第二十六回 船越との縁で唐津屋権兵衛が宴を催す
船越は絵草紙『白縫物語』の登場人物ですが、明治二十八年の勝諺蔵『玉櫛笥箱崎文庫(栗山大膳)』にも登場します。、
船越という芸子は独鈷屋の稼ぎ頭であった。
彼女の紹介を受けて、博多の商人、唐津屋権兵衛の設けた宴席に、白縫大尽は招かれることになった。
白縫大尽の正体は人にあらず、備前の蜘蛛妖、錦ヶ嶽の小女郎。
そこで、唐津屋が、
「白縫大尽さまが四宮源右衛門さまを【妖力】でお操りになられたと言う話を聞きました」
という言葉が口から飛び出した時には、
「えっ?」
と小女郎は驚いた。
宴席に呼ばれている芸者・芸子たちは言う。
「やはり、ご存じなかった」
「白縫大尽さまが驚かれておられる」
唐津屋の説明。
「先日、白縫大尽さまがお懲らしめになられた黒田のご家来衆の三人の方々が、揚げ屋に入牢ということになりました。
その内の一人である四宮源右衛門さまが城からのお使者の方にお手向かいなさって、抜き打ちに斬られてしまわれたそうです」
小女郎は言った。
「四宮源右衛門という名を、今、初めて聞きました」
唐津屋は言う。
「斬られた四宮さまはすでにお亡くなりですが、城からのお使者の方にお手向かいなさったのでは、お家も改易でしょう。
お家の方々からすれば、四宮さまのお手向かいは四宮さまご本人のお気持ちではなかったことにしたい。
白縫さまは従五位下の陰陽師の血を引いておられるというお話で、妖力があると言われても、信じてしまいそう。
そこで、四宮さまが城からのお使者の方にお手向かいなさったのは白縫大尽さまの妖力に操られたせいだ、という筋書きを思いつきになられたのでしょう、お家の方々も」
人の世はそういうものか、と小女郎は思う。
「なるほど」
はあ、と唐津屋は溜め息をついた。
「切ないですな。四宮さまのお家の方々も、追い詰められておられる。嘘を嘘とわかっていても、いろいろ言わずにはいられない、妖力とか、不思議な話でも」
場の湿った空気を嫌がって、船越が話に入ってきた。
「不思議な話といえば、うちに近頃に入ってきた綾機というのが、チョイと変わったコでして」
それに唐津屋も乗る。
「ほう?」
船越は言う。
「小さい頃に、人間の言葉を話せる猫を飼っていたとか馬鹿なことを言っておりまして、本人もその猫から猫の言葉を教わったとか」
「いいじゃないか。そいつは嘘でも、何の罪のない嘘だ。まず客の気を惹ける話をしなければ、商いは始まらない、嘘でも何でも」
「芸子も同んなしでございます」
「もちろん、本当であることに越したことはないのだけれども、ね。真実のみではすみまじき」
そんな唐津屋の言葉を引き取って、
「飾りなき誠(真実)のみではすみまじき一夜(人世)の夢を綾(嘘)に彩る」
と船越が即興で詠みあげた。
まわりの者たちはワッと声をあげて沸いた。
人間の言葉を話せる猫と聞いて、小女郎は驚いた。
心あたりがあった。
筑前金山の怪猫・金花奴。
その化け猫にうるさく頼み込まれて、化生同士の義理で、土蜘蛛の小女郎は筑前に来た。
「ちょっと綾機の話を聞いてみたいね」
と小女郎が言えば、唐津屋も、
「呼んでくれないかい、その綾機というコを」
と言う。
如才なく船越は両手をこすり合わせた。
「定家についている半玉ですからね、定家のヤツをお呼びください。どうか綾機のこともご贔屓に」
* *
独鈷屋の芸子の定家のおつきの半玉(芸子見習い)としてやってきた綾機なる娘。
小さくて柔らかい。
可愛らしさと太々しさと華やかさ。
どこか筑前金山の化け猫の金花奴を想い出させる。
小女郎はたずねた。
「ねえ、綾機の子どものときに飼っていた猫は人間の言葉を話したそうだけれども、その猫は人間に化けたりしなかった?」
すると、綾機は目を丸くする。
「え?」
かまわず、小女郎は問いを続けた。
「その猫は、金花奴、と自分のことを名乗らなかったかい?」
「金花奴。まさに」
綾機も驚いたが、小女郎も驚いた。
もしやとは思った。
筑前で人間の言葉をしゃべる化け猫と言えば、金花奴だ。
しかし、あの化け猫を飼っていたという女の子と、こんなところで、こんな形で小女郎も思わなかった。
溜め息。
「だとすれば、綾機の子どもの頃の名前は、お駒?」
綾機は問う。
「どうして、白縫さまがあたしの昔の名前まで存じなの?」
正直に小女郎は答えた。
「あの馬鹿猫にして化け猫の口から聞いている」
照葉のみならず、居合わせた唐津屋、船越、定家、他の者たちも騒ぎ出した。
「化け猫の口から?」
「本当に、そんなことがあるのか?」
「白縫大尽さまは高名な陰陽師の血筋ですし、本当に不思議な能力をお持ちになられていてもおかしくない」
「嘘を言って、からかっておられるといったご様子でもないぞ」
その声は小女郎の耳にも入ってくる。
かまわない。
それどころではない。
小女郎は言った。
「あの馬鹿猫、あの愚猫と、私は友達、いや、腐れ縁というか、その、わりと話をすることも結構あって、お駒ちゃんの話も聞いている」
「信じられない・・・」
「私も信じたくないさ、ああいう馬鹿猫がいることを。金花奴って、ほら、鯖虎の縞の毛皮で、くるくる大きな目を動かして、ニャーニャー鳴く」
「畳に寝転がってゴロゴロ」
「化け猫というよりも馬鹿猫のくせに、変に計算高くて、私に対する態度がちっともよろしくない」
ちょっと、と綾機は口を尖らせた。
「白縫さま、めちゃくちゃ言ってません? 金花奴は良い猫」
小女郎は首を横に何度も振った。
「それはね、お駒ちゃんが、いや、綾機があの猫と一緒にいた頃は小さな子どもだったから、だまされただけだよ。あの馬鹿猫は、ただの馬鹿猫。馬鹿猫以外の何者でもないし、それに・・・」
言葉が出てこない。
小女郎の脳裏に浮かぶのは、金花奴との思い出。
「それに、何です?」
「あいつと一緒にいて楽しいことも結構あったけど」
きらーんと綾機は目を輝かせた。
「でしょ?」
「何のことだい?」
「今、白縫さまはおっしゃっられた。金花奴と一緒にいて楽しかったって」




