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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第一部 明鏡争奪戦
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第十三回 意地を載せたる心の刃に怪物も感応す

 卜庵老人の連れてきた四人の忍者のうちの一人、巨漢の瀧川小文治が自薦した。

「是非とも、俺に!」

 静かに卜庵老人は目を閉じた。

「お前にはお前にふさわしい相手がいる。物事には得意不得意がある」

「ですな」

 亀屋多門之助もうなずく。鳥銃の名人。木刀試合に参戦するつもりはない。

 年少の虎石力松は周囲に遠慮して言葉を発しない。

 卜庵老人は視線を秋千代に向けた。

 ご指名だ。

「僕が」

 振り袖姿の秋千代は右手をあげた。


 かなめは笑っていた。

「僕? 可愛らしい。女の子の姿をした男の子さんですか?」

 その言に乗じて秋千代は問う。

「かなめさんは男の子の姿をしたお姉さんですか?」

 ペロリかなめは舌を出した。

「万が一にも、あなたに負けたら、この場で色々と脱いでお見せしましょう」

 馬鹿にしている?

 僕を怒らせるための武略?

 いずれなのか秋千代には見当がつかない。

 かなめから、

「あなたの名前は?」

 と問われて、

「僕の名前を知りたいのですか? 貴女が勝ったら僕の名前を教えて差し上げます」

 と答える。

 卜庵老人は言った。

「互いに賭けるものが揃ったみたいじゃな」

 そして、

「使え」

 と短く言って、重い鉄芯入りの木刀を秋千代に渡した。


    *  *


「始め!」

 開始と同時に極端な半身を秋千代はとった。

 かなめが頭半分ほど背が高い。

 長身の相手から突きの連続で攻められる時の対策として、相手の視点から見た自らの表面積を減らし、相手から距離を取る。

 極端な半身の片手中段構えは通常にそういう狙いで用いられる。

 しかし、秋千代の狙いは別にあった。

 右手を上に振って木刀を空中に投げた。

 その動作の流れで空いた右手で、襟首に隠していた苦無を取り出してスナップを利かせて、かなめの膝下あたりを狙った。

 ほぼ同時に左手に隠し持っていた苦無も横投げ。

 右腕が縦に振られる。

 左腕が横に振られる。


 極端な半身。

 空中に投げられた木刀。 

 膝下にへ投げられた一本目の苦無。

 もしも、かなめが視線を縦に動かせば、横に狭くなる視界の外から飛んでくる二本目の苦無は避けがたいだろう。

 かなめは、一本目の苦無は右足の裏で落として踏みつけ、二本目の苦無は視線を向けることなく木刀で打ち落とした。


「今のは挨拶」

 空から落ちてくる鉄心入りの木刀を秋千代は右手でつかんだ。

 奇襲失敗。

 木刀以外の武器が使用されたことに、かなめは文句をつけない。

「ご丁寧なご挨拶に痛み入ります」

 そして、

「忍びですね?」

 と嗤う。


 答える必要はない。

 秋千代は木刀を中段に構えて闘気を発して押し込む。

 かなめは下がりつつ、一足一刀の間合いの外で、後の先を狙って目まぐるしい誘いの動きを見せた。

 蜘蛛の網の幻影。

 安易に秋千代が誘いに乗れば、木刀同士を打ち合わせることはできない。

 卜庵老人から渡された木刀は鉄芯入り。

 その重みを利して、木刀同士を打ち合わせれば、秋千代にとって勝機が生まれる。


「秋千代、転べ!」

 見物衆の間から卜庵老人の怒号が響いた。

 主の命令に反射で秋千代の身体は動いた。地べたに転がった。

 いつの間にか、かなめが目の前まで距離を詰めていた。


 後で秋千代が卜庵老人から聞いた話によると、かなめの目まぐるしい誘いの動きに一定の拍子があったという。

 無意識に秋千代が拍子に合わせる状態に陥ったとき、かなめは拍子を消して前に出てきたという。

 

 秋千代は幼時からの忍術の鍛錬で人並外れた柔らかい身体と強靭な下半身を手に入れていた。

 急いで立ち上がりかけたところに、かなめの木刀が降ってくる。

 それに対して、秋千代は鉄芯入りの木刀の柄を右手で握り、一尺半ほど離れた箇所を左手で握り、手と手の間の部分で一撃を受けた。

 金剛術で全身を固める。


 爆発音。

 かなめの木刀は折れた。

 代わりに、秋千代の木刀も鉄芯が剝き出しになって曲がった。


「いざ、組まん!」

 もはや試合に勝てると秋千代は考えていない。

 かなめが技量では格上。

 しかし、秋千代は衣類に暗器を仕込んでいる。組み合いになれば、かなめの衣類を切る機会もあろう。かなめが女であることを衆目に明らかにする。そうすれば、向陽上人もかなめも破滅。

 試合に負けても勝負に勝つ。


    *  *


「やめ!」

 卜庵老人の声が試合を止めた。

「互いに獲物を失った。引き分けで良かろう?」

 それに反応して向陽上人も秋千代とかなめの間に割ってはいってきた。

「引き分け、引き分け」


 仲間の忍者たちも秋千代を止めにかかる。

「終わりです」

「僕はまだ底を見せていない」

「底を見せていないのは向こうも同じ。向こうにも隠し札はある、きっと」

「一対一の試合など、お遊び。勝ってもいい。負けてもいい」

 口々に声をかけられて、秋千代は我にかえった。

「ごめん・・・」


    *  *


 ポン。

 かなめが手を叩いた。

「引き分けは、そちら様の半分勝ちということで、半分だけ私の身体をお見せします」

 ちょっと芝居がかった口調。

 右の片袖を腕から引き抜いて、上半身の右半分を晒してみせた。

「私のことを男か女か知りたいのならば、これで十分」

 乳房のない少年の身体だった。

 なめらかで美しい。

 見物衆たちからどよめきがあがった。

「いよっ、日本一」

「ありがたや、ありがたや」

「かなめ殿を婿にする方策を練らなければ」


 戦っていた時には、確かに定村かなめの動きは少女の骨格であったはず。

 秋千代はおのれの目を疑った。


 かなめが頼んできた。

「あなたのことをそちら様呼ばわりを続けるのは礼を失すると思います。私も半分脱ぎました。ですから、あなたの名前を半分だけ私に教えてもらえませんかね? 上の苗字か、下の名前か」

「どうして?」

 秋千代が問うと、かなめは答えた。

「あなたの名前には私が覚える値打ちがある」

 そして、

「試合の前に、あなたの名前を知りたいと言ったのは、悪ふざけ。今は本心から知りたい」

 と言った。

 そして、唇を歪め、

「申し訳なし」

 と短い謝罪の言葉を付け加えた。


 男であろうが女であろうが、どうでもよい。

 人かどうかも疑わしい。

 怪物であった。

 幼き日から僕が磨いてきた刃は無駄ではなかった。その切っ先は怪物にも届いた。本当にわかってほしいことをわかってもらえた。 

 なれば、この怪物は僕にとって知己。

「秋千代」

 小さな声で告げた。



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