ボスと魔法
さて、本日は別の企業説明会に参加予定です。
以前に参加した時は、あの怪しげな会社に捕まったおかげで他の企業のお話を聞けませんでした。
旅行関係の会社に入りたいのは、子供のころからの夢である。
当然色々な会社から話を聞いて、自分に合っている所を選びたい。
綾部あおのは本気なのです。
この日、朝の目覚めは特に良かったのでした。
昨日異世界で新鮮な空気をたくさん吸った為なのか、
疲れていつもより早く寝たおかげなのか、
強引にアルバイトで異世界に連れていかれたけれど
あちらの世界の空気は、人を元気にさせる効果があるのかも知れない。
なんて事を考えながら、玄関の扉を開ける。
ガチャ
目の前は、昨日見た草原が相変わらず広がっていました。
そして傍らにはニコニコ顔のあの人が立っていました。
「直ってない!!!」
「おはよう綾部さん!遅かったわね」
「仁和さん!おはようございます!家の扉直ってませんけど!?」
「えへ、実は直し方忘れちゃったかも」
私はスマホをポケットから取り出す。
「ここ電波あるんでしたよね」
「あーまってまってー警察やめて!ごめんごめんってばー、今日の夜には直るから!」
「困りますよ!出かけられないじゃないですか」
「用事があったの?」
「企業説明会があるんですよ」
「だめよ!綾部さんはウチの会社に入るんだから」
「ちょっと勝手に決めないでくださいよ」
「まぁまぁ、どうせ夜まで扉は直らないんだしさ、バイトしていこうよ!お給料弾むよ~」
「バイト代ねぇ」
「時給これぐらいでどうかな~?」
普通に良い金額を提示されてしまった。
「こ、今回だけですよ」
「やったー!」
(年上だけど、両手上げて喜んでいるの可愛いなぁ)
まぁ今日の説明会は微妙な企業ばっかりだった、とか
人にお願いされると断れない、とか
乗りかかった船だから、とか
やる理由を心の中で探している。
お金以外の正当性というか、そういったものを時給の金額の上に塗り固めた。
まぁ乗りかかった船というよりは、
陸地に半分突き刺さった船に偶然足を置いてしまい、
急発進してしまったような感じだけれど。
「で、今日は何をするんですか?」
「最初の村は大体分かったから、次は目的地を作ろうと思うの」
「目的地ですか?」
(まぁ確かに、この前は特に目的地もなくバスに乗ってたね)
「普通のツアーとかだと、名所を見に行くとかですよね」
「そうねぇ、ただここ何も無いんだけどね」
「どんな感じに進行するのが良いかな?」
「うーんそうですねー」
(ゲームだと、ダンジョンかな?)
「村に分かりやすく困ってる人がいて、ボスを倒してほしいとかですか?」
「なるほどねーボスキャラかぁ」
「やっぱり強敵がいないと盛り上がらないじゃないですか?」
「そうねぇボスっぽい人といえば石津さんかな」
「今いる人の中じゃ最適じゃないですか」
「まぁ見た目はそうなんだけど、石津さんあれで気の弱い女性なんだよ」
(石津さん女性だったのか)
「……でも服着ていないと恥ずかしいんでしたっけ?」
Tシャツきたゴーレムがボスはちょっと……ねぇ?
「綾部さん、もう石津さんに脱げとか言っちゃだめよ?」
「わ、分かりましたよう」
「昨今はハラスメントに厳しいからね、石津さんじゃなきゃ異世界ハラスメントで訴えられるところだったよ?」
「そんなのあるんですか?」
「うん、異世界の人だし服着てなくても大丈夫と決めつけてたでしょ?」
「……確かに」
(反省しよう)
「イセハラだよイセハラ」
仁和さんは相変わらず笑っている。
どこまで本気か分からない。
「ま、まぁとりあえず最初のボスキャラはゴーレムの石津さんということで」
「分かったわ、呼んでくるわね」
思い付きとはいえ、石津さんがボスキャラなのは自分でもいい考えだと思っていました。
ゴーレムとかいかにも序盤のボスらしい。
(いや、ダメダメ私)
(この考え方自体がイセハラじゃないのか?)
(”石津さんって序盤のボスっぽいよね”、なんて言ったら今度こそイセハラで訴えられるかもしれない)
(さっき反省したばっかりじゃない、気を付けよう)
そんなことを考えているうちに、仁和さんは帰ってきました。
「ただいまー石津さんつれてきたよ」
ニコニコの仁和さんは石津さんの手?を握っている。
今日もTシャツを着ていました。
ちょっと顔のパーツあたりをくしゃっとさせ、石津さんが問いかける。
「えっと、私はなにしましょうか?」
「おめでとう石津さん、ボス役に任命されたよ」
「えぇ!私がですか?どうしてですか?」
「綾部さんがいかにも序盤のボスっぽいって」
(ちょっと仁和さーん!?)
「いやあの、良い意味でね?親しみやすいというか、とっつきやすいというか」
「わぁ、嬉しいです!頑張ります」
「え、あ、はぁ良いんだ」
(イセハラのラインが分からないわ)
「ボスっぽいって強そうってことですよね?ゴーレムは皆喜びますよ」
「そ、そうなんだ、覚えておきます」
「これでボスは決まりだね、綾部さん」
「そうですね、あとはボスが住んでるダンジョンとか欲しいですよね」
「ダンジョンかぁ、それは村作ってからかな」
(村もダンジョンも作っちゃうとか、この企業そんなにお金に余裕あるのかな)
(……バイト代も高かったし)
「ところで仁和さん、この世界は魔法とかは無いんですか?」
「あるよ」
「あるんですか!見たい見たい!使える人いないんですかー?」
「魔法なら間地さんが得意なんだけど、今日はお休みね」
「えー残念、石津さんは使えないんですか?」
「使えますよー」
「見てみたいです!」
「ふふ、綾部さんグイグイ来るわね」
(だって魔法ですよ魔法、ファンタジーっぽいじゃないですか)
「じゃあ良く見ててくださいね」
そういうと石津さんは手を前に出して、じっとしている。
(わくわく、きっと手から魔法が飛び出すんだわ)
「ほら、綾部さん出てますよ」
「え、何か出ました?」
「もっと近くで見てください」
なにか飛び出すかと思って離れていたので、近づいてみる。
手の部分をよく見て見ると、チロチロと水が出ていました。
「……えっと、汗かきなのね?」
「すみません、これ水の魔法です」
「えぇ!?」
(このチロチロと水が出てるのが魔法?)
「……もっとこう派手にバーっと出ないんですか?ボスなんだし」
「すみませんMP5以上使う第2種魔法は、免許と許可証が必要なんですよ」
「えぇまた許可がいるんですか?」
「綾部さん……」
仁和さんはガバっと振り返りながら決め台詞のように言い放った。
「異世界は法治されてるんだよ!」
「なんだかそれ毎回聞いている気がしますね」
(たぶんあのセリフ気に入ってるんだろうなぁ)
「さすがに派手さに欠けるので許可とりましょうよ、派手な魔法使いましょうよ」
(Tシャツ着たゴーレムが手からチロチロ水出してもねぇ)
「じゃあ石津さんには魔法の免許取ってきてもらっちゃお」
「えぇ、魔免取得するんですかぁ」
「おねがい!お給料弾むから!」
石津さんが仁和さんに可愛くおねだりされている。
石津さんの顔パーツがクシャっとなっているので多分困っているのだと、
そう思いました。
「仕方ないですね、普通でいいんですか?」
「ありがとう!普通で大丈夫だよー」
(種類あるんだ)
「それでもう一つの許可証というのは?」
「あーそれはね、具体的に何の魔法を使うのか、何時使うのかをプレートにして首から下げておかないとダメなんだよ」
「……ということは、”何月何日に手から水がたくさんでる魔法を使います”というプレートを首から下げて置くんですか?」
「そうなるねー」
「いや、ボスの行動バレバレじゃないですか!Tシャツ着たゴーレムが具体的な魔法の攻撃方法が書かれたプレートを首から下げてるんですよ!?」
「MP5以上の魔法は人体を損傷しかねないからね、気を付けないと」
「えぇぇぇ」
「いやー昨今は色々とうるさいからね、ウチの会社もコンプライアンス(遵法精神)はバッチリよ」
(しまった、完全に法治されているわ)
「ホワイトな企業でしょう?入社したくなったでしょ?」
「ソウデスネ、まぁ石津さんのプレートと服装は今後考えましょう」
「入社も考えといてねー!」
「はいはい」
とりあえずツアーの目的も考えたし、私はプレート下げたTシャツゴーレムを想像して疲れました。
「ところで、村はもう着手しているんですか?」
「うん、もう動き出しているよ、もう一人社員がいるからね」
「へぇーまだ会ったことない人ですよね」
「飛び切り優秀な子だよ、そうだ今から挨拶にいこっか」
「え、いやいいですよ私バイトだし」
「まぁまぁそう言わずに、事務所も案内するよー」
「えええぇ」
思いついたらすぐに動いてしまう仁和さんは、もうバス(社長)を呼びつけていました。
「ほら乗って乗って、石津さんは魔免の教本読んで勉強しといてねー」
「分かりましたー」
そのままバスに乗せられました。
仁和さんと談笑しているうちに、バスはどんどん進み、
やがて草原が開けたところに、プレハブが建っていました。
(工事現場仮設事務所みたいだなぁ)
「事務所に到着したよ、さぁ降りて」
「はい」
仁和さんと一緒にバスを降り、事務所の扉を開く。
「ただいま!」
「お、お邪魔します」
そこには……
窓際でパソコン作業をしている女性が1人。
きちっと切りそろえられた髪は肩ぐらいの長さで黒色。
眼鏡が似合うクールな印象の女性でした。
きれいに整理整頓されたデスクが性格を表しています。
(たぶんあっちの散らかってるデスクが仁和さんの机だな)
「おかえりなさい仁和さん、あら?あなた……」
「へ?」
そういうと椅子から立ち上がり、こっちに近づいてくる。
(うわぁ綺麗なお顔、眼鏡から除くクールな瞳がなんだか見覚えがあるような)
その女性はこちらを見て、微笑みながら言いました。
「あおのちゃんじゃない」
「え?あ!もしかして京子先輩!」
「久しぶりね」
ニコニコ顔の仁和さんが、2人の顔を交互に見て言いました。
「あら、2人はお知り合いなの?」
「高校の先輩なんですよ」
(まさかこんなところで京子先輩に会えるなんて)
私はこの瞬間に一つ決めたことがありました。
「仁和さん、私、綾部あおのは入社を希望します!」
「えぇ!?」
さすがの仁和さんもびっくりしていました。