第十一回 土蜘蛛が人に化けて安養寺の木刀試合を制す
向陽上人と風見を口車に乗せた土蜘蛛の小女郎は、早速に大屯岩太郎の逗留先という旅籠に挑戦状を送りつけた。
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安養寺の寺小姓の定村かなめは堂々の男子なり。婉々たる女子にあらず。疑われて至極迷惑。確かめたければ三日後の正午に安養寺において定村かなめとの木剣試合を受けよ。
勝負に不正のないように、見物人を自由に入れるので、その点はご安心いただきたく候。勅大僧正の向陽上人の名もあれば、多数の目の前で当方は不正をなしえず。
貴方が勝てば、定村かなめを女子か否かを確かめて、妻にするなり好きにすればよし。更に、貴方の望みどおり、安養寺付きの陰陽師として受け入れることも約す。
貴方が負ければ、先年に京の陰陽師である定村種春を殺して奪いたる定村の重器である花形の明鏡を定村の家に返したまえ。
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すぐ返事が戻ってきた。
┅┅了承。
姫育ちで武の心得のない風見を相手することなど容易いと岩太牢は思ったのであろう。岩太牢は武芸者として経歴も持っていた。相当の剣の遣い手。
ところがギッチョン。
当日に岩太郎の相手をするのは、風見ではなくて小女郎だ。
数百年も生きた化生の土蜘蛛よ。
人間に化けての剣技であろうとも、そこらの上手と言われる程度の武芸者が相手であれば、子ども扱いできる。
網にかかったぞ、と錦ヶ嶽の土蜘蛛は喜んだ。
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試合当日。
天気は雲一つない快晴だった。
安養寺の美しすぎる寺小姓の定村かなめの評判のおかげもあってか、事前の立て札による告知のおかげもあってか、安養寺の境内は多くの見物衆が詰めかけていた。
まるで岩を重ねたような分厚い岩太牢の肉体を見て見物衆は騒ぐ。
「かなめも無茶だ」
「相手は強そうだぞ」
「この勝負に負ければ、かなめは奴の嫁になるという話ぞ」
「本当にかなめは女か?」
入れ替わりに岩太牢はまるで気がついていない。
情欲をたぎらせた目で、
「このお木刀の遊びが終われば、すぐ旅籠に連れ帰って裸に剝いて俺様の肉槍で串刺しよ」
とか、
「誰がお前の主人になるべきか、その身にたっぷり教え込んでやる」
とか口走っている。
知らないということは本当に幸せなことだ、と小女郎は思った。
正午の鐘が鳴ると同時に、大屯岩太牢が境内の真ん中に木刀を持って進み出た。
続いて、定村かなめに化けた小女郎も木刀を持って進み出る。
体形のわかりにくい寺小姓のだぶついた衣装から、すらりと伸びた長い手足をのぞかせていた。
「あの顔立ちは女にしか見えぬ」
「女であることを隠して男装しているという話」
「男でも女でもいい」
「あれを抱くことができたら、死んでもかまわん」
またぞろ見物衆たちは騒ぐ。
立会人の向陽上人は言う。
「約束どおり、当寺の定村かなめという寺小姓の男か女かをこの木刀試合ではっきりさせよう。もしも、岩太牢が勝てば、かなめのことを岩太牢に下げ渡そうぞ。あとは岩太牢の好きにするがよい」
と、そこまで言ってから、
「しかし、かなめが勝ったならば、花形の明鏡とやらを定村の家に返すように」
と付け加えた。
「承知した」
と大屯岩太牢は言った。
向陽上人は声を張り上げて見得を切った。
「この勝負に不正は許さない。大和法隆寺勅大僧正である向陽法印が許さぬわ」
見物衆たちに笑顔で手を振る。
おのれの人気取りのための興行と、この坊主は勘違いしているのではあるまいか?
いい加減に早く試合開始の合図を出せ。
ようやく向陽上人が宣告した。
「それでは始め」
試合開始直後から岩太牢は吠えた。
「喝っ!」
遠当ての術。
なかなかの気勢であった。
関係のない見物衆が気勢に巻き込まれて口から泡を吹いて引っ繰り返ったぐらい。
しかし、数百年を生きた土蜘蛛に通じるものではない。
まるで術が動じないことに岩太牢は動揺した。
その瞬間に岩太牢の剣先が届く場所に流れるように小女郎は移動した。
現実を信じることができず頭の中が白くなった者は、少しでも現実に手がかりを求め、その衝動を抑えきれない。
小女郎の注文どおりに、まっすぐ木刀が飛んできた。
切り落として面打ち。
あとで花形の明鏡を回収しなければいけないので岩太牢を殺してしまうわけにはいかなかった。
頭蓋を砕かないように注意。
ふらつきながらも岩太郎は、さらに木刀を振ってきたが、小女郎は身を開いてかわし、背後にまわって延髄を木刀で叩いた。
失神した岩太牢は地面に倒れこんだ。




