第二十三回 定家は客の博多屋小左衛門と話を合わす
この『新・白縫物語』を書くにあたり、『白縫物語』については明治二十年の槐堂仙史 (安川孝吾)『白縫物語』(筑紫文庫版)を基本的に参照しています。
昭和九年の『日本文学大辞典第二巻』(新潮社)を見て知ったのですが、原作の『白縫物語』は九十編で完結する原稿は残っています。しかし、三人目の作者である柳水亭種先生の死亡のために明治十八年まで七十一編までしか刊行されませんでした。
博多屋の設けた宴席に向かう途中で、秋千代は白縫とともに、博多屋が石堂帯刀ら三人に絡まれる騒ぎに巻き込まれた。
助けに入った白縫は、三人のうちの二人、石堂帯刀と矢野主馬を気を失わせた。
残った四谷源右衛門も呆然と立ち尽くした。あと一人、騒ぎを止めに入ってきた蔭澤夏之丞も同様であった。
白縫はパチンと左手の指を鳴らしてみせた。
「え?」
「今のは?」
二人の目の焦点が戻った。
妖しい笑みを顔に貼りつけて白縫は言った。
「チョイと夢でもご覧になられましたか? どうやら、お連れの方々は酔っぱらって倒れてしまわれたみたいですよ。おうちに送って差し上げなさいナ」
石堂帯刀のことは四谷源右衛門が、矢野主馬のことは蔭澤夏之丞が面倒を見るというかたちで、若い福岡藩士たちは退散した。
* *
ほど近い料亭の二階座敷に白縫は通され、博多屋が手ずから酒を運んできた。
博多屋は興奮気味に話す。
「今さっきのが京の陰陽道の術ですか? 私もすっかり白い雪の中に運ばれました。白峰さまが帯刀さまも主馬さまもお斬りなさったように見えましたけれど、術を解かれるとお二人とも気を失われているただけで」
「別に大したものではありませんよ」
と、白縫は笑う。
矢野主馬は突然に投げられたところに頭上から猫が落ちてきてが空白状態になりかけた。そのタイミングで、目の前に刃を突きつけて「落ちろ」の一言。
突然に増大した情報量を脳が処理ができなくなって、矢野は失神した。
いきなり矢野主馬が倒れ、博多屋が騒ぎ、集団恐慌に巻き込まれた石堂帯刀に「季節は冬」から始まる自信たっぷりの声をかけてサッと催眠状態に陥らせた。
白縫の「季節は冬」の一言で、秋千代も一瞬だけ冬景色が見えた気がした。
目のつけ所や拍子の取り方の上手さには秋千代も感心した。
あれが柳生の忍術と言うのならば、わかる。
さりとて、陰陽道の術と言えるような不思議なものは何もなかった。
秋千代は言った。
「僕には何も見えなかったのですケド」
横で、綾機という半玉も、
「あたしも」
と手を挙げた。
すると、定家はあわてた様子で左右の手で二人の袖を引いた。
「秋ちゃん、綾ちゃん、ちょっと、お使いに行ってきてもらえるかい?」
廊下に秋千代と綾機は連れ出された。
定家が小声で説教。
「馬鹿かい、あんた達は?
せっかく博多屋さまが、お客様が珍しいものを見れたとお喜びになっておられるんだよ。
芸子ならばお客さまと話を合わせる。何も見えていなくても見えたと言う。それができなければ、感心した顔をつくって、ハイハイうなずくことぐらいはしろ」
なるほど。
「ちなみに、この定家さまは博多屋さまと全く同んなじ幻を見たヨ」
嘘つき。
* *
ちょっと頭を冷やしてから戻ってきなさい、と秋千代と綾機は小銭を握らされて店の外に出された。
「まいったなあ・・・」
と、秋千代。
横で綾機がぼやいた。
「いったい、どうして、定家姐さん、すぐ怒るのさ?」
秋千代はびっくりした。
「さすがに、今の、僕たちが悪いって」
「そう?」
「お客さまが楽しい気分になっているのならば、本当とか嘘とかどうでもいいから、場を盛り上げて、お客さまの気持ちと財布の紐を緩めさせなければいけない」
「見えなかったものも見えたって言う?」
「それが芸子のお仕事」
「ふーむ」
綾機は両腕を組んで考え込む。
芸子の見習い、半玉にしては変わった女の子だ。
きらきら猫目の愛くるしい顔をしている。
昨年の暮れの頃に独鈷屋に転がりこんできたという。
独鈷屋には秋千代もちょくちょく出入りしているものの、忍びとしての仕事との関係で、上の姐さんたちとばかり話をすることが多く、半玉の綾機とさして喋ったことがない。
秋千代は訊いてみた。
「ところで、綾ちゃん、どうして、独鈷屋の半玉になったの?」
「いろいろあってネ」
「何があったのさ? 話したくないならいいけど」
「実は、あたしの家は、市村屋という呉服問屋だったけど、昨年の金山の山崩れで店ごと埋まってしまった。
家の者がみんな死んでしまって、あたしも行き場がなくて、ここへ連れてきてもらったの」




