第二十二回 石堂帯刀は夏の夜に冬の粉雪の幻を見ゆ
夜の博多の街を、石堂帯刀、矢田主馬、四宮源右衛門という三人の若者たちが歩いていた。
彼らはそろって福岡藩の六百石以上の家柄、大組の家に跡取り息子たちであった。
誰も一度も戦場に出たことはない。
戦場に出たことのある者たちからは軽く見られていた。
彼らが良い家に生まれていることも、統治のための学問を積んでいることも、相手にされない。
身分の低い者たちが「少し危なくなれば逃げだしかねない泰平の禄盗人ではないか」と嘲笑する。
帯刀たちはピリピリとしていた。
憂さから逃れようと、で陽気にはしゃいでみせる。
幸せごっこ。
「男を見せるとか、実際に役に立つかどうかとか、そんなことは知らない」
「泰平の世において、大切なことは下の者たちに分を弁えさせてやることが大切。下の者が上の者に口答えせずペコペコしていたら争いなんて絶対に起きないの」
「変に意気ってる奴は、気持ち悪い。上の者は下の者のよりもえらい。えらいから正しい」
* *
帯刀たちにとって気持ちの悪い光景。
博多八ケ町の両替商、博多屋小左衛門が独鈷屋の芸子たちを引き連れてやってきた。
町人のくせに金を持っている。
派手に楽しくやっている。
さらに、博多屋の連れている芸子たちの中に、独鈷屋の売れっ子の芸子である定家ていかが混じっていた。
本日に帯刀が指名して「先約があるから」と断られた女であった。
主馬が言う。
「あれは定家じゃないか?」
源右衛門も目をぱちくりさせる。
「帯刀さまのご指名を断って、博多屋のところへ?」
そのように仲間たちから言われて、帯刀も頭に血が上った。
「許せねえよ」
「いじめてやろうぜ」
「マジ?」
主馬も源右衛門たちもついてくる。
帯刀は声をかけた。
「博多屋、久しぶりだな」
「これは石堂さま、ご無沙汰しております。今日はどうされたのですかな?」
と、博多屋は頭をさげる。
石堂帯刀は、千二百石取りの福岡藩の若きエリートである。
「いや、お前の連れている芸子、定家に用事があるのじゃ。ちょっと貸してくれぬか? よもや嫌とは言わねえよな」
困った表情を博多屋は浮かべる。
「定家は独鈷屋さんのところの芸子でございまして、私の指図ではどうにも」
見かねたという様子で、一人の若い武士が通りすがりに割って入ったきた。
「いったい主馬さまたちは何をやっておられですか?」
主馬が言った。
「蔭澤のところの夏之丞か。引っ込んでろ。この世の仕組みを守るため、思いあがった博多屋の小左衛門をちょいと懲らしめてやってるのさ」
その若い武士は矢野主馬の知り合いであった。
蔭澤夏之丞。
「あまりご無体をなさると、お父上に申し上げますぞ」
「黙れ!」
と、主馬が怒鳴った。
蔭澤夏之丞の父親は、矢野主馬の父親の部下であった。
そういう縁で、主馬と夏之丞は知り合いだった。
夏之丞が主馬に逆らうことは主馬にとって生意気で許しがたいこと。
怒鳴るだけでなく刀を抜き払った。
その時、烏帽子をかぶった一人の束帯の姿の少年が、博多屋の引き連れている芸子たちの間から飛び出し、横から主馬に近づいた。
雪のように白い衣装が夜の闇を踊る。
さっと主馬の腕を決めて刀を奪い取ると同時に、主馬の身体を近くの梨の木の側にむかって投げつけた。
身を起こそうとした主馬の頭の上に、木の枝から猫が降ってきた。
意識の空白。
その瞬間を捕まえて、少年は奪った刀の切っ先を主馬の鼻先に押しあてた。
「落ちろ!」
その一言で主馬は魂消げて気絶した。
最初に悲鳴をあげたのは、博多屋だった。
「ひぃっ」
「お殺しなさった」
「誰か」
口々に上がる叫び声に驚いて、帯刀の頭の中も真っ白になっていく。
目の前にいる京の束帯の姿の少年は、人にあらざる妖と思えるほどに美しかった。
宣告。
「季節は冬」
そんな馬鹿なと帯刀は思ったが、少年から刃を向けられると、周囲の空気が凍り付いていくように感じた。
「手足が冷たくなっていいく。ほれ、すでに手足は凍りついている。もはや動けまい」
言われてみれば、いつのまにか、自分の手足に細かい氷が張りついている。目の前には粉雪が舞っていた。
妖しい美少年は笑いながら刀を振り下ろしてきた。
かわせない。
プッツリ石堂帯刀の意識が途切れた。




