第二十八回 瀧川八百は何とか人間に見えなくもない
┅┅綾機を呼びたい。
客人の願いに応じるには、亀屋の側も色々とやらねばならないことが生まれた。
何よりも問題になったのは、風見の存在である。
つい先日まで、寺小姓として女である風見は糸島の安養寺に入っていた。
その話が広まれば、安養寺の向陽上人は人々から女犯の罪を犯しているのではないかという疑いを招くであろう。
┅┅年来の友人である定村種時の子の種春が殺されて、敵討ちをしようとするその友人の子である数真と風見の兄妹を保護した。
土蜘蛛の献策のおかげで、一応の申し開きは立つかたち。
とはいえ、法印の官位をもつ向陽上人との今後のつきあいを考えて、卜庵老人もできるだけ風見の存在を隠したいと考えていた。
綾機が亀屋に来るとなれば、風見と顔を合わせてしまいかねない。
* *
風見の身の周りを世話する者として、八百という女が亀屋が呼ばれた。
これも、また忍び。
並の男よりも大きく、厳つい両のてのひらに分厚いタコがある。
戦国の気風を残す亀屋の者たちは、兵法の話は熱心にするが、女の世話となると、大した知恵がまわらない。
とりあえず、風見については身の安全の確保が第一。それさえ出来れば、あとは適当でもかまわないという考えであった。
八百は、警護の瀧川小文治の年の離れた妹であった。
┅┅小文治のヤツと違って、無理すれば、何とか人間に見えなくもない。浮世の義理で人間というコトにしよう。人三化七ではなく人八化二とまで言えば、ほめすぎで嘘八百。
八百は溜め息まじりに語る。
「綾機が来ている間には、風見さまには地下に隠れてもらっていたらどうか、とか白縫さまは最初おっしゃっていましたよ。血のつながった御兄妹なのに冷たいものですな」
御兄妹。
実際のところ、白縫は風見の兄ではない。
それでころか、人でもない。
白縫の正体が土蜘蛛であることを、風見は承知。
それでも、
「父が死ぬまで、生まれてから、一度も会ったことがなかったのですから、兄妹と申しましても縁が薄く」
「はあ」
「よんどころのない義理がけで、父の仇である岩太牢を討つのをお手伝いいただけたというだけでも、ありがたく思うております」
「義理がけ?」
「兄は下賤の女の腹の生まれでして、定村の姓を名乗ることが許されず、生まれてすぐ田舎に出されたとか」
「下賤の女の腹、田舎に出された」
八百は考え込む。
┅┅京の朝廷の陰陽師たちが筑前金山の化け猫に転がされ、その化け猫を定村の名鏡を使った岩太牢が退治したとか。京の朝廷の陰陽師たちの面子は丸潰れ。さりとて、直に岩太牢に追っ手を出せば恥の上塗り。そこで、柳生石舟斎さまの甥御という今の陰陽頭、徳井さまは柳生の里にいた種春さまの隠し子である白縫さまを使った。年齢に似合わぬ剣技の冴えは柳生の里の育ちゆえ。定村の家を出されたのにかかわらず、『親の仇を討ってこい』と命じられることがあれば、そいつは気が乗らない。本当に義理がけぐらいの醒めたお気持ちかも・・・
たまに、他人の心の呟きが、風見の心に飛び込んでくる。定村の血筋が、そういう現象を引き起こしてしまう。
風見自身の意思で扱うことができない超常の力。
亀屋たちは、小女郎のことを朝廷の陰陽師たちの命令で動いている柳生者と誤解していた。
白縫の正体が人ですらない土蜘蛛と知られるよりもはるかによい。
風見は言った。
「柳生の里にはシラヌイという忍びがいるとか」
「え?」
「それ以上のことは」
「白縫さまのお母上と何かご関係が?」
ものすごい勢いで食いついてくる八百に対して、風見は思わせぶりに、
「私から申し上げることはできません」
と言った。
話題を変える。
ところで、と風見は問う。
「兄の想い人をどこに入れるのですか? もう決まったのですか?」
八百は答える。
「この屋敷の向かいの家の隣の家の二階を借り上げました。そこに、女を入れて白縫さまに通ってもらいます。向かいの家には、代官所の捕り手に詰めてもらっているので、守りも固い」
風見は目を丸くした。
「捕り手」
ええ、と八百はうなずいた。
「派手に白縫さまが博多八ヶ町で派手にお金を遣っておられますから、悪い者たちからも目をつけられておりますよ」
「そんな」
「この博多に阿修羅丸と名乗る大盗がおりまして、そいつがこの屋敷を襲うことを考えておるといった風聞を耳にしております」




