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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第一部 明鏡争奪戦
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第三回 蔭澤夏之丞は心の声を聞かれけり

 従五位下の官位にのぼった定村種時を祖父に持つ娘、定村風見。

 彼女は、突然に押し掛けてきた流れ者の陰陽師である大屯岩太牢に、父親である定村種春を殺され、伝家の重器を奪われ、身柄を拉致されかけた。

 危ういところを、祖父の名声を慕って訪れた筑前福岡藩の三人の若者たちに救われた。

 若い娘の風見の身柄は、さすがに福岡藩の京屋敷に入れることは差し障りがあるということで、福岡藩の出入りの店の近江屋に預けられることになった。

 その扱いに風見は文句を言わず。

 盗賊たちを相手とはいえ、白昼の人斬り。

 検非違使たちへの報告。

 藩の上役たちへの報告。

 事件の生き証人である風見が福岡藩にとって即座に連絡のつく場所にいなければ、福岡藩の側も困る。


   *  *

 

 三人の若者たちの中で、風見が一番に好感をもったのは、蔭澤夏之丞だった。

 あの日の事件の時、蔭澤夏之丞だけが人を斬らなかった。

 高名な陰陽師の定村種時を祖父に持つ風見は、その霊力を受け継ぎ、時たま人の心の中が見えることがある。

 騙し討ちを愉しみながら宇壺箭九郎を斬った青柳春之助にも、荒金太刀蔵を斬ることで出世への足掛かりを願った冬次郎にも、風見はあまり良い印象を持てなかった。

 岩太牢たちとあまり変わらない人の姿をした物の怪の類のようにも思えた。

 夏之丞は近江屋にいる風見のもとを訪れて状況を報告してくれる。

 彼が自分に好意を持ってくれているらしいことは、くすぐったくて誇らしかった。

 非常時なのに。

 いや、非常時だからこそかもしれない。

 身分のしっかりした心優しい爽やかな外見の若い男から気持ちを寄せられるというのは、風見にとって好ましく思えた。


 時として、夏之丞は愚痴った。

「あの日の盗人たちは二人とも冬次郎さまが斬ったという話になりました。

 冬次郎さまが二人とも斬ったという武勇伝になれば、冬次郎さまも養子縁組先や婿入り先のよい話につながりやすくなります。

 千七百石の雪岡家の子で藩主付きの近習とはいえ、冬次郎さまは次男坊で、継ぐべき家がありません。よい養子縁組や婿入り先がなければ、実家で飼い殺しにされるのみという状況に陥りかねません」

 浅ましい獣じみた侍たちの世にも複雑な決まりごとがある。

 風見は驚くばかり。

「はい」

 いや、と夏之丞は語る。

「最初に春之助殿は、自分が斬った一人は私が斬ったことにしろと私に勧めてくれました。私はそれを断ってしまいました」

「なぜでしょうか?」

「冬次郎さまは少なくとも一人は本当に斬っておられます。しかし、あの日の私はただ不甲斐なく立ちすくんだだけでした」

 春之助は完全に箭九郎の体勢を引き崩して、冬次郎に花を持たせるべく後を任せた。

 斬る気があれば誰にでも斬れる状態であった。

 だとしても、ためらいなく冬次郎は箭九郎を斬った。

 冬次郎のことを『もらい首よ』と口に出してそしろうとはしない。

 夏之丞は同じ場に居合わせていて刀も抜くことができなかったのだ。

 しかし、と夏之丞は無念の溜め息をつく。

「春之助殿の申し出を容れて、私が一人斬ったという話にしてもらえば、加増や出世もありえたでしょう。『天の与うるを取らざればかえってその咎めを受く』ことになるのかもしれません」

 風見は言った。

「古くから京の都には位打ちという呪法があります」

「位打ちとは?」

「相手の真の値打ちに応じない高い官位を与えて、相手がその分不相応の官位に振り回されて相手に悪いことが起きるように仕向ける呪法です。

 おのれの値打ちに不相応と思われる益が与えられるようなことは、むしろ避けて通るべきことではないかと思います」

「目先の欲に目がくらんではいけないということですな」

「はい」

「ありがとうございます。姫さまのお言葉、心に刻みましょう」

 ┅┅立身出世できなければ、私は無事に蔭澤の家を継げたとしても二十石の扶持米取りの身分にすぎず、風見さまのような姫君と結ばれるようなことはあるまい。

 突如として祖父譲りの霊感が働き、夏之丞の心の声を風見は拾ってしまう。

 陰鬱な気持ちになる。

 この時代の世の仕組みは、恋する者たちにとっては、冷たく複雑でままならないものであった。


 夏之丞は話題を変えた。

「あの日、私たちは風見さまのところに訪ねたのは、種時さまの陰陽師としての高名を慕ってのことでした。ご存じかと思いますが、私どもの主君である長政さまが病に臥せっております。種時さまの御子であった種春さまの陰陽師としての能力はいかほどのものでございました?」

 正直に風見は答えた。

「お祖父さまほどの霊力は、お父さまにはなかったと思います」

「そうですか、やはり」

 と、夏之丞。

 やはりと言われて、風見は切なさを感じる。

 失望されたのかもしれない。

 定村の血が流れる自分のことを安っぽい騙り者のように夏之丞には思ってほしくない。

 つい風見は口に出した。

「定村の血筋のせいか、あたしも時折に人の考えていることがすっと頭に見えることがあるのですよ」

「え?」

 夏之丞は困り顔。

 ┅┅もしや、私の風見さまに抱く想いが知られるようなこともあるのか、と。

 その想いも風見に鮮やかに伝わった。

 優越感。

 頬を紅に冷める年上の夏之丞が可愛らしい。

 好ましい。

 それを女の口から言うだけの勇ましい気持ちはなかった。もしも口にしてしまえば、二人の間柄は大きく変わってしまう。

 代わりに、

「青柳春之助さまは、ご家中の倉八長之助さまの縁者であるとか」

 とてう別の話を伝えた。

 定村の血筋の異能がなければ、風見が知ることのできない事実であった。


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