第三十一回 あってはならないことをなかったことにす
鷲津兄弟が醜態を晒した夜、外での騒ぎに最初に気づいたのは、二階の定村の姫君の風見だった。
┅┅蔭澤夏之丞さまが危ない。
と。
八百が亀屋に知らせた。
すると、亀屋は愛銃を手に二階に上がって、窓の外を見ると、すかさず一発ぶっぱなした。
それが命中。
蔭澤夏之丞を今にも殺さんとしていた白木ヶ淵の巨亀という盗賊。
頭の上半分が吹き飛んだ。
* *
コトの始末が終わった後で、小文治は讃嘆する。
「あの闇の中でよく見えましたね」
亀屋はすました顔で、
「私はね、鉄砲をもつと、途端に色々と見えるようになるんですよ」
と言った。
ムチャクチャだ、と小文治は思った。
溜め息をつく。
「あの闇の中で、風見さまが蔭澤夏之丞さまの顔がわかったということは」
「うん?」
「ひょっとして」
恋する乙女の一念のなせる業ではないか、と小文治は思うのだ。
すると、亀屋はイヤそうな顔をした。
「何をお前さんが言いたくなったのかはわかりますがね、コトがややこしくなるような話は口にしないでくださいよ」
「はい」
「闇の中で、風見さまが夏之丞さまを見分けられたというのは、アレですよ。風見さまは従五位下という高家の陰陽師の血筋、本物の神通力をお持ちなのです、きっと」
正直に言って、小文治が思うに、今夜の風見のやったことは陰陽師の血筋による神通力のおがげということではあるまい。
精神の集中によって人間の能力がケタ外れに跳ね上がるということもある。
亀屋自身がそれを見せた。
もしや、能力がケタ外れに跳ね上がるほど精神が集中してしまうぐらい、風見は蔭澤夏之丞のことが好きなのではあるまいか?
二人が結ばれるようなことはあるのか?
馬鹿馬鹿しい。
夏之丞は二十石の扶持米取りの小身の徒士である。
従五位下の貴族の孫娘である風見とは不釣り合いである。
┅┅コトがややこしくなるような話は口にしないでくださいよ。
という亀屋の言い分もわかる。
結ばれるはずもない他人の色恋沙汰を煽り立てれば、ろくでもない騒ぎになる。
それを思えば、「風見さまは本物の神通力を持っていらっしゃる」とか、馬鹿なふりをして言っていた方が誰も傷つけずにすむ。
小文治は言った。
「できるだけ本当のことを言いたい。
しかし、言ってしまったら多くの人に迷惑がかかるというのに、その後始末の策も用意できないというようでは、何も言わないという方が利口ですやね」




