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vs八百屋さん④

前回のあらすじ

みんな頑張ってた。

慌てて脈拍を確認すると、幸い彼女は生きているようだった。

ほっと胸を撫で下ろす。

流石にこんなふざけた催しで死者が出るのはまずい。

取り敢えず彼女を子供達に預け様子を見ていると、八百屋さんがこちらに近づいてきていた。


「よくもやってくれたね、橋本。

 この貸しは返してもらうよ。」


「ククク、戦場で手段を選ぶ方が愚かなのですよ。

 伊藤さんは相変わらず甘いですねぇ。」


服屋さんのクズさが際立つ。

敗北フラグが立つので悪役みたいな台詞を吐くのは敵になってからにしてほしい。


「クク、何を他人事の様に考えているのですか、

 島崎ちゃん?

 最後の脅迫は私の考えですが序盤の告白はあなた 

 の発案でしょう。

 私は貴方の思考に驚嘆し貴方についていくことを

 誓ったのですよ?」


「服屋さん、言わないでください。

 私が悪いやつみたいになるじゃないですか。」


「おや、そうなのかい?

 なら別に気を遣わなくていいか…」


八百屋さんの不穏な気配に少し警戒するが、特に戦闘に入る様子はない。


「あれ、八百屋さんは私の心読めないんですか?」


「ああ。

 残念ながら私は戦いが大の苦手でね。

 戦闘は愛する妻たちに任せているんだよ。」


となると、この人はただ滅茶苦茶モテるだけのおっさんか…。

確かに顔は整っているが、今禿げていることもあってショボい感じが否めないな。


「それで、何しに来たんですか?

 敗北宣言なら今すぐあの妻たちを止めてください。

 違うなら、あなたを人質に戦いを止めます。」


ある程度戦況がこちらに傾いたとはいえ、まだ私の身が危ないことは確かだ。

早いところ決着をつけてあの無敵の盾を手に入れたい。


「いやぁ、島崎さん。

 実は伝えたいことがあってね。」


「はあ、時間稼ぎなら付き合いませんよ?」


冷たくあしらう私に八百屋さんはウインクを1つして、とても魅力的な笑顔でこう囁いた。


「僕は、初めて会ったときから、君のことが好き

 だったんだ。

 僕と付き合ってくれ。」


「クク、いくらなんでも無理があるでしょう。 

 島﨑ちゃんからも言ってあげてくださ……は?」


落ち着け、こんな時に言う言葉は決まっている。

こちらを見た服屋さんの顔が引き攣る。

私はそんな服屋さんの反応にも気づかず、ただ真っ赤に染まった顔で八百屋さんを見つめていた。

初めて知った『愛』という感情に自分が制御できなくなっていくのをかんじる。

好き、という感情が止まらない。

気が狂う程大きく、すべてを癒やしてくれるような愛情に満たされて私は八百屋さんの胸に飛び込んでいった。


「ずっと…ずっと一緒にいてくれなきゃだめだよ?」


「島﨑ちゃぁぁぁん!!?」


服屋さんの悲痛な叫びがあたりに響き渡るが、私の目には愛しいあの人しか映らない。


「冗談でしょう!?

 もうそこまでいったら魅了とかじゃなくて洗脳の領

 域ですよね!?」 


…あの人、うるさいなぁ。

 まあいいや。


「ねえだぁりぃん、あの人私に叫んできて怖いよ。

 手握ってくれるよね?」


「百歩譲って魅了は認めるとしてもそのキャラは正気

 に戻ったとき後悔しますよ!!」


よく知らないおっさんが叫んでくるが、彼の胸に頭を押し付けて彼の体温を全身で感じ取る方が大事だ。


「私を侮っていたようだね、橋本。」


だありんが最高にチャーミングな笑顔で服屋さんを嘲る。


「ぐぅぅぅ…。

 島﨑ちゃん、もとのように戻ってください!

 …生死ギリギリの状況で絶望と焦りで歪んだ笑みを

 浮かべ皆に屑と罵られながら必死に生き足掻いてい

 たあの頃みたいに!」


…服屋さんは私をそんなふうに見ていたのか。

知り合いからの正当な評価って他人からの罵倒の数十倍効くときあるな…。

というか服屋さんはこの説得を聞いて私の心が動くと本気で思ったのだろうか。


「無駄だよ、彼女は既に私の支配下だ。

 私は愛する我が主のために(ノブルハニートラップ)

 私の武器はこの大地にいるすべての女性だ!」


 カ…カッコイイ……。


「騙されないでください、島﨑ちゃん!!

 こいつブ●ーチの決め台詞パクってますし、よく聞

 いたら普通に男尊女卑のクズ発言ですよ!!」


「うるさい!

 だぁりんは世界で一番かっこいいの!」


しばらく服屋さんと言い争いを続けていると、あの高校生が近づいてきて遠慮がちに口を開いた。


「あの…お父さん。

 そこの島﨑さんについてなんだけど…。」


あれ、まだあまり時間も経っていないし仕方ないけど、私の立場をあまり理解していないみたいだ。


「高校生くん、名前はなんて言うの?」


「ええと……ポリプですけど…。」


「ポリプくんだね?

 私の呼び方を間違えてるよ?」


「……………………………………」


私はポリプくんが発する痛い沈黙も気にせずに堂々と宣言した。


「私はもう、お母さんだよ?」


「……………………………………」


おや、聞こえなかったようだ。もう一度言っておこう

 

「私はもう、お母さんだよ?」


「え、いや…けど、まだお母さんになるって決まっ

 たわけじゃないし…。」


「なんで?

 私達は愛し合っているのに。

 誰かが私達の中を引き裂こうとしてるの?

 誰?もしかして君かな?

 君が私達の真実の愛を邪魔しようとしてるのかな?

 だからそんな心無いこと言えるんだよね?

 あ、別に責めてるわけじゃないよ?

 大丈夫。私達は永遠の愛を持っているからどれだけ

 時間がかかってもどんな手を使うことになっても君

 は私達の愛を認めることになるんだ。

 真実の愛ってそういうものでしょ?」 


「ヒエッッッッ」


ポリプくんは私達の愛を認めてくれたのか、少し後ずさって道をどいてくれた。


「え…。

 あの娘、もしかしてヤンデレだったのか?」


「まあ、目的のためには手段を選ばない人ではありま 

 すねぇ。」


「ヤンデレは嫌な思い出が多いんだけどな…。」


けど、お母さんって呼んでくれないのは悲しいなぁ。

私達の愛はもちろん認めてもらうけど、まずはお母さんって呼ばれて初めて家族になれる気がするんだ。

あ、そうだ。


「…島﨑ちゃん、なんのつもりですか?」


「服屋さん、私、お母さんって呼ばれたいのでちょっ

 とポリプくんの説得をしようと。」


「ええ、それはわかっているのですが、考えと行動

 が結びついてない気がして…。」


服屋さんの言葉に応えず、私は土下座している女の人に歩み寄った。


「ポリプくん。

 お母さんって呼んで?」


「あ…あなたは俺の妹を人質にしたでしょう。

 そんな人をお母さんとは…。」


ポリプくんが少し汗を流しながらも気丈に応える。


「へぇ、そっか。」


私はいつも使っているナイフをポケットから出して、

女の人に突きつける。

太陽の光を鈍く反射して光る刃は、まっすぐ彼を射抜いていた。


「お母さんって、よんで?」


「だ……だから…………。」


彼が日光の下にいるにも関わらず震え始める。

病気かな?

早くこんなこと終わらせて病院に連れて行ってあげないと。


「そっか。」


私はナイフを高く振りかぶり、女に降り下ろそうとする。


「…………おかあさん!」


ギリギリで彼は私のことをお母さんと呼んでくれた。

なんとか振り下ろすナイフの軌道を変えようとすると

なんとかナイフは彼女に当たる直前に逸れて、私の足に刺さってくれた。


「ありがとう、お母さんって呼んでくれて。

 これからはみんなで仲良く愛し合おうね。」


「その……足…大丈夫ですか?」


「もちろん!

 ポプテ君が認めてくれた嬉しさに較べればこんなの

 何も感じないよ!」


家族の幸せに満たされて、私は痛みを感じなくなっていく。

そうだ、子供の名前も考えないと。

気が早いと思われるかもしれないけど、こういうことって絶対早いほうがいいだろうし。


「え、これどうするんですか?

 伊藤さん。」


「あの、私が経験したヤンデレの中でもトップクラス

 に恐ろしいんだが、どうしてだろう?」


「恐らく彼女の恐ろしいまでの生への執着があなたの

 せいで歪んだ形で現れたのでしょう。

 もともと何の才能や技術もなしにこの戦いを生きの

 これるのですから素質はあったのでしょうが、そ

 れにしても恐ろしいですねぇ。

 恐らくあなたとの結婚を成し遂げるまでは彼女手段

 を選ばず進み続けますよ?」


「そんな君は嫌いだ!とか言えば…。」


「迷わず自殺でしょうねぇ。」


「だよなぁ…。」


「何の話をしてるんですか?」


私の言葉に服屋さんとだぁりんがビクリと震えた。

だぁりんはそのまま顔を青くして私を見つめる。

見つめられると照れちゃうのに…。


「…もしかして、聞いてた?」


「いえ、大丈夫です。

 思考を読んでいましたが、彼女は今まで子供の名前

 を考えるのに集中してました!」


「良かった……いや良くないな…。」


「……………?

 なにか嫌なことでもあったんですか?

 何かあったら何でも言ってくださいね?

 私とだぁりんの間にある壁は全部私が壊しちゃいま

 すから♪」


血まみれの右拳をどん、と胸に当てる。


「…もう諦めたらどうですか?

 幸いあなたの妻や子供達は認めているようですし」


「何とかならないか?

 お前が僕に変装して身代わりになるとか。

 お前彼女が好きなんだろ?」


「確かに愛していますが今の彼女は流石に…。

 それに下手なことをして貴方と彼女の間の壁にな

 るなんて恐ろしくてできません。」


「そんなことより子供の名前を考えませんか?

 私は真珠(ジュリエット)がいいと思うんですけど!」


「いや、ええと…それはちょっと…。」


何か気に入らないことでもあったのかな?

もしかして、誰か同じ名前の娘がいるとか?


「おい、何してんだ?」


声がしたので振り向くと、そこには店長が立っていた。

私と八百屋さんのこと報告しないと。


「坂本!

 良いタイミングで来てくれた!」


「まだ状況がつかめねえんだが…。」


「店長!

 私この人と結婚するんです!

 あ、もちろん仕事はできるだけ続けさせてもらいま

 すよ!」


「一体何があったんだ?」


「実は………。」


       〜2時間後〜


「まあ、まあ状況はつかめた。

 何とかできると思……ああ!

 本当めんどくせえ今のコイツ!」


「何で私の話を聞いてくれないんですか?

 もしかして店長私達の結婚に反対なんですか?

 もしそうだったらはっきり言ってください!

 私達の愛がどれ程強固か証明しますから!」


「ああ、賛成! 賛成だよ!

 いいからお前は子供の名前でも考えてろ!」


「やった、ありがとうございます!」


女の子の名前は決まったけど、男の子だったときの名前は決まってないからな…。

やっぱり男の子だったらだぁりんの名前から一文字もらったりしたいなあ。 


「あのバカのせいで話が全く進まねえ…。

 お前の魅了は知っていたが、まさかあそこまで強力

 なものだったとは思わなかったぜ。」


「いや、いつもはただ僕に惚れるだけであそこまで酷  

 いことにはならないんだけどね?」


「もともと目的を実現するためにどんな手でも使う

 サイコパス一歩手前みたいなやつだからな…。

 一時期俺に傷をつけることを目標にしてた時もすご

 かったんだよ。」


「クク、何をしたのですか?」


「最初は包丁で刺す程度だったんだがだんだん規模が

大きくなり始めてな。

 大型トラックに濃硫酸にダイナマイト、変わった

 所では室内の温度を絶対零度まで下げて俺の体を砕

こうとまでしてきた。」


「よく生きてたな、お前…。」


「ま、伊達にあそこで戦い続けたわけじゃねえよ。」

 

「そして今日の島崎ちゃんの目標は『生き抜く』とい 

 う比較的穏やかで周囲の危険も少ないものでしたが

 ここに来て状況が変わってしまった。

 どうしてか?

 一体どうしてなのか!!?」


「ぐ……僕のせいだよ。

 悪かったから当たらないでくれ。」


「愛しの島崎ちゃんにあんなことをした貴方は簡単に

 は許しません。

 が、そんなことを言っている場合でもないので具体

 的な対処法を考えましょう。

 何か案のある方は?」


「はいッ!」


「はい、坂本くん。」


「死ぬまで愛を受け入れればいいんじゃねえか?」


「今までなんの話をしていたか忘れたのか君は!

 正直1週間も保つ気がしないぞ!」


「うーん、中々いい提案ですね…。」


「何だ?土下座か?

 土下座すれば許してくれるのか?」


「冗談ですよ。

 私も島崎ちゃんをあのままにしておくつもりはあり

 ません。

 私に愛を囁かない島崎ちゃんなんて島崎ちゃんで

 はありませんからね。」


「………………まあともかく、こうなった以上アイツにお

 前を諦めろ、と言うとどうなるか分からない。

 ここはアイツの記憶を消すのがいいんじゃねえ

 か?」


「そんなことできるのかい?」


「まあ、無料でやるとは言ってねえがな。

 とりあえず……はあ、また来たぞ。」


「ああ…。

 またか…。」



気づくと店長たちは難しそうな顔で考え込んでいた。

状況はよく分からないけど私は子供の名前を考えなきゃだし、気にせずに聞いちゃおう。


「ねぇねぇ、だありぃん。

 だぁりんって、なんて名前なの?」


「……どうしてそんな事を?」


「え……教えてくれないの?

 もしかしてだぁりん私に隠し事するの?

 それってやましい事があるから?

 大丈夫だよ。

 何があってもだぁりんは傷つけないから…」


もしかして難しい顔をしていたのはあのふたりに反対されたから?

なら早く殺さないと私とだぁりんの幸せな生活が邪魔されちゃう。

服屋さんはともかく店長は殺せる気がしないけど、私たちの愛は無限大だからなんだってできるはず♪


「い、いや、別に教えたくないわけじゃないよ!

 直樹、伊藤直樹だ。」


なぁんだ、早とちりだったんだ。

私とだぁりんの仲を邪魔する人なんて居るはずないのに変なこと考えちゃった。


「ごめんなさい、変なこと言っちゃって。

 だぁりんを疑うなんて、私おかしかったね…。」


「いい、いいからそのまま名前を考えておいてく

 れ。」


「うんだぁりん、許してくれてありがとう♪」


私、たまに変なこと考えちゃうことあるからな。

気をつけないと。

さ、子供の名前を考えよ。


「……お前、躊躇いなく偽名を教えたな。」


「あまりに恐ろしくて…本当に記憶を消せるんだよ  

 ね?」


「無料で、とは言っていないがな?

 俺はお前のスタンプをもらおうか。」


「…まあ彼女たちが負けた時点で僕が勝つのは難しい  

 だろうしね。

 今回は諦めるよ。」

 

「では私は魅了の技術を教えてもらいましょうか。」


「よくあれを見た上でいえるね?

 勇気あると思うよ。

 いや、断るけど。」


「ククク、あなたに拒否権があるとでも?」


「君、今自分で落とすと言っていたよね?」


「……私が自力で勝ち取った力は私の力です。」


「おい、記憶を消すかどうか決めるのは俺だぞ?

 それともお前は記憶を消すのに反対か?」


「……はぁ、言ってみただけですよ。

 さっさとやればいいじゃないですか…だる…。」


「めちゃくちゃ期待してたねきみ…。」

 

「まあ、状況もまとまったしさっさとアイツの記憶を

 消しちまうか……あ。」


「クク、少しまずいかも知れませんね?」


「そうだね、正直生きた心地がしないよ。

 …何かあった?」



「……どう言うことですか?」



たった今聞こえてきた話は、私たちの愛をどうしようもない程に否定するものだった。


「…………あ、いや、その………。」


こちらを振り向いただぁりんの目に混じる恐れと嫌悪の感情は、自分の愛が受け入れられていないことを何よりも雄弁に示していた。


「なんでそんな、だって、言ったじゃないですか、、

 私が好きだって、付き合おうって…」


一縷の望みをかけてだぁりんに問いかけても、彼は私と目を合わせてすらくれない。


何も考えられなくなり、足元が歪む。


「その、何だ……ドンマイ!

 いい事あるって!」


私の視界は怒りで真っ赤に染まった。



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