ライバル
若松観光株式会社。
元の世界ならだれでも知っている、大手の旅行会社です。
普段旅行に行かない人でもCMは見たことある。
耳に残るテーマソングでお馴染み。
ウチの会社とは比べ物にならないほどの、有名企業です。
プレハブでできたオフィスの窓に斜陽が眩しい夕方。
3人の内、2人は戦慄していました。
「本当ですか仁和さん!」
私は仁和さんに勢いよく尋ねる。
「え、たぶん?ニュースサイトで見たんだけど」
「ニュースサイトですね、見てみます」
私はスマホでニュースを検索する。
普段から旅行関係を調べていたので、該当の記事はすぐに出てきました。
「若松観光、異世界旅行を開始……本当にありますね」
「でしょう?」
「異世界って仁和さんや社長以外にも行き来できる人がいるんですか?」
「……たぶんいるんじゃないかなぁ」
(そんな感じなのかぁ)
「異世界に行けるのはウチだけだと思ってたんですけど」
「……うーん行き来できる人は何人かいるとは思うんだけど」
仁和さんは少し考えてから喋りだしました。
「たぶん私と社長の知り合いの仕業だと思う」
「はぁそうなんですか?」
「まぁたぶんね」
(さっきから仁和さん"たぶん”が多いなぁ)
(たぶんニュースサイトで見て)
(たぶん異世界に行ける人は他にもいて)
(たぶん知り合いのか)
(たぶんが多分だわ)
「あんまり興味なさそうですよね?仁和さん」
「よそはよそ、うちはうちだよあおのちゃん」
「そんなものですかぁ?」
私も少し大したニュースでは無いような気がしてきたとき、
PCでニュースを見ていた先輩が声を上げました。
「だめよ仁和さん!」
「えぇ?どうしたの京子ちゃん」
「私はこの会社を異世界観光業界の第一人者にするために頑張っているんですよ!」
「きょ、京子ちゃん落ち着いて、ほらお菓子あげるから」
「要りませんよ!あおのちゃん、仁和さん、行きますよ」
「え?」
「へ?どこに?」
「この旅行に3人で参加しましょう」
「ええええ!?」
というわけで、3人で若松観光の異世界旅行に参加することになりました。
一月後。
若松観光の異世界旅行初日。
私たち3人はお休みを取り参加しました。
現場は石津さんや間地さんに任せています。
今日は一泊二日の異世界旅行です。
朝、指定された集合場所に3人で集まりました。
異世界行きの若松観光のバスが目印に停車していました。
「さすが若松観光のバスは立派ですねー」
「そうね、参加者はまだ私たち3人だけみたいね」
「いやーいい天気になったねー、絶好の旅行日和でお菓子が進むよ」
「仁和さんもうお菓子食べてるんですか?」
「おやつは300円までですよ?」
「残念、もう600円分ぐらい食べちゃったよ」
「……じゃあ明日はお菓子抜きですね」
「そんなぁ、ひどいわ京子ちゃん」
(この2人は、私が入る前からこんな感じでやってきたんだろうなぁ)
私は偵察に来た身ではありますが、内心旅行を楽しみにしていました。
異世界旅行なんてこれから流行るだろうとも思っていましたし、
そんな旅行の初日に参加できる事が嬉しくもありました。
しかし待てど暮らせど人は増えず、3人から参加者が増えることはありませんでした。
「先輩、仁和さん、なんか私たち以外に参加者来ないんですけど」
「本当ね、おかしいわね」
「京子ちゃん集合場所間違えた?」
「いえ、それにバスもちゃんとここに停車しています」
「じゃあ本当に参加者が3人だけ……?」
3人は顔を見合わせます。
「お待たせいたしました、異世界旅行でお越しの3名さまですね?」
突然、元気な女の子の声が聞こえました。
停車していたバスのドアがブシューっと開き、
ガイドの制服を着た女の子が2人降りてきました。
1人は釣り目のツインテールでいかにも気の強そうな女の子。
もう1人は垂れ目のロングヘアで弱気そうな女の子。
2人とも少し幼く、綺麗で可愛い子達でした。
「仁和様、園田様、綾部様の3名様でよろしいですね?」
「は、はい」
「私は今回ご案内させていただきます、若松鈴<わかまつすず>と申します、そしてこちらが妹の繭美<まゆみ>でございます」
「若松繭美です」
「どうぞ宜しくお願い致します」×2
眩しい。
お嬢様のような雰囲気。
お人形さんのような可愛らしさ。
どっちも可愛いんだけど2人揃うと後ろが光って見える。
そんなイメージ。
「はーい仁和です、よろしくねー」
(おっといけない、見とれてしまっていた)
「綾部です、よろしくお願いします」
「園田です、あの若松っていうとひょっとして?」
(ん?そういえば若松と名乗っていたね)
「そう、私たち2人は代表の娘よ、特別に案内してあげるから感謝しなさい!」
「えええ!?」
先輩はやっぱりって顔をしていました。
仁和さんは尋ねます。
「ねぇねぇ鈴ちゃん、参加者は3人だけなの?」
「鈴ちゃん!?いきなり慣れ慣れしい人ね」
「だってどっちも若松なんでしょ?」
「まぁそれもそうね、良いでしょう、3人だけよ」
(良いんだ、そしてやっぱり3人だけなんだ)
「異世界旅行なんてもっと騒ぎになると思ったんだけど意外ね」
「集まった3人の名前は調べさせてもらったわ、あなた達は異世界観光開発株式会社の人間ね?」
「え?バレてる?」
(人数が少なすぎて目立ってしまったのか)
「お客様には違いないのだから、私たち娘が直々に案内してあげるわよ、さ!乗りなさい」
「……あの姉さま」
「繭?何?」
「……1人もう乗ってます」
「はぁ~?」
気が付くと仁和さんはもう中でお菓子食べていました。
「ちょっと勝手に座らないでよ!」
姉の鈴ちゃんがバスに駆け込んでいきました。
私と先輩は残された妹ちゃんを見ていると、
「あ、あの、中へどうぞ……」
「行きましょっか先輩」
「そうね」
繭美ちゃんに連れられて、私たちもバスへ入っていきました。
中では仁和さんが怒られていました。
着席し、社内で定番の説明を受けた後いよいよ旅行は出発となるようです。
「それじゃあ当バスは異世界に向けて出発するわ」
「はーい」
「運転手は妹の繭美よ」
「はーい……えっ!?」
「大丈夫よ、繭美は運転上手だから」
そう言うと鈴ちゃんは前を見て、
「繭!出発よ!」
「……はい」
バスはブルンブルンと音をたてて出発しました。
「先輩!異世界ってどこから行くんですかね」
「窓の外見てたら分かるんじゃない?」
「じゃあ私、窓の外見てます!」
「鈴ちゃん可愛いねぇお菓子あげるよ」
「ちょっと子供扱いしないでよ!でもそのグミは貰ってあげるわ」
「仁和さん何ガイドさんナンパしてるんですか!会社もバレてるんだしちゃんとして下さい」
「えー良いじゃない、ほらツインテール可愛い」
「ちょっと触らないでよ!」
(うーん3人だけで静かな旅行になるかと思ったけど、にぎやかで楽しいなぁ)
しばらくすると、ツインテールを整えながら鈴ちゃんが立ち上がりました。
「はい、じゃあここからは企業秘密だからブラインドするわね」
「え?」
鈴ちゃんが壁のボタンを押すと、黒い幕が上から降りて運転席は見えなくなり、窓もカーテンで覆われました。
「えー企業秘密って?」
「異世界へのルートね、こればっかりは見せられないわね」
「そっかぁ世界を移動するところ見たかったんだけど」
「あおのちゃん、仕方ないわ」
私と先輩が諦めているよこで、仁和さんはカーテンをめくっていました。
「ちょっと!あなた何めくってるの見ないでってば!」
「へーこの移動方式かー」
「もうなんなのこの人!」
仁和さんがまた怒られている。
「仁和さん何小さい子いじめてるんですか」
「だって、可愛いでしょう?」
「はぁ~小さい子~?」
(確かに近くで見ると可愛いなぁ ツンテール触りたくなる)
「あなた綾部あおのとか言ったわね、私が妹の繭より1cm背が小さいことを分かって言ってるのかしら?」
「え、ううんとんでもない気に障ったなら謝るわ」
もふもふ
「まったく失礼な、って髪触らないでよ!謝る態度じゃないでしょ!」
(あぁ良いリアクションで可愛いなぁ)
「ごめんなさい、ほらお菓子あげるから」
「……そのチョコなら許すわ」
「はい、どうぞ」
「……にぎやかね」
がやがやとしていると、社内放送が聞こえてきました。
「……お姉ちゃん、その、到着」
「え、もう着いたの?」
鈴ちゃんはさっきのボタンをもう1度押す。
カーテンや幕が引き、窓やフロントガラスから光が差し込む。
「眩し」
窓の外にはいつもの草原が見えました。
説明されなくても分かる、ここは通いなれた異世界だと。
なんとなく3人は雰囲気で感じていました。
「到着したようね、ここが異世界よ、といっても3人とも来たことあるのよね」
「うん、いつも働いてるよ」
「毎日来てますね」
「……あの子達ちゃんとやってるかしら」
それぞれに思いを馳せながら、バスは走り続ける。
「ところでどこに向かっているの?」
「ふふん、それはね?」
鈴ちゃんは立ち上がる。
「若松観光が誇る究極のホテルよ!」
「究極のホテル!?」
「そう、あなた達の会社との差をはっきりと身をもって体感してもらうわ」
「はぁ」
「そして絶望して帰りなさい!」
(ガイドのセリフとは思えないな)
「鈴ちゃん立ってると危ないから座ろう、ほら膝においで」
「子供扱いすんな!」
手をペシっと払いのけられてしまった。
「あおのちゃん振られちゃったー、ほら、お菓子もう持ってないからよ」
「……くっ!次からはおやつは1,000円までにしましょう」
私と仁和さんは鈴ちゃんの取り合いをしていました。
先輩はなにやらパンフレットを見てまとめたり、バスを観察していました。
しばらく走ると、建物が見えてきました。
草原に似つかわしくない近未来なデザイン。
ガラス張りの一流デザイナーが手掛けたような、
そんなホテルでした。
「……草原に唐突にホテルがあるね」
「そう、あれこそが若松の持てる力を注いだ最高級ホテルよ」
「うわー綺麗ね」
「ふふん、でしょう?」
自身満々といった表情でふんぞり返っている鈴ちゃん。
(しかし周りに何もないなぁ)
「あ、今周りに何もないとか思ったでしょう?」
「え、あうん、何もないがある とか言わないよね?」
「そそそ、そんなこと言わないわよ」
(言いかけたな)
バスはホテルのロータリーに停車。
私たちはバスを降車しました。
ホテルの前に立ち見上げる。
まるでタワーマンションのような高さ。
エントランスは隅々までデザインされ、落ち着いた雰囲気。
「さぁ中へ入るわよ」
5人は連れ立って中へ向かう。
自動扉が開き、吹き抜けの大きなエントランス。
エレベーターもガラス張り。
従業員は普通の人間がスーツで働いていました。
「お荷物をお持ち致します」
「あ、ありがとうございます」
日本語も通じる。
部屋までの廊下には、自動で掃除するロボットが配置され。
長い廊下はプロジェクションマッピングされ、見るたびに景色が変わりまるで異世界。
部屋のほとんどは触らなくてもアプリで操作できる最新の設備でした。
部屋の窓からは異世界を遠くまで見渡せる景色。
最新の設備がそろう大浴場。
私たち3人は、若松の技術力に圧倒されるばかりでした。
「ふっふっふ、どうかしらこのホテル!」
鈴ちゃんがふんぞり返って聞いてきました。
「若松の技術力に驚いたかしら?あなた達じゃ建てられないでしょう?」
鈴ちゃんは勝ち誇った顔で笑っています。
「……」
「見なさい繭、3人とも声も出ないようね」
「はい、姉さま」
「……違う」
「え?」
3人は鈴ちゃんの方へ向きながら言いました。
「これは違う!」
「これは違うわね」
「すごいけどちょっと違うかなぁ」
3人からNOを突き付けられた鈴ちゃんは、びっくり。
「ちょっと、何が違うのよ!こんなに素敵なホテルなのよ!」
3人は口をそろえて言いました。
「異世界っぽくない!」