第二十九回 隠れ里の根津五郎が盗賊を差し向ける
この時代の博多の大盗と呼ばれる阿修羅丸は、街に女を置いて、博多の金の流れにまつわる話を集めていたと言われる。
標的にかけるべき分限者。
手下にするべき困窮者。
そういった者のたちの情報は盗賊稼業には有用であった。
阿修羅丸一家の幹部に、
━━京女郎の岩八━━
という女がいると当時の人々は噂した。
阿修羅丸の配下で忍びだったことが確実なのが一人。
━━隙間数えの風丸━━┅
風丸は風のようにどんな家でも忍び込んで、盗みの際には鍵を開けてしまう。
盗みの際には、五人一組の伍という単位で構成され、その長を小頭という。
人の指の数は五本。
五までの数が普通の人にも、よくわかる。
阿修羅丸一家が盗むとなれば、示し合わせた時間に、小頭に率いられた伍が標的の家へあちらこちらから一気に集まる。
いきなり多くの人数を見せつけて抗おうとする心を折る。
中の者たちを脅して縛る。大人しくしていれば傷つけたり殺したりしない。盗れるものを盗れば、四方八方に散って姿を消す。
誰か一人捕まった時に芋づる式に多くが捕まってしまうのを防ぐため、他の伍との交流は禁じられ、盗みの際には覆面が推奨されている。
配下同士での仲間意識はそれほど強くない。
荒事になると、一人やられれば総崩れになりかねない。
そこで、首領である男が、阿修羅の木彫り面をかぶって、盗みの現場では先頭に立つ。
━━阿修羅丸━━
その身体能力は異常に高い。
馬鹿にもわかりやすいかたちの強さを見せつける。
おそらく、阿修羅丸個人のカリスマなしではこの仕組みは成立しなかっただろう。
標的の商家の側の厄介な抵抗者を片づけてしまえば、阿修羅丸は真っ先に引き上げる。
その逃走を助ける烏面の男は、
━━勝烏の黒八━━
と言う。
この男は捕手の網を巧みにくぐって、阿修羅丸を港に案内した。
港に行けば小舟の用意ある。
━━音頭が瀬戸の浪五郎━━
この男は小舟で夜の闇の沖合まで漕ぎ出せるという異能を持っていた。
沖合で阿修羅丸は漁船に乗り換えて、福岡藩の手の及ばない他国の隠れ里に戻る。
阿修羅丸一家の隠れ里を差配する者として、
━━隠れ里の根津五郎━━
という男がいた。
裏の頭目とも噂される。
その隠れ里には、福岡藩に手配されて博多で身動きが取りにくくなった者たちが数名かくまわれている。
* *
白木ヶ淵の巨亀。
間津田の連九郎。
この男たちは阿修羅一家の隠れ里に匿われていた元小頭たちである。
根津五郎は命じた。
「お前たちには、久しぶりに博多に行ってもらって、少し暴れてもらいたい」
「ようござんす」
「はい」
巨亀も連九郎も隠れ里の暮らしに退屈していた。
質問。
「どのようなお仕事で?」
根津五郎は言う。
「今回は亀屋という店を狙っておるのだが、どうも向かいの店に捕り手が詰めておるのやもしれぬという疑いがある。
もしも、それが本当なら、お前らが少し顔を見せれば、びっくりして何か動きを見せるだろう。お前らはすぐ逃げていい。
すでに博多の代官所が動いているとなれば、こっちも亀屋を襲うのを手控える」




