消描き
さて、勢いで入社宣言をしてしまった次の日。
私、綾部あおのの気分は最高でした。
今日から憧れの先輩と同じ職場で働くことができるのです。
さすがに玄関の扉は仁和さんに戻してもらいました。
ですが、代わりに押し入れの扉を異世界への扉にされてしまいました。
(中身はどこへいったのやら)
いつもの広い草原に到着。
私はプレハブのオフィスの扉を開けて、元気に挨拶をします。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよー」
2人とも既に出社していました。
窓際に座っているのは園田京子先輩。
彼女は昔から真面目で面倒見が良く、後輩から大人気でした。
きれいに整理整頓されたデスクで、手帳を開いていました。
仁和さんはソファーでお菓子を食べていました。
「京子先輩早いですね」
「あおのちゃんも早いわね」
「ねぇねぇ、私もあおのちゃんって呼んでいい?」
「いいですよ」
「やったーお菓子あげる」
そういうとソファーの近くの大量のお菓子の中から、一つをくれました。
「ありがとうございます。しかしすごい量ですね、仁和さんお菓子好きなんですね」
「うん、お菓子って時代を感じるじゃない?」
「時代ですか?」
(なんだその理由)
「京子先輩!積もる話をしましょうよ」
「そうね、でももうすぐ始業だから休憩中にね」
「はぁい」
(こういう真面目な所は全く変わってないなぁ)
昨日もまだ作業中とのことで、積もる話を断られたのでした。
しかしこれに関しては私も予想通りで、
昔から生真面目できっちりした性格の先輩だったので、
悪気が無いのは知っていました。
「じゃあ仕事をやっちゃいましょう、仁和さん今日は何をするんですか?」
「今日は私は村作りに行くから、あおのちゃんは京子ちゃんとボスのエリアを考えておいて」
「ボスのエリアですか?」
「うん、ボスの石津さんはどんなところに住んでいるのかな?」
(ボスモンスターの住処か)
「うーん、ゴーレムだし洞窟とかですか?」
(まぁたしかにずっと草原も飽きるよね)
「それそれ!京子ちゃんと考えてみてよ」
「分かりました」
そういうと仁和さんは、社長にのって村の予定地へ出かけていきました。
(そういえば異世界で仁和さん以外と行動するの初めてだなぁ)
仁和さんが出かけていきました。
京子先輩は手帳を置き、ゆっくりこちらを向きました。
「聞いているわよあおのちゃん、村とボスを作ったんでしょう?」
「作ったというか、考えただけですけど」
「重要なことよ、あとは仁和さんが形にしてくれるわ」
「そうなんですね」
(なんだか部活してたころを思い出してきた)
先輩は自分のデスクから立ち上がり、ソファーにゆっくりと腰を下ろしてメモを取り出しました。
私もソファーに座ります。
「で、今日は洞窟を作るわけね、どんな風にしたいの?」
「ダンジョンにしたいです!」
「ふふ、いいわね、どんなダンジョンにしましょうか?」
(なんだか昔、先輩とこんな話を良くしていた気がする)
「やっぱり罠ですよ、あと謎解き要素も欲しいです」
「ゲームみたいになってきたわね」
「訪れる人、勇者だったり冒険者も楽しい方がいいじゃないですか」
「確かにそうね」
「薄暗い洞窟を敵を倒しながら進んで、罠を突破してボス部屋に着くんですよ」
「ふむふむなるほどね」
先輩はメモをとっている。
仁和さんもメモを取っていたことを思い出し、自分もメモを持ってくるんだったと後悔した。
「謎解き要素は?」
「そうですね、例えば中ボスを倒したらボスへの扉を開くアイテムが手に入るとか」
「うんうん」
「ど、どうでしょう?」
(ちょっと盛り上がって色々と語ってしまった)
先輩はメモをやめて考えこんでいる。
「あのー?」
「うん、やっぱりあおのちゃんはすごいわ」
「へ?」
考え込んでいた先輩は、顔を上げてこちらを見た。
「こういう発想ができる人を探していたのよ、私だとどうしても現実味の無い話はできなくて」
「それはまぁなんとなく分かります」
「いい感じにできそうだわ、じゃあ色々と考えていきましょう」
「はい」
先輩はまとめる用のノートを出して、メモの内容をまとめていきました。
そこからしばらく2人で内部の図面を考え、ボス部屋や罠の部屋や迷路を考えてノートに描いていきました。
「こんなところですかね」
「いったん休憩にしましょうか」
「はい」
事務所で昼食をとりつつ昔話に花を咲かせていました。
(こうしていると、昔先輩と色々お話を作ったのを思い出すなぁ)
「演劇部の頃を思い出すわね」
「私たちは脚本担当で、いろんなお話を作りましたね」
「ふふ、思い出すわね」
「ダンジョンや異世界は出てきませんでしたけどね」
「そうね」
ふふふっと笑いあい、休憩時間はあっという間に過ぎていきました。
「さてあおのちゃん、ここからは重要な話よ」
「はい」
(なんだろう、費用の話かな?お金いっぱいかかりそうだし)
「あおのちゃん、こういう規模の不特定多数が出入りするような建物に重要な事って何だと思う?」
「うーん、万人が楽しめるエンターテイメント性ですか?」
「違うわ、重要なのは……」
先輩は真面目な顔をして言い放ちました。
「消防法よ」
「へ?消防法?」
「そう、どんなに楽しく、おもしろい施設でも消防法が通らなければ営業できないわ」
「ええ?」
(うーん、この流れは……)
「あおのちゃん、異世界は法治されてるのよ!」
「あ、先輩もそれ言うんですね」
(今日もそのセリフ聞いてしまった)
「まずはこのダンジョンだけれど」
「はい」
先輩は2人でかいた図面にいろいろと描きたし始めた。
「非常口が必要よ」
「……非常口ですか」
「そう、いざというときの避難経路を確保しないと、従業員も石津さんも、訪れた冒険者や勇者も危ないわ」
「そ、そうですね」
そういうと先輩は、図面の壁を一部消して扉を描きました。
「薄暗いなら非常口誘導灯もいるわね、ちょっと景観は崩れるけどもね」
(うーん非常口マークが光ってるダンジョンかぁ)
「さらに消火器の設置も必要ね、いくつか設置して場所も明記しておかないと」
そういうと、先輩は図面の様々なところに消火器を描き足していった。
(あ、ボス部屋にも消火器が描き足された)
「念のため石津さんには、防火管理者になってもらった方が良いかもしれないわね」
「えっとそれって資格なんですか?」
「そうね、初期消火したり通報したり避難誘導したりする人よ」
一瞬、石津さんが勇者を非常口に誘導する絵が浮かんだ。
「じゃあボスであるところの石津さんが、火災や災害時に勇者や冒険者を誘導して逃がすんですか?」
「そうなるわね」
(どんなボスだ!)
「石津さん手から水出してたでしょ?あれで火災時の初期消火もするのよ」
(……あぁなるほど)
「営業は20時までで、夜はシャッターも閉めたほうが良いわね」
「え、入り口シャッターあるんですかこのダンジョン」
「24時間開けていられないからね」
「……19時50分にお帰り下さいのテーマがダンジョン内に流れそうですね」
「あらそれも要るわね、営業時間もHPに明記しときましょう」
「HPまであるんですか!」
「まぁいまどきそれぐらいは無いとね」
「え、これって異世界の話ですよね?」
「そうよ」
(このダンジョンは大丈夫なの?)
「他にも従業員雇わなきゃね」
「そ、そうですね」
先輩は真面目に考えていました。
先輩は昔からそういう人です。
「ダンジョンって営業許可要るんですね」
「無許可のダンジョンは危ないからね、勇者も冒険者も来ないわよ?」
「……来ないのは困りますね」
「でしょう?ちゃんとしないと勇者や冒険者の変わりに警察が来るわよ」
(……どんな異世界なのよ)
「だいたい分かったわ、後は弁護士ともうちょっと詰めて形にしてあげるわね」
「あ、ありがとうございます」
(もう先輩に任せちゃおう)
「そうだ、あおのちゃん村予定地はもう見たの?」
「いえ、まだ見てませんけれど」
(昨日今日だしまだ何も無いだろうし)
「まだ何も無いだろうしとか思ったでしょ?」
「思っちゃいました」
「じゃあ見てくるといいわ、社長2号に乗っていきなさい」
「え、社長もう1台あるんですか?」
「ええ、外にあるわよ」
外に出てみると、もうバスがスタンバイしていました。
電子的な男性の声が聞こえます。
「さ、綾部君乗って下さい」
「は、はい」
乗り込むや否やバスは発進。
草原をすべるように走り、プレハブはどんどん小さくなります。
しばらくすると小さな家のようなものが3つほど見えました。
だんだん近づくにつれ、工事の業者さんのような人達と仁和さんがいることに気が付きました。
バスは工事中の家の前に停車しました。
「到着ですよ綾部君」
「あ、ありがとうございます」
バスから降りた私の目の前には、村がほぼ出来ていました。
小さな農村風で、始まりの村にはぴったりな雰囲気。
家が一軒の他、道具屋さんと宿屋が建っていました。
「えぇ!?もうほとんど出来てる」
声を聴いた仁和さんが駆け付けました。
「あらあおのちゃん見に来たの?」
「仁和さん!これどうなってるんですか?いくら小さな村でも1日でほぼ出来ているなんて」
「ふふん、この世界には魔法があるんだよー当日すぐに業者に予約しといたんだ」
「す、すごい!」
「魔法があれば建物みたいなハード面はすぐにできるんだよー、お金さえかければね」
(やっぱりこの会社お金持ちなのね)
(そして2人とも仕事が早い)
「私はどうしても時間のかかる、各種の許可や申請しないとだから、あおのちゃんにお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
そういうと仁和さんは、私の手をとって可愛くお願いしてきた。
「求人票を書いて、ここで働く異世界人を雇って欲しいの」
「え?ええええぇ?」
(異世界人を……雇う?)
「面接して、この村に会う人を雇ってね」
「ええええええ!?」
いきなりすごい仕事を与えられてしまいました。
私に異世界人なんて雇えるのでしょうか?
ちゃんと面接できるんでしょうか?




