第百回 臼井お秀は家の都合で婿を決められる
嘉麻に百五十石の知行を有する臼井次郎佐衛門は、同じ嘉麻に五千石の知行を有する堀平右衛門の屋敷に呼び出された。
平右衛門は勘解由付き家老。
長政の遺言どおり、勘解由の秋月藩が立ち上がることになれば、秋月藩の筆頭家老になる。
無事に秋月藩が成立した場合には、臼井家は秋月藩士になる。余計な怨みを平右衛門から買っていれば、臼井の家全体に災難が降りかかるだろう。
とんでもない話であるが、平右衛門には「こいつは惰弱」と感じると、すぐ下の者を切腹させようとする悪い癖があった。
平右衛門の言を次郎佐衛門は粗末に扱えない。
* *
次郎佐衛門が平右衛門の屋敷を訪れると、さっそく座敷に通された。
平右衛門は笑顔だった。
「よくぞ参った」
「平右衛門さま、ただ今、臼井次郎佐衛門、参上いたしました」
さっそく次郎佐衛門は平伏した。
顔をあげると、平右衛門の背後に座っている男が見えた。役者でも珍しいような美貌の若侍が静かに佇んでいた。
目を奪われて次郎佐衛門は言葉を失った。
気にする様子もなく、平右衛門は言う。
「そなたが福岡からの寝返りの誘いを断ったという話、わしも聞いておる。勘解由さまもお喜びじゃ」
「ありがとうございます」
と、次郎佐衛門。
黒田二十四騎の平右衛門は、下の者にとって恐ろしい男であった。
平右衛門は言う。
「そちの勘解由さまの忠義の心は信用してもよいと思う。今からする話は、勘解由さまの御命運にかかわる話であるゆえ、絶対に他言は許さん。わかったな?」
そのように言われれば、次郎佐衛門としては、
「わかりました」
と頷くしかなかった。
実はな、と平右衛門は語りだす。
「今年の暮れに、勘解由さまは江戸にご出府なさることを企てておられる」
「え?」
次郎佐衛門あまりの重大事に仰天した。
平右衛門は続けた。
「剣の道では、勘解由さまは柳生の門下ぞ。その縁で京都から御加勢くださる方がいる。先に言っておくが、黒田と不仲の細川さまではないぞ。また違う柳生につながりのある方だ。
勘解由さまもご決断なされた。勘解由さまがこの秋月を出るにあたっては、そなたの知行地も通ることになる。
物事を隠密に運ぶためには、この企てにはお主にも加わってもらわねばならない。ここまで聞けば否とは言わさんぞ」
次郎佐衛門は、有川駿河からの内応の誘いを蹴った話を秋月で吹聴した。今さら分国反対派に鞍替えすることはできない。
「私は勘解由さまに従います」
うむ、と満足そうに平右衛門はうなずいた。そして、後ろの若侍を指した。
「この度の企てを持ち込んできたのは、この男よ。鉄砲頭の倉八の家の者で、春之助という。
長政さまのご遺言が反故にされ、勘解由さまが独立できなんだら、萬吉さまの独立も許されなくなるであろう。萬吉さまの下に入る鞍手の者たちも勘解由さまに加勢したいとのことじゃ」
放っておけば明日は我が身。
同病相憐れむ。
なるほど、と次郎佐衛門は納得した。
「忠之さまは勘解由さまが憎いから、勘解由さまだけに立国を許してくいというお気持ちの話ではないのでしょう。もっと、簡単に筑前の国を割りたくない」
春之助は頭を下げて、
「お初にお目にかかります。私は鞍手の倉八の家の春之介と申します。当主の権右衛門とは母方の従兄弟にあたります」
と言った。
横から、平右衛門は、
「若いのに、この男は、なかなか偉い」
と言った。
そして、
「こいつの胆力は大したものだ」
と付け加えた。
槍一筋の個人の武功だけで五千石を得た平右衛門は、人間を胆力だけでしか評価しない。
次郎佐衛門は少しげんなりした。
「はい」
春之助は続ける。
「本日は、臼井さまにお願いがあって、私は参りました」
「何でしょう?」
と、次郎右衛門はたずねた。
すると、春之介は答える。
「臼井の家の娘を私の嫁にいただきたい」
これには次郎佐衛門は驚いた。
「娘ですか?」
はい、と春之助は言った。
「全ては勘解由さまが無事に江戸に御出府なさられることができるようにするための策です。
私の婚礼を通じて、臼井の家と倉八の家が結びつくとなれば、木の多い山の近くの臼井の家で丸木舟をつくって、それを川下の倉八に贈るようなことが何度かあってもおかしくないでしょう?」
「な、何と」
次郎佐衛門は絶句した。
わかった。
臼井の家と倉八の家の婚礼を名目にした贈り物の丸木舟の中に勘解由を載せてしまおうという計略だ。
* *
自分の家に戻った次郎佐衛門は、娘のお秀に面と向かって話した。
次郎佐衛門は言った。
「今日は平右衛門さまの屋敷に呼ばれた」
「はい」
と、お秀。
大きな溜め息を吐き出した。
「本日に、お前の婿が決まった」
お秀は不安そうな表情を浮かべた。
「どのような御方でしょうか?」
「美しい男」
第一印象を次郎佐衛門はまず口にした。
そして、語る。
「遠賀川の鞍手の倉八家の春之助さまだ。
平右衛門さまが偉いとおっしゃるぐらいであるから武芸の達者であろう。
本日は直にお会いして話してみたが、どこまで賢いのか、わし程度では少し見当もつかない。ただ、勘解由さまも春之助さまのことを随分にお褒めになっておられるそうだ」
「まあ」
お秀は嬉しそうだった。
そう単純ではないと次郎佐衛門は思う。
どこまでお秀に話せばよいのか?
春之介は哀しい笑みを浮かべる男であった。
鬼笑。
甘い夢を見ても優しい想いを抱いても、現実に事を成そうとすれば、それだけ切り捨てなければならないものが多くなる。
そういう道を春之助は進んでいる。その先には普通の幸せなどはない。




