇を合わされる。
しびれるよう快楽に堕とされていく。いつのまにか畳の上に組み敷かれていた。
すっと身を離した綾機は、勝ち誇った驕慢な笑みを浮かべた。
「さあさあ、続きはお布団にて。
不思議な白縫のお姫さま、どうか、その美しく気高き御身を今宵は可愛くおまかせあれ」
小さくて華やか。
甘い毒入りのお菓子。
あわわ。
ふらふらする頭で小女郎は頷いた。
本編においては、絵草子『白縫物語』と異なって、白縫×綾機ではなく綾機×白縫に。




