第十回 窮地の勅大僧正が妖魔からの申し出を受く
安養寺に一通の手紙が近所の旅籠から送られてきた。
差出人は大屯岩太牢である。
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我は大屯岩太牢と申したる陰陽師なり。
お多福屋からの勧めをうけて、貴寺の寺付きの陰陽師にならんことを望まんとす。また貴寺に参った日にはお多福屋からの手紙も披露いたす。
先日に貴寺に足を運びし折に気づき申したが、貴寺のかなめなる寺小姓は女性に違いなし。京の朝廷の陰陽師の定村種春殿の娘の風見なり。
京において、我は同じ陰陽師として種春殿と長く親しく交わり、その娘の風見を娶りて定村の婿となることを約せり。
昨年に盗人に種春殿が殺されてから風見殿が行方知れずとなり、我も気にかけていたところ、ついに筑前で見つけたり。これ天の配剤なり。
本来に女性なる風見を男の姿をさせて貴寺に置き続けたることは世人から向陽上人が女犯の罪を冒せしやと不要の疑いを招く恐れあり。
これを機に風見を貴寺の外に出すことは、貴寺にとっても我にとっても双方に利あり。
よろしく、定村かなめ、定村の風見の身柄を当方にお下げ渡しいただきたく候。かつての種春殿との約に従いて永く我が妻になさむ。
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岩太牢が種春と長く親しく交わっていたとか、岩太牢が風見の婿になる約定があったとか、大嘘である。
しかし、向陽上人は岩太牢の申し出を一方的に蹴ることができなかった。
安養寺の寺小姓が女だったともなれば、岩太牢の言うように、向陽上人は女犯の罪を疑われて遠島の罰を受けかねなない。
「困った、困った、どうすればよい?」
向陽上人からすれば、風見に大人しく因果を呑み込んで話を聞き分けてもらいたい。
風見は、
「岩太牢の妻になど、なりたくありません」
と泣いて拒んだ。
二人が寺内の一室で顔を突き合わせて話し合っているときに、突然にガラリと障子が開かれた。
そして、部屋に入ってくるなり、
「ここは一つ、この私におまかせあれ」
と言った。
向陽上人と風見は驚いた。
再建中の安養寺には向陽上人と風見しか人がいないはずである。
大いに怪しんだ。
さらに言えば、突然の乱入者は、風見と顔かたちが瓜二つの姿をしていた。
その語るところによると。
「私は竹山の隣の備前の錦ヶ嶽に棲む土蜘蛛の小女郎と申す者です。
花形の明鏡とやらでもってこの国の金山の化け猫をいじめた陰陽師を探して痛めつけ、花形の明鏡を取りあげるよう、その化け猫から頼まれております。
もののけの間にももののけ同士の義理がございまして、私も数か月ほど、この筑前の国において、その陰陽師と鏡を探しておりました。
もともと花形の明鏡は京にあったはず。
京から法印の位を持つ向陽上人がこの寺にいらっしゃっているという話を聞き及び、何かは事のつながりがあるのやないかと思い、しばらく前から、この寺に密かにたびたびお邪魔して話をうかがっておりました。
大屯岩太牢なる陰陽師の扱いにお困りのご様子。
金山の化け猫をいじめた陰陽師がこの寺にのこのこ自分からやってきたのは、私からすれば、もっけの幸い。
もののけ同士の義理を果たしたく、大屯岩太牢なる陰陽師の始末は、この私、錦ヶ嶽の土蜘蛛の小女郎におまかせいただきたく」
土蜘蛛の小女郎。
男装した風見とそっくりの容姿に化けている。
少年とも少女ともつかぬ美形。
さりとて、いったん口を開けば、明らかに風見とは何か違う空気感を漂わせる。
にへらにへら不敵な笑顔。
まがまがしくあったが、強烈な生命の躍動があった。
土蜘蛛は熱心に売り込んできた。
「風見さんが岩太牢の妻になるかどうかは剣術勝負で決めようとふっかけて、岩太牢をおびき寄せよせましょう。岩太牢は相手を風見さんだと思う。従十五位下の官位の定村種時の孫のお姫さま。勝てると思いこんで、やってきますヨ。
岩太牢がやってきたら、私が風見さんと入れ替わって岩太牢を叩きのめして鏡を貰います。金花奴という化け猫にして馬鹿猫との約束がございますので。
この件を私におまかせいただければ、他の者たちが風見さんのことを女だと言いふらそうとも、騒ぎを収めてさしあげます。私がチョイと男の身体に化けて、人々に確かめさせれば、ヒョイと片のつく話」
向陽上人は悩んだ。俗人に正しい生き方を示すべき仏僧が、妖魔の力を借りて詐術を用いるのはいかがなものか、と。
しかし、女犯の罪を着せられることがあっては大変である。背に腹は替えられない。向陽上人は割りきることにした。
「なるほど。土蜘蛛殿のお申し出は私たちにとってよい話ですな」




