頭が毒花畑
とても雑な作りとなっております。
お読み頂けるのであれば、気を張らず楽にしてどうぞ。
「メッチャールノ・ゴータゴダ公爵令嬢! 貴様との婚約を今日、卒業式と共に婚約破棄によって決別し、真実の愛を育んだトーリ・ブッシー男爵令嬢と新しい未来を作ると宣言する!!」
………………来やがったか。 先ほど阿呆な宣言をしたココゾート・ラキレメーズ王太子をはっきりと見据えながら、私は心を凍てつかせる。
~~~~~~
事の起こりは幼い頃。
ある日、目が覚めたら変な記憶が有ったのだ。
身に覚えの無い記憶ではなく、自分ではない自分が持っていた記憶。
…………そう。 メッチャールノ・ゴータゴダは前世の記憶に目覚め、その記憶によりこの世界は乙女ゲーム……又はそれに極めて近い世界だと理解した。
そして私は未来で、王太子の婚約者となって、ヒロインに婚約者を盗られる令嬢であることも。
その記憶で一番不可解なのは、記憶の大半が途切れ途切れであやふやであるのに対して、なぜかゲームの記憶だけは鮮明に刻まれていること。
登場するキャラの絵、プロフィール、声。
それ以外にも沢山。
序盤の共通ルートの会話なんて、一度読んだら二度目からスキップしていて覚えているのか怪しかったはずなのに、今は一言一句全て思い出せる。
好感度に影響する選択肢もハッキリ思い出せるし、選ばないと対象が攻略できなくなる注意が必要な選択肢だって、パッと出てくる。
プレイヤーが選べる全選択肢の影響も、すぐさま検索できる。
好感度に影響しない些細な選択肢で、後で微妙にセリフやモノローグが変わる要素も。
そしてそれは、他の前世の記憶がどれだけ薄くなろうとも、ゲーム関係の知識だけは10年近く経った今でも色褪せない。
前述した途切れ途切れの記憶は主に、家族や友達に関する記憶で、どうやら地球へ帰りたいと思う里心がつきそうな部分だった。
それを念入りに加工されている所も考えると、どうにも作為的な転生らしい。
どこかの誰かが何をさせたいのかは分からないが、あえてそれに乗ってやる気はない。
ゲーム関係の記憶は、むしろメッチャールノとして避けられない要素以外、全力で避ける為に使ってやる。
~~~~~~
確かに私はあのゲームの悪役令嬢と同じ存在なのだろう。
でも、前世の記憶を見てしまった影響で、ゲームで見せた本来の傲慢さはポッキリと折れてしまった。
目指すは慈愛と慎みを持った、美しく完璧な令嬢。
なるのは簡単だ。
前世の価値観を参照して比べれば、この世界は殺伐としすぎている。
小市民で別に優しくもない性格だった前世でさえ、このゲームの世界では十分過ぎるほど“お優しい”姿なのだ。
だから、前世の感覚を少し意識してやるだけでいい。
実際に、ゲームの攻略対象になっている私の義弟は、ゲームのプロフィール通り不幸で抑圧された生活をしていない。
親戚の家からなかば捨てられる様に、私の家へ養子としてやってきた義弟を、ちゃんと家族として遇しただけ。
「姉様、姉様」と、私を慕ってくれている。
家の使用人や領地の民の扱いだって、ちゃんと一人の人間として誠実に対応するように、当主であるお父様へお願いしただけ。
ちょっとした気の持ちようで環境はそれとなく変わり、私は聖女同然の扱いとなった。
王太子との婚約はゲームだとこちらから無理に言って結んだ流れだったのに、現実では向こうから婚約を強く求めて来た。
――――ただまあ、将来婚約破棄してくるかもしれない相手に、気を許さないのは当たり前の話で。
そうなると王太子との交流は薄くなり、私への気持ちが育たない。
――――それが行く行く、ゲーム通りに婚約破棄の流れを作ってしまうのに気づいたのは、私が人の親になってからだった。
「以上が、メッチャールノ・ゴータゴダが我が愛しのトーリに行った、数々の悪行である!!」
少しの間だけ思い出に沈んでいたら、話が進んでいる。
意識を現実に戻すと、ココゾート殿下の周囲には、殿下の側近候補となる攻略対象達も揃っていた。
その中には私の義弟も居て、義弟は私と視線を合わせてくれない。
「どうだ、メッチャールノ。 何か申し開きが有るなら、この場で聞こう」
偉そうにふんぞり返る殿下と、それと側近候補達に囲まれて不安そうな顔付きながら、よく視ると口許が歪んでいるトーリ。
周囲は物見高く、ことの成り行きを見守る卒業生達に囲まれ、動くのは困難。
私と対峙する人は既に勝った気でおり、余裕たっぷり。
…………この状況は窮地でも何でもない。
計画通りなのだ。
そして、もう仕上げの段階。
合図は私が普段使わない、色彩豊かな扇子を広げ、口を隠すこと。
それと――――
「良く調べましたわね。 これでトーリ様はココゾート殿下の妃となるのかしら?」
この“ココゾート殿下の妃”のワード。
これで全てが終わる。
このワードで側近達は肩がピクリと反応して顔が強張り、殿下とトーリ様に喜色が満ちる。
遠回しにでも私は言い返せる材料が無いとなり、いわゆる負け宣言なのだから。
だけどその喜色に水を差す様に、私と王太子の間に飛び出したのは義弟。
その義弟はわたしの血族らしく、金髪に翠眼。
私は切れ長の目だが、義弟はクリクリとした愛らしい丸目。
努力でスッキリした輪郭の私に対して、義弟は童顔。
そんな義弟が、顔をキリッと引き締めているのか分からない、そんな顔で吠える。
「お待ち下さいココゾート様! トーリ嬢は側近の者達とも真実の愛を育みました!!
王太子妃とするには些かに難があり、厳しいものであると申し上げますっ!」
この発言により、場が瞬間で沸騰する。
真実の愛が複数あると言ったのだから。
それのどこが、真実の愛だよ。 とツッコミ感が満載。
これで一転して、窮地に立ったのは殿下。
王家として、確かな血筋を残す義務がある。
でもその一緒になろうとした相手が、他の男と通じている可能性が出て来てしまえばどうなるか、言うまでもない。
それを理解してしまえば、殿下の顔が真っ青になるのも分かる。
が、これは有る意味、側近候補にはチャンスとなるのだ。
義弟の近くに側近候補達が一斉に飛び出して、思うままに叫ぶ。
「そうだ! ココゾート様ではなく、俺が身請けして監視します!!」
「あっ!? ずるいぞ! この未来の宰相となる私めこそが、その役目に相応しいのですよ!」
「フンっ。 華麗な俺様が愛と言う檻に閉じ込めて、一生そばで監視する事こそが正しいのだよ!」
とまあ、トーリ様が王太子に相応しくないと現状を叩き付けてしまえば、後はその下の連中が醜い取り合いを始める訳だ。
少しの間、こうやって側近候補達が騒いでいると、次の変化が起きる。
「トーリ! そうだ!! 俺がトーリに相応しいよな!? な!!?」
「あ!? おいおい!! 私めの目を盗んで、本人へ抜け駆けなんて許しませんよ!」
「俺様を選ぶよな? なぁ?」
「おい貴様ら! トーリを横から奪おうとするなど、それは王家への反逆とみなすぞ!!」
自分達ではなく、トーリ様に誰が一番かを決めてもらおうと、トーリ様へ詰めかける。
「……姉様、そろそろ」
完全に馬鹿達による馬鹿騒ぎの場となり、完全に私から注意がはずれた空間。
こっそり私に近付いたのは、義弟。
…………うん。 まあ、そう言うことだ。
義弟には、トーリ嬢に心酔した演技をしてもらっていたのだ。
それでこう場を引っ掻き回す役をやってもらい、ゴチャゴチャの滅茶苦茶になったところで逃げ出す計画。
~~~~~~
「あの連中は本当に単純で、この本命の計画を使うだけで終わりそうだなんて、拍子抜けよね」
「だから副案は要らないってボクは言ったのに」
「万が一を警戒するのは、当然だと思うわよ?」
「えー? あんなヤツじゃあ、それすら勿体ないんだって」
会場を抜け出して、私達の家の馬車で帰る途中。
さっきまでしていた、あの茶番をふたりで振り返っていた。
「まさか、必要になるだろうってシキンデンに持たせたトーリの浮気の証拠すら要らないってのも、正直怖くなったわよ」
「あいつらはトーリの証言だけで全部、姉様が悪いって決めつけたんだよ? その時点で分かるでしょ? と言うか、なんで外だとシークって言ってくれないのさ」
さっきの出来事を振り返っていたはずなのに、すぐ話題を変えてきた。
その態度はさっきまで王太子の側近候補をしていたのとは違い、家族に甘え倒す甘えん坊そのものに変わった。
このしっかりした面と甘えん坊な面。 その落差が面白くて、可愛らしくて、ついつい顔がゆるみそうになる。
何か意図が有るのだろう。 乗っかることにした。
「前にも言ったけど、家から一歩でも出たら誰が聞いているのか分からないのよ。
もっと言えば高位貴族の私達が、困った時に頼り甲斐のある人だって思ってもらうにも、威厳を見せていかないと」
「それは何度も聞いたよ。 そうじゃなくて、姉様の今後をボクは話したいの!」
「今後?」
いつものやり取りだと思っていたら、どうにも違うみたいだ。
「アレだけの人達の前で姉様は婚約破棄宣言されたんだから、王家としても簡単にはひっくり返せないよね?」
「そうね。 無かったことに~なんて調子がよすぎるものね」
「だったら、どっちの責任になるにしろ婚約が無くなる。 無くなったら、姉様の経歴にキズがつく」
「なるわね」
王家から頼んでおいて、王家から婚約破棄。
これだけで厄介なスキャンダルの臭いしかしない。
それ自体に興味を持っても、婚約や恋愛には繋がらないだろう。
「ボクも、今回の騒動で側近候補でキズ有りになって、そのままでは居られなくなったと思う」
「あ……そうよね。 巻き込んでしまってごめんなさい」
そうだった。 忘れていた。
私の婚約破棄で、私だけの被害を最小限にする為、側近候補になった義弟を巻き込んだのだ。
今回の騒ぎで、義弟も割りを食うのだ。
その事は最優先で気付いてもおかしくなかったのに、なぜ私は思い至らなかったのだろう?
そう思うと、自然と頭が下がってしまう。
心の中で深く反省していると、私の両肩が少しだけ重さを感じた。
「気にしないで。 お義父様から了承をもらって、姉様と結ばれて、家を盛り立てていくから」
「…………は?」
思わず。
頭がバッと勢い良く上がった。
すると息が顔に当たりそうな至近距離に、義弟の笑顔が。
今まで、子供の頃にしか無かったような距離で、反射的に心臓が跳ねた。
「お義父様は今頃、王城で国王陛下から王太子有責で婚約破棄を認めさせて、代わりにボク達の婚約を認めさせようと交渉しているだろうね」
「は?」
暴れる心臓の所為か、義弟の言葉が頭に入ってこない。
「キズ有り同士で勝手に自己解決してくれるんだから、多分簡単に認可が出るよ」
「は? は? は?」
なんだか頭がグルグルしてきた。
そんな私を、義弟がじっと見据える。
「……姉様はいや?」
「え? は? え?」
気まで遠くなってきてる、と思う。
もう本当に、何がなんだか分からなくなってきている。
「碌でもなかったボクの人生が明るく開けた、そのきっかけになった姉様を、大切に想わない訳がないじゃないか」
「……!? !! !??」
あの愛らしい顔だった義弟が、歪んで見える。
「一生離さないからね? ボクの愛しいメッチャールノ」
「っ!!!?」
滅多にしない、悪巧みをするような大人びた顔に歪みが変わり、私の中の形になっていない部分が疼くのを感じた。
童顔系腹黒義弟。
ねーさまねーさま言いながらポテポテやってきて、ねーさまだいすきーとか満面の笑顔で言いながら黒い光を飛ばす義弟。
うーん……ベタですね。
~~~~~~
蛇足
メッチャールノ・ゴータゴダ
めっちゃゴタゴタ。 ヒロイン(笑)の取り合いシーンを指す。
あのあと、マジで義弟との婚約の認可を父親がとって来て、逃げられなくなった。
まあ元々義弟はゲームなら攻略(恋愛)対象と認識していたので、弟との恋愛なんて……とか言う抵抗感は無かったけど。
推しがどうとかではなく、ヒロインと恋愛するのかな~みたいに、ドラマの俳優を見ていたみたいな感じだろうか?
なお、ゲーム中の義弟は黒さを見せておらず、一部の考察スレで深読みすれば黒いかも? 程度しか黒い成分は見せていない。
最終的には義弟と結ばれ、周囲が砂糖を吐く位にダダ甘夫婦として、貴族の業界中に知れ渡る。
シキンデン・ゴータゴダ(義弟)
至近(又は資金)でゴタゴタ。
至近なら、本文ラスト。 資金なら、シキンデンを親戚から迎え入れる際の礼金での。
義姉と決めた婚約破棄計画だが、王太子の側近候補として潜り込んで得た情報を、義父にも報告していた。
その際に義姉が本当に王太子と婚約破棄したら、自分にくれと交渉していた。
実際に王太子と婚約破棄する流れとなったので、シキンデンは満足そうに黒く笑ったそうな。
ココゾート・ラキレメーズ
ここぞと言った所で決められず。
父親の国王陛下がメッチャールノを王太子妃にと望んだのに、それを蹴り飛ばした。
勝手に男爵令嬢と結ばれると宣言したのだが、そいつはただのクソ○ッチ。
それでも良いと受け入れて父親にトーリを紹介しようとしたら、トーリはその場で無礼討ち。
この事態に泣き叫んで暴れようとしたので、隔離措置された。
隔離されて1ヶ月後。 出された飲み物に死毒が入っていて、知らずに毒杯で処分された。
罪状は王の決定(婚約)を私情にて破り捨てて泥で汚した結果の、不敬罪と抗命罪。
王の命令(婚約)に背いたんだから、それを罰しないと下の者に示しがつかないからね。 厳しくしないといけないからね、仕方ないね。
トーリ・ブッシー
附子……つまりトリカブト。 毒の花の中でもかなり猛毒なので、とても危険。
セリフ一切なしのヒロイン(笑)ちゃん。
転生者かどうかをはじめとした、細かい設定はしてない。 想像はお好みでどうぞ。
エンディングまであと少しだったが、シキンデンは裏切り者だった。
取り合いのゴタゴタは「私のために争わないで!」と言えて満足だったそうな。
ココゾート(王太子)と陛下の御前に参上したが、メッチャールノとの婚姻後に側妃や寵妃(愛人)として迎えるではなく、ココゾートが正妃に迎えようとしているなんて知った時点で死罪は確定だった。
ゴータゴダ家から報告をもらっていて、事の真相も調査済みだったので。
メッチャールノが悪くないと知っていたので。
国で評判のメッチャールノを王家に迎え入れられなくなった、直接の原因の一つなので。
いつ、どんな刑で死なせるかの違いしか、未来での可能性による変化は無かった。
他の側近候補達
相応にそれぞれの家から罰を受けている。
側近候補として王太子の過ちを質せず、止められず、自分も沼へズブズブと入ってしまったし。
家に泥を塗ったのだから廃嫡や継承権剥奪は当然として、貴族籍から消されて平民落ちしたり、家の恥だと自害を強制されたり、見目の良さから戸籍抹消の上男娼としてどこかへ売られたり。
それと、愚息達に何か不穏な動きがあったらすぐ処分出来るようにと、監視兼暗殺者を各家で用意したり。
ともかく二度と貴族の世界には戻れなかったそうな。
記憶を取り戻してから、本文が終わるまでのメッチャールノの生活
悪役令嬢の回避を目指し、品行方正に暮らす。
王太子との接触は義務以外は最低限。
もちろんゲームが始まってもヒロイン(笑)を徹底的に避けて、関わらないようにしてきた。
本当は刻まれたゲームの知識で何かをしろって神からの啓示だったのだろうが、メッチャールノはそれを完全に無視している。
メッチャールノを転生させた何か
目的は不明。
だが悪役令嬢に転生させゲーム知識を刻み付けた所から考えると、ヒロインの立場を乗っ取ってヒロインさえも従えた、逆ハー転生悪役令嬢を見たかったのではないかと推測される。
もしくは本当に偶然悪役令嬢へ転生する人がいるのを見つけたから、これ(原作ゲーム知識)で不幸になる未来を回避してほしいと応援するつもりだったとか。
だがそれが正解だと確証は無いので、本当に何を悪役令嬢にさせたかったのかは本人に訊いてみないと分からない。