第二十四回 黒田二十四騎の野口左助は若者たちに憤る
黒田二十四騎の野口左助。
石堂帯刀らは博多の町で両替商の博多屋庄左衛門に芸子のことで絡み、博多屋の連れである白縫大尽に一方的に叩き伏せられた。
大恥をかいた石堂帯刀らは、栗山大膳に泣きついた。
栗山大膳は筆頭家老。
卜庵老人の息子である。
新藩主である黒田忠之が江戸に出府しているこの時期に、福岡藩の最高権力者であった。
帯刀は言う。
「恥をかかされたまま何もできぬのでは、私たちは博多の町をもはや歩けません。
白縫と申す者は、何と言っても、卜庵さまの客人の扱いを受けております。大膳さまからお父上である卜庵さまと話を通してください」
大膳は顔をしかめた。
「もしも、話がつけば、お前らは城下を騒がせる喧嘩をしたいのか?」
とんでもありません、と帯刀は首は横に振った。
「白縫という者は、不思議な妖術を使い、私たちが三人がかりで打ちかかっても雪の世界に放り込まれました。
うろんな妖術遣い城下に置くことはどうかと思われます。ここは一つ、藩命で腕利きを刺客として送り込んで退治いただきたく」
そこに、一人の老人が通りかかった。
黒田二十四騎の一人、大鉄砲頭の野口一成。
左を打たせて右で斃すという実戦の剣で多くの功績をあげ、左半身が傷だらけのために、左助の仇名で呼ばれるようになった。
帯刀の話を聞いて左助は苛立った。
一喝。
「その白縫とやらとお主らとの間で遺恨が生まれたと言うのなら、お主らが自身の手でカタをつけよ」
* *
野口一成こと、野口左助は、卜庵老人より八歳年下で、黒田家が播磨にあった頃から一緒に黒田家に仕えていた。譜代も譜代の大譜代であった。
左助は言った。
「どうか帯刀らを、その白縫とやらと勝負させていただきたい」
卜庵老人は苦笑する。
「断る」
「なぜでしょう? 何か白縫とやらは妖術を遣い、帯刀は妖術にやられたと申しておりましたが」
妖術。
その言葉を聞いて、卜庵老人は言った。
「いや、妖術ではない」
帯刀らが実際にどのようにあしらわれたのかを聞いて、野口佐助はあきれた。
「馬鹿馬鹿しい。子供だましの手妻ですな」
卜庵老人は言う。
「泡を食っている相手に、これという拍子で、信じやすい言葉を耳に吹き込んでやると、幻を見せてやることができる。昔の戦でもあったな?」
「ありましたな」
「忍びの世では、そういう手口を幻術という名で呼んでおる。わしが修行した甲賀にも、幻術が得意な方がおられた」
「幻術ですか? そんな噓まやかしに引っかかるのは腰抜けの輩ばかりでしょう?」
「わしもお主も引っかからんだろう。しかし、多くの者たちが怯えて逃げ出すようなことがあれば、戦の勝敗にかかわるぞ」
「確かに」
「思うに、『少し考えればわかる』という嘘やまやかしを馬鹿にしてはいかん。
子供だましの嘘まやかしを馬鹿にしておると、そういうもので動く者たちが自分のまわりに実際に多くいることに目を向けることができなくなる。
幻を賢しらに見破っておるつもりになって、当たり前のことを見えなくなっているというのでは、困るわい」
ウーンと左助はうなった。
「なかなか怖い話ですな。そのような術を得意とする者が敵におると手を焼きそうだ」
卜庵老人は言葉を続けた。
「柳生の里にはシラヌイという幻術遣いの忍びがおったという話を聞いておる。どうやら、白縫さまはその血をひいておられるご様子」
「え、柳生?」
「あわてるな、左助よ。
亀屋にご滞在いただいておる白縫さまの御母堂は柳生の女で、ご自身も柳生の育ちと見える。
しかし、幕府ではなく朝廷の御命で、筑前にいらっしゃっておる。わしも知らなかったが、今の朝廷の陰陽師の頭は、柳生石舟斎さまの甥御だという。
また、白縫さまは、朝廷の陰陽師の定村種春さまの御子であることも確かよ。実際に自分の血のつながった父親の仇を追いかけて討った孝子じゃ。
それに、本人が仇を討ったから直ちに帰りたいと言ったのを、わしが無理に引き留めた。あと二十日もすれば京にお帰りになる。
短い日数に、余計な騒ぎはいらん。見張りをつけてあるが、せいぜい西国一の港町である博多をお楽しみいただく」
講談『栗山大膳』の色々なバージョンを読むと、黒田二十四騎の毛屋主水の名前も悪役の名前として使われます。
おそらく史実でも、黒田二十四騎の生き残りの中で、毛屋主水(寛永時代には主水の名前を親友の菅和泉の子どもに譲っている)や野口左助はゴリゴリに栗山大膳のことを嫌っていたのでしょう。




