vs八百屋さん③
前回のあらすじ
主人公が敵の娘を人質に取った。
「いや、決して忘れられていた訳ではなくて、読心
に集中しないと心を読むことはできない、という裏
設定が私達の正確に驚くほど噛み合わず…。
私達に心を読むような余裕がある時が少なかったの
ですよ。」
「トリップしたり気絶していたりと忙しそうでしたも
んね。」
「ええ、ええ、其のとおりです。
なのでそんなことは置いておいてさっさと作戦を始
めましょう。
まずはあそこの褐色の女の子からですね。」
すごい慌てるな、服屋さん。
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発砲、敵の回避を確認。
回避方向に糸を張るも奴は腕力で強引に突破。
こちらに打ち込まれた拳を全力で避ける。
返す刀の蹴りを全身を使って受け止め、仲間の少女が攻撃できる隙を作る…いや、これ受けたらやばい、回避。
「ねえ、しっかりしてよエミリ!
アンタが受けないと隙ができないのよ!」
攻撃しか脳のない褐色の女が思考を乱してくる。
まったく、誰のおかげで戦闘が続けられてると思ってるんだ。
………誰かが一撃喰らえば即座に総崩れになってしまうであろう危機的状況に一瞬たりとも気を抜けない。
しかしこちらも少しずつ傷を与えてはいるのでこの調子で行けばなんとかなりそうだ。
問題はこちらの体力か…。
人にもよるが、全力で戦えるのはあと10分が限界、
という娘も多いし、そろそろ決め手がほしい。
「だからアンタが受ければその隙ができたでしょ!」
ヒポプテがなにか言ってる。
私が一番年上だというのになぜ命令してくるのか。
「あんたに命令される筋合いはない。」
「私は最初の妻、つまり本妻だから偉いの!」
「そんな事今は関係ないでしょう。
そもそも最初にダーリンに出会ったのは私だし。」
「アンタ最初敵側だったでしょうが!
最初のほう散々邪魔してきたの忘れないからね!」
「ぐっ…。
けど最後の戦いで勝てたのは私の情報のおかげでし
ょう。」
「あれアンタが引っ掻き回してなかったらもっと簡単
に終わってたのよ!」
「うっっ…。」
そこを責められるとどうしょうもない。
とりあえずヒポプテに何かしら呪いが行くように祈っていると、遠くから愛する人の声が聞こえてきた。
その声を聞き逃すまいと耳を傾ける。
「お~~い!ヒポプテぇ!」
…畜生、聞いて損した。
戦闘中ゆえすぐさま返事できる訳ではなかったらしいが、彼女の顔に笑みが浮かぶ。
反対に私は苦々しい気分になる。
本気で呪いを考えてみたが、悔しくなるばかりか。
そう思っていると声は続く。
「愛してるよぉぉ!」
ヒポプテの動きが完全に止まって顔が真っ赤に染まり、あわあわと動揺し始める。
「なな、なんで急にそんなこと…嬉しいけどそういう
ことは二人のときにぃぃぃぃぃ!!?」
動揺で注意がおろそかになったヒポプテが奴に思い切り吹き飛ばされる。
もしかして私、呪いの才能あるのか?
…後で呪い専門の娘に教えてもらおうかな。
いや、それどころじゃない。
まずい、攻撃要員が減った。
奴の攻撃を受け止める役が減ったわけではないので総崩れになることはないだろうが…。
「椿ぃ!
今度二人でデートしよう!」
「え、ホントにいいんですか!?
もちろん私はいいんですけどぉぉぉぉぁぁぁ!!?」
忍者の末裔の椿が一瞬気を抜いたことで脱落する。
流石に異常だ。
一瞬戦場を離れて状況を確認すると、思った通りダーリンは二人に増えていた。
となると、今まで私達に声をかけていたのは、服屋の変装した姿か。
流石にあいつと戦っていると戦線が崩壊するので素早く奴との戦闘に戻り、状況を伝える。
「さっきから私達に語りかけているのは変装した
橋本さん!
全員騙されないように!」
「あの人…!
私の大好きな彼を騙るなんて許せませんわ!
今すぐ私が八つ裂きにして…」
「怒った顔も可愛いねエマァ!」
「え…そんなこと言われたら私ぃぃぃ!!?」
温室で育てられた元箱入り娘が簡単に飛ばされる。
私の言葉は何だったんだよ。
というかまずい、ここまで被害が大きいと勝てる気がしない。
幸いもうこちらにあんな単純な手で騙されるやつはいないのでこれ以上被害は増えないだろうが…。
「次ぃ!エミリはぁ!」
わたしの名前?
流石にここまで身内が騙されているのに引っかかる様な馬鹿ではないつもりだが…。
「20年前の7月ぅ!」
昔のことではっきりとは思い出せないが嫌な予感がする。
確かその時私はダーリンを監視していたはず…。
「伊藤さんがイタリアに居たときぃ!」
彼の言葉で唐突に記憶が蘇る。
決して知られるわけにはいかず、今も色褪せない人生最大の黒歴史。
まさかあれを知られているのか?
そんなはずない。
だって私はあのときちゃんと証拠を消したはず。
「伊藤さんとその仲間が泊まっていたホテルにぃ!」
馬鹿な。
そんなわけない、そんなわけないそんなわけない!
どうしてアレを彼が知っている!
動揺で呼吸が荒くなり、脂汗が幾筋も滴り落ちる。
落ち着け!
彼が知っているはずがないんだ。
戦闘に集中しろ…!
「留守中こっそりと忍び込み、彼が眠ったベッドの上
でぇぇ!!」
私は戦闘を離脱し、橋本さんに土下座していた。
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服屋さんが何か言い始めたと思ったら、黒スーツの女性が目にも留まらぬスピードで土下座していた。
この人、アリスちゃんのお母さんだ…。
「あー、おかあさん、何してるの?」
アリスちゃんが無邪気に話しかけるが微動だにしない。
本当に何を握られてるんだ…。
「クク、まあ確かに夫の前で話されたいことではない
でしょうねぇ。」
土下座している女性が必死で頷く。
「というか、どうしてそんな秘密を服屋さんが知っ
ているんですか?」
「クク、この商店街はまともな会話ができる人があま
り居ないのでねぇ。
私や伊藤…八百屋さんの様な常識人は悩みを相談
し合うことが多いんですよ。」
八百屋さんはともかく、服屋さんを常識人に入れるのは抵抗があるが、まあ今もまともに話せていることは確かだ。
店長との会話は間違った選択肢を選ぶと即死であることを考えるとまだ服屋さんとはまともに会話ができると言える。
あくまで相対的な話で常識的に考えると服屋さんとの会話も大概だが。
ん?というか…。
「彼女の秘密について服屋さんは八百屋さんから相談
を受けた、ということですよね?」
「クク、そうですねぇ。」
「ということは、八百屋さんにはもうその秘密、知ら
れてるんじゃ…。」
「もちろん。
自分が知っていることを伝えたほうがいいのか、
黙っているほうがいいのか、という相談でしたか
ら。」
土下座したまま静かに固まっている女性を見る。
どうすればいいのだろうか。
自暴自棄になって暴れられても困るのでとりあえず声をかけてみる。
「あのー、大丈夫ですか?」
返事がない。
真逆…この人…。
「土下座したまま死んでる…。」