第十二回 鳥山秋千代は福岡忍者にして男の娘なり
黒田家の元家老の卜庵老人は、忍者としての修行も積んでいたせいか、騒ぎがある時には自らの目で確かめようと出向くことがあった。
いい加減な話で騒ぎを処断するまいと心がける点では慎重とも言えるし、下の者たちの目を信じていないのではないかと思われかねない点では軽率とも言えた。
ただ、栗山善助と称していた昔に、卜庵老人は、荒月城に囚われた主君の黒田孝高の救出の折、一介の忍者として敵地潜入の上での大功を挙げている。
歴史に残る活躍のおかげで、「お前たちの目を信じていないわけではない」という卜庵の弁解も、下の者たちから「我々の目は卜庵さまの目に及びますまい」と苦笑いですませてもらえた。
* *
この日、卜庵老人は子飼いの忍者たちを連れて志摩まで出向いていた。
志摩の安養寺の再建のために、博多商人たちから向陽上人は寄付を募っている。
向陽上人が朝廷から法印の官位も与えられているということで、卜庵老人も他の黒田家の者たちも面会している。
黒田家の体面を傷つける話として、向陽上人が女を寺小姓にして寺に連れ込んで女犯をしているという噂が卜庵老人は気になった。
定村かなめ。
それが問題の美しすぎる寺小姓の名前であった。
安養寺にやってきた卜庵老人の一行は、定村かなめと大屯岩太郎の木刀試合の場に居合わせてしまうことになった。
町人姿の卜庵老人らは大勢の見物衆たちの中に紛れ込むことにした。
とりあえず見物した。
木刀試合は多くの者にとって思いもよらぬ結果に終わった。
堂々たる体躯の大屯岩太郎が男装の少女にも見える定村かなめに敗れた。
あれは何者ぞ?
商家の隠居の姿の卜庵老人は、隣に声をかけた。
「どう見た?」
「尋常の者ではないと思います。よそからの忍びやもしれません」
町人娘が懸念を口にする。
見たところの年齢は、十四、五か。華やかな紅の伊達染めの振り袖。顔かたちは整っている。当時に色白が美人の条件とすれば健康的にすぎる南国の陽に灼けた浅黒い肌。妙に落ち着きはらった切れ長の一重の目が愛嬌になっている。
中身は少年、男の娘。
福岡黒田忍者の鳥山秋千代である。
「困るな」
と、卜庵老人。
福岡藩の高位の者たちと普通に面会できる向陽上人のそばに、幕府や他藩の忍びが入り込んでいるとすれば、その事態は好ましいことではない。
* *
卜庵老人は立ち上がった。
「しばらくですな、向陽上人さま。本日はふとお寺に立ち寄せさせていただきましたところ、面白いものを見させていただきました。栗山の隠居でござる」
「これは、これは、よくぞ、お越しになられた」
声をかけられた向陽上人は目を丸くする。
単刀直入に卜庵老人は頼んだ。
「いやはや、見事な立ち合いでございましたな。定村かなめ殿の腕は大したもの。
今の立ち合いを見ていて、わしの供の若い者たちも血が騒いでしまったようで、是非にも、かなめ殿の胸をお借りしたいと申しまして」
卜庵老人は、隠居したとはいえ、全国的な名士であり、福岡藩の元筆頭家老である。現在の筆頭家老の栗山大膳は卜庵老人の息子である。
筑前の地に留まろうとするかぎり、卜庵老人の面子を向陽上人は重んじなければならない。
「受けてくれるか?」
向陽上人はすがるような目で定村かなめを見た。
異様な光景。
それは定村かなめが単なる安養寺の寺小姓でないことを示す。
「お受けしますヨ」
かなめは不敵な笑みを浮かべて応じた。




