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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第一部 明鏡争奪戦
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第二回 雪岡冬次郎は黒田武士の威を示す

 関ケ原の戦いが終わって二十余年。

 戦国の時代も遠くなりにけり。

 天下分け目の関ケ原の戦いにおける東軍勝利の立役者とも言われる黒田長政が拝領したのは、九州の筑前五十二万石である。

 この年、福岡藩の初代藩主である黒田長政が京において重い胃の病いに倒れて病床に伏した。

 当時の京大坂は先進医療地域と目されていたため、長政は筑前国に戻ることなく、京で医療を受けた。

 藩内は蜂の巣を突いたような騒ぎ。

 その騒ぎに巻き込まれた者の一人に、藩主付の近習である雪岡冬次郎なる若者がいた。

 まだ年齢は二十を少し超えたばかり。

 北国の血を引くという冬次郎は、長身で押し出しのよい若武者といった風貌。

 藩主の病中に、京と国元との連絡役という名誉の役を受けた。

 実務能力がさして求められない名誉職で、相当数の連絡役が選ばれていた。

 年若の冬次郎はなかなか実際の仕事をまわしてもらえなかった。

 手空き時間には、京の街において、長政の胃の病気の治療に何か役に立ちそうな話を聞き込んでくるように冬次郎は求められた。


 その冬次郎の京の町の探索について回ったのが、蔭澤夏之丞。

 年齢は冬次郎よりも年下の十八才。 

 昨年に前髪を落としたばかり。

 名前のとおり、夏の日陰の沢辺の涼風を想わせる爽やかな印象がある。

 現在の身分は、冬次郎と同じく近習。

 近習といっても藩主付ではない。

 夏之丞は博多奉行の明石四郎兵衛の近習であった。

 明石四郎兵衛から命じられて、夏之丞は博多から京に出府して冬次郎の個人的な従者を務めていた。

 蔭澤家は無足組で、二十石の扶持米取りの家禄。

 雪岡家は大組で、一千七百石の知行取りの家禄。

 同じ近習と呼ばれる身分であっても、その生まれた家柄から格差は生じる。


  *  *


 この日も、夏之丞は冬次郎に従って昼間から京の町を探索していた。

 冬次郎は言う。

「定村種春とかいう陰陽師である父親の種時は、従五位下までのぼり、花形の明鏡なる霊験あらたかな名物を持ちていたらしい。ひょっとしたら、その息子の種春も相当な能力があって、殿さまの御病を治す手立てを見つけてくれるやもしれん」

 夏之丞は首をひねった。

「しかし、そんな大した男ならば、もっと各家に重用されていて然るべきか、と」

「種時は重用されていました」

 横から口を挟んだのは、青柳春之助であった。

 冬次郎の京の街の案内人には、青柳春之助という若い浪人者が用いられた。

 上方における福岡藩出入り商人の近江屋に春之助は雇われていた。彼には京や大坂の地理や商人の文化や風習がわかる。

 天蓋と呼ばれる深編笠で顔を隠している春之助の表情は見えない。

「息子の種春の話は、とんと聞きませんな。官位に執着のあった種時が長く当主をつとめておりましたから、種春はあまり表に出る機に恵まれませんでした」

「官位へのこだわり?」

「陰陽師という仕事は、その仕事の出来栄えは客にわかりにくいものですからな、愚かな客から信用を得るには朝廷の官位でしょう」

 冬次郎の意見。

「とにかく会ってみなければ、その種春とやらが使えるかどうか何とも言えまい」


 そうこうしてるうちに、夏之丞たちは種春の家に向かった。

 春之助は指で示した。

「あそこが種春の家でございます。種春の陰陽師としての評判があまり聞きませんが、その娘である風見なるものが美しいと言うような話を結構に聞き及びます」

 夏之丞は苦笑した。

「それは良い」

 種春が陰陽師として使い物にならなくても、最悪の場合、風見娘の顔だけ見て帰れば話の種にはなるだろう。

 冬次郎は言う。

「ずいぶんみすぼらしい家だな。朝廷からの官位をいただく身の上にしては」

 春之助の説明。

「京の地下人の暮らしは、朝廷からの給金もきちんと支払われるか定かでなく、官位を使ってうまく稼ぐことができないと、すぐ苦しくなります」

 門から三人の悪相の暴漢たちが出てきた。

 暴漢の一人は若い娘を肩に担いでいる。娘は遠目にもわかる気高い美しさ。定村風見。

「お助けください!」

 必死の悲鳴。


 白昼堂々の人さらい。

 見過ごすことができず、冬次郎は声をかけた。

「お前ら、何をしている?」

 三人の暴漢たちの内の一人が刀を抜きはらった。

「箭九郎は娘を捕まえておけ。この青侍たちは、太刀蔵だけで十分よ」

 広言よ。

 かっとなって夏之丞が刀を引き抜こうとしたその瞬間に太刀蔵からの強烈な気合いが飛んだ。

「喝!」

 その気勢に魂消たように春之助はへたりこんだ。

 驚愕のあまり金縛り状態になった夏之丞のもとに、太刀蔵は走り込んできた。

 斬られる。

 そう思った夏之丞であったが、斬られなかった。

 代わりに、太刀蔵と名乗った男の首筋から血飛沫が舞った。

 春之助が弱々しくへたりこんでみせたのは、太刀蔵の不意をつく用意のための擬態に過ぎなかった。太刀蔵の意識から自分が完全に外れた瞬間に、春之助は即座に死角から太刀蔵を襲ったのだ。

 続けざま、春之助は娘を肩に担いだ暴漢に走り寄った。箭九郎と呼ばれた者である。春之助は左手で箭九郎の左襟を引っ掴んで一気に地面の近くまで引き落とした。

「どけ、春之助」

 と叫んだのは冬次郎であった。

 箭九郎が身を起こそうとしたところに、冬次郎は刀を振り下ろした。

 唐竹割り。

 藩主付きの近習ともなれば、万が一の警護の役割を果たすように、相当程度の武芸を仕込まれている。

 その様子を見て、三人目の暴漢はあわてて種村の家に駆けこんだ。

「待て」

 冬次郎も勢いに任せて三人目の暴漢を追いかけようとした。

 あわてて夏之丞はその進路に立ちふさがった。

「お待ちください。相手の人数も武器もわからないまま、知らない家屋の中に飛び込むのは下策です」

 護らなければならない雪岡冬次郎の身に万一のことがあれば、夏之丞も上役の明石四郎兵衛に会わせる顔がない。

 しかし、と冬次郎は口をとがらせた。

「この場に居合わせて賊を一人でも逃せば黒田武士の名折れぞ」

 夏之丞は言った。

「まず、そこの娘を救いましょう。せっかく救った者をまた危うい目に遭わせるようなことがあれば、それこそ拙いのではないかと思われます」

 横から春之助も諫めた。

「雪岡さまも蔭澤さまも黒田さまのご家中で主持ちの身。長政さまの御病が芳しくない今、まずは長政さまのためにご奉公を十全にできるように御身を慎みなされよ。主命に関わりなきことで危ない橋を渡ろうとするというのは不忠でございましょう」

 冬次郎も納得した。

「わかった」

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