vs八百屋さん⑤
前回のあらすじ
主人公がヤンデレ化した。
許さない。
私の愛を受け入れないだぁりんなんてだぁりんじゃない。
私が記憶を消されてしまう前に彼を殺して、彼と永遠に一緒になれるようにしないと。
だぁりんを殺すために脳の構造を作り替えていく。
より正確に分析でき、より早く判断でき、確実に彼を殺せるように…。
「落ち着いてください島崎ちゃん。
そんなことして何になると言うんですか?
あなたにあんな裏切りをした伊藤さんより、もっと
優しくてかっこいいあなただけの紳士が近くにいる
んじゃないですか?」
「君、調子いいにも程があるだろ。」
外野が五月蝿いが、私には関係ない。
「だぁりんは死んだら絶対に私を否定しない。
ずっと私を許して、そばに居てくれる。
もう、それだけでいい。
もしあなた達が邪魔しても私はだぁりんを殺す!」
「ほう……。」
私の叫びに店長は少し笑い、まだ何か言いたげな服屋さんを手で制し、こちらを見つめた。
「まあいいじゃねえか。
どうせ俺たちのやることは変わらねえんだ。
存分に相手してやるよ。」
「あなたがそう言うと負けフラグに聞こえるんですよ
ねぇ。」
「だからどうしたんだ?
そんな物に頼るのは弱者だけ。
幸運も、ジンクスも、運命も、すべて捩じ伏せてこ
その俺たちだ。」
敵はとっても強そうだけど大丈夫!
だって私のだぁりんへの愛は無限大だから♪
彼らの方を伺いながら右手に持ったナイフを振り上げ、思い切り自分の左手に振り下ろす。
この時点で自分の痛覚をオフにすることも出来るが、
今回の行動の目的のひとつは痛みによる意識の混濁を利用した読心の妨害なので、むしろ痛覚の感度を上げる。
目が眩む激痛が私を苛むが、こんなのだぁりんが愛してくれないことに比べたらなんでもない。
ぜったいに…ころす。
「チッ、本当に読めない。面倒だな。
普通はこれくらいの傷で読心の精度が低くなること
はないんだが…。
痛覚の感度なんてどうやったら上がんだよ。」
「脳内麻薬の分泌停止と感覚集中の併用です。
直に痛みを味わって……!!?」
いっそうはげしくなった痛みにたえ、吐き気……胃の中の物を吐き出す。
「…ポリプくん、何か口をゆすげるものない?」
集まっていた子供たちとだぁりんのお嫁さんたち…嫌悪感…目配せ…私は彼らの家族になれなかったようだ。
アリスちゃんのもうしわけなさそうな顔。
1本のボトルがこちらに。
口を洗ったのち自分の血まみれのナイフも洗う。
すっぱい。予想通りだ。
くつひもの調整を…する?
ここからは時間しょうぶ…。
どうして?
考えがまとまらない…まとめてはいけない。
よまれてしまう。
かすむしかいに目をこらし、わたしはだぁりんに向かってはしりだした。
だぁりんまでのきょりは5めーとる。
「ようや…か。
ま…く、まちく………
なに…んが……しら……………」
こえがうまくききとれない。
半分ほどすすんだところであしがとまる。
かたをつかまれてる?
だれかが左てでわたしのかたをつかみ、あたまがいたい…なぐられた。!
きおくがきえるまでもう長くない。
左手はうごかない。
店ちょうがわたしをつかんでいるからこれ以上だぁりんに近づくこともできない。
………ここまですべて、計画どおりだ。
たぶん。
あんまおぼえてないけどたぶんこんなかんじだった。
「いがいと…いしたこと……せん…ねえ。」
「まだ…体のげん……をはっきりわか…ない…ろう。」
もうめはみえないけど、だぁりんのばしょだけははっきりわかる!
だぁりんめがけてわたしは…えと………ないふ?をなげる。
あと、いっしょにあしをふり上げる。
おわった?
たぶんおわった。
おわった♪
わたしはまんぞくしてきがぬけた。
きおくもぬけた。
「クク、ナイフを投げるところまでは予想していま
したが同時に放った靴で目くらまし…。
あんな状態でよくもあれ程色々と考えますねぇ、島
崎ちゃんは。」
「何無事に守ったみたいな顔してるんだよ。
ちょっとほっぺに刺さったぞ!
めっちや怖かったんだからな!
……て、どうしたの?皆。」
「ちょっと血が出たくらいでガタガタうるせえな。
別にいいだろ、誰も死なないし…マジで?」
「ヤバい…早くいかないと……!!
だぁりんが死んじゃう!」
「ん?いやこれくらいでは流石に死なな…………」
言葉の途中で彼はバランスを崩し倒れ込む。
何が起こったのか分からないようでしばらくは立ち上がろうともがいていたが、やがて電池が切れたかのようにパタリと動きを止めた彼は、すぐに慌てた妻たちによって通りの向こうへと連れ去られて行った。
「坂本さんがフラグ建てるから。」
「い…いや、お前がしっかり守らないからだろ!」
「だからあれほどフラグを建てるのはやめろと言った
のに全然聞かないんだから…。」
「小言いってんじゃねえ!
あとあの言い方はお前もちょっと乗ってただろ!
全く…敵が毒を送ることを前提とした作戦なんて普
通実行するかね?」
「クク、私はあの演技に驚きましたがね。
彼女があれを口に含んだ時点で私はあのボトルを警
戒から外してしまいました。
今回は完敗ですねえ…………………………あ!?」
2人は慌てて寝ている様子の彼女の状況を確認する。
右足を負傷し、左腕から夥しい量の血を流した状態で、掠っただけで成人男性を気絶させるような毒薬を口に含んでいた彼女の状況を。
彼女は、とても安らかに眠っていたそうだ。
「し……死んでる……。」
「いや、心臓が止まって瞳孔が開いてるだけだ!
まだ救護テントに持っていけばワンチャン…!」
「今人工呼吸をしてあげますからね島崎ちゃん!」
「え、お前それ…!」
パニックになった服屋が彼女に人工呼吸を始め、彼女の口に残っていた毒を食らって静かに倒れ込む。
「馬鹿かてめえはァァァ!」
皆が倒れふす中質屋のツッコミが虚しく響き渡る。
彼は一瞬の静寂ののち少し空を見上げ、急患2人を抱え救護テントへと向かっていった。