第二十七回 普通にやれば駄目なことは普通にやるな
唐津屋権兵衛の宴があった翌日の話。
独鈷屋に芸子見習いの半玉として潜伏している鳥山の秋ちゃんこと、秋千代は同じ半玉である綾機から相談を受けた。
「あたしと金花奴の話をもっとしたいから、あたしに亀屋に来てほしい、と白縫さまはおっしゃられたわ」
「え?」
「どうしたらいいかな、秋ちゃん?」
真剣な表情の綾機がまっすぐ見つめてくる。
「いや、どうしたらいいって」
いきなり専門外のことについて相談されても、忍者の秋ちゃんだって困る。
よそに振りたい。
「定家姐さんに聞いてみた?」
綾機は本来に芸子の定家のおつきの半玉である。
「まだ」
と、綾機が言うので、秋千代は突っ伏す仕草を見せた。
「なぜ、定家の姐さんよりも僕に聞くの?」
「定家姐さんは、すごくキツイし、苦手。秋ちゃんはチョロイというか、優しい」
「優しいとか、そんなことを言われても困る・・・ まず先に定家姐さんに話の筋を通さないと」
秋千代がそう言うと、綾機は目をうるうるさせて泣きそうな顔になった。
「お願い」
泣かれると面倒なので秋千代は仕方なく言った。
「わかった。僕も一緒についていってあげるから、定家姐さんの話を聞いてみよう」
* *
秋千代が綾機の手を引いて、定家の部屋に向かうと、そこには定家のみならず船越もいた。
独鈷屋の二大稼ぎ頭の揃い踏みである。
定家は言う。
「そいつは難しいねえ。綾機は、白縫さまからのお呼ばれにお応えしたいのかい?」
「はい」
こっくり綾機はうなずく。
船越は言う。
「昨夜、綾機と話しているとは、白縫さまのお顔がびっくりするほどクルクル変わったね」
そうだね、と定家は相槌を打った。
「アレは見ていて、あたしもびっくりした。白縫さまって、これまで落ち着いている感じだったのに、昨夜は何か年相応でかわいらしかった」
「うんうん、楽しそうにしていたね、白縫さま」
「年下好み? 今の白縫さまの年頃で年下ということになると、綾機か」
いや、と綾織は困った表情をする。
「年上好みとか、年下好みとか、そういうことでなくて、たまたま、昔にあたしが飼っていた猫のことを白縫さまがご存じだったみたいで」
定家と船越は笑う。
「馬鹿をお言いでないよ。そんなのは男の言い訳だよ」
「かわいい口実づくり」
綾機は、
「でも、だって、本当にそうなのですから」
と言い立てる。
そこに秋千代が口を挟んだ。
「定家姐さんも船越姐さんも、綾機のことをからかいすぎです」
ふうう。
定家はわざとらしいぐらい大きな溜め息をついた。
「秋ちゃんに怒られたゾ」
「じゃあ、少しは真面目な話をしましょうネ」
と、船越。
曰く。
「亀屋さんは芸子を呼べる店ではない。それに、半玉を一人だけ指名することは許されないヨ」
━━芸子を呼べる店ではない━━
芸子の手配ができる店は決まっており、どこでも呼べるわけではない。
━━半玉を一人だけ指名することは許されないヨ━━
まだ経験不足で年若の半玉のことを客が気に入ったのならぱ、それがついている年長の芸子を呼ばなければならない。芸子の実入りも増える。サービスの質も保たれて事故防止になる。危険な客からの半玉の保護になる。
「あたしは白縫さまからのお呼ばれにお応えできないのでございますか?」
綾機はシュンとする。
船越は言う。
「普通はそうだね、まあ」
「わかりました」
引き下がろうとする綾機のことを、袖を引っ掴んで止め、定家は言う。
「待ちない」
「え?」
「普通にやったら駄目と船腰が言ったのは、普通にやるなってことサ」
船越は笑う。
「まったくもって定家につけられた半玉は、どうも仕込みが不足してら」
「うるさいネ」
と悪態をついてから定家は説明する。
「白縫さまは今の博多八ヶ町にとって特別なお客さま。卜庵さまからも、白縫さまには楽しい思いをしてもらうように言われているわけだ。ちょっと融通を利かせなければいけない。考えれば、すぐ何か思いつくよ」
まったく話が見えてこない秋千代であった。
「え? 僕は何も思いつかない」
いいのいいの、と定家は秋千代に優しい笑顔を向ける。
「秋ちゃんは卜庵さまの忍びだし、本職の芸子になるわけでもないんだからサ」
アイデアの披露。
「白縫さまは朝廷の有名な従五位下の陰陽師という定村種時さまのお孫さま。
博多八ヶ町でも、白縫さまは不思議な力を持っているという噂。昨日の唐津屋さまの宴席でのお話によると、何か本当に持っているのかもしれない。うん、持っているよ、きっと。
綾機が悪霊に取り憑かれているという話をつくる。
そうしたら、白縫さまが博多を御発ちになるまで十日ぐらい、綾機が亀屋に泊りがけで白縫さまに悪霊を払ってもらっても、誰も文句は言いやしないよ」
* *
定家の部屋を出てから、秋千代は感嘆しきり。
マニュアルが通用しない状況であきらめることなく、現場の特異点を発見してそれを利用してサラリと解決。
さすがは独鈷屋の稼ぎ頭の一人。
秋千代は言う。
「やっぱり定家姐さんの話を聞いてよかったよね? 定家姐さん、すごく優しいひとだし」
綾機は複雑な表情。
「うーん」
「どうかしたの?」
「やっぱり秋ちゃんについてきてもらってよかった。定家姐さん、秋ちゃんにはメチャメチャ甘いから」




