世界は法治されている!
さて、とある企業説明会から異世界に飛ばされ、不思議な体験をしたあの日。
怪しげな観光会社の美人ガイドさんに入社を促され、
"すみません他の会社も受けていますので"
と定番の断りを入れ、普段の生活に戻っていたある日のこと。
朝、私のスマホに知らない番号から電話が掛かってきました。
(なんだろうこの番号、知らない上に妙に長い番号だなぁ)
本日は特に予定もなく、普段なら絶対に知らない電話番号には出ないのですが、
特に予定もなかったのでつい出てしまいました。
「はい、もしもし」
「あ、綾部さん?わたしわたし」
(この声は仁和さんだな)
(私の知り合いにこんな飛びぬけて明るい声の人はいないはず)
たぶん推理は合ってるだろうけど、名乗らない電話の主に普通に対応するのも癪に感じた。
「すみません、振り込むほどお金は無いので切りますね?」
「ちょっとまってーわたしわたし詐欺じゃないから!私仁和です!まってまってー」
「声で分かりましたよ、何か御用ですか?」
暇だったので遊んでしまった。
「いや、そろそろ決めてくれたかなと思ってね?どうかな?」
(就職の事かな?)
「すみません、まだ決めては無いんですけど」
「そっかぁ、ところで今日暇?」
「まぁ予定は無いですけど」
「アルバイト代出すからさ、ちょっと手伝って欲しい事があるんだよねー」
「はぁ、アルバイトですか?」
私はこの提案を受けようと思った。
というのも私は以前間地さんの耳を引っ張ったり、石津さんに服を脱げと言ったり、
仁和さん達も真面目に異世界を作ろうとしているのに、外から意見を言っちゃったことを気にしていました。
物の弾みとはいえね。
「世界が違う系ですか?」
「世界が違う系だよ」
「どうして私にそこまで?」
「誰でもできる仕事じゃないからね、この前の指摘もすごかったよー、才能あるよー」
「え、そうですかね」
「うん、あるある、異世界の才能あるよ!ね、お願い」
(なんだ異世界の才能って)
(まぁこの間のこともあるし、会えるなら謝っときたいかな)
「分かりました、行きますよ」
「ありがとう、すぐに迎えに行くね」
「はい、分かりました」
(そういえば住所伝えてたかな?)
「今異世界だから40分ぐらいかかるかな」
「え、異世界から電話かけてるんですか?」
「そうだよー」
「じゃあこの妙に長い電話番号は異世界の番号なんですか?」
「そうそう、番号の前半は世界外局番だけどね」
(なるほど、市外局番みたいなものね)
「それじゃあ後でね」
電話が終わった後、世界を跨ぐ通話料金って高いんだろうかと考えながら、
一応人前に出るわけなので、それなりの準備を済ませ待機していました。
なぜ電話番号を知っていたのか
なぜ家を知っているのか
というのは何のことはなく
説明会の時に履歴書を提出してしまっていたからでした。
一応は観光業の会社なのだ、横のつながりはあるだろうし
仲良くしておいて損は無いだろうとの判断からでした。
程なくして、電話からぴったり40分後に自宅のチャイムが鳴りました。
「はーい」
ガチャっといつも通り扉を開けると……
あの日見た草原が広がっていました。
相変わらず気持ちのいいお天気に、そよそよと風が流れている静かな景色。
傍らには、ニコニコしている仁和さん。
「……あの、仁和さんこれは?」
「えへ、扉繋げちゃった」
「えええ、ちょっとこれ直るんですよね?」
「大丈夫大丈夫、いやー職場徒歩0分とかウラヤマシー!」
ちょっと不安になりました。
「それで、今日は何をしたら良いんですか?」
「この間色々と教えてくれたでしょう?もっと相談に乗ってほしいの」
「は、はぁ」
「もっと異世界はこうあるべき!みたいなものを聞かせてほしいの、皆が行きたくなるような、旅行してみたくなるような世界を教えてほしいの」
「旅行したくなるような世界……ですか」
(なるほどね、この会社がやりたいことが少し見えてきた気がする)
「ねね、何が足りないかな?」
「そうですね」
と言っても、足りない物だらけだと思いました。
人も少ないし、ファンタジー要素も少ないし。
本当に異世界なのかと疑っちゃうレベルだと思いました。
(そもそもバスが異世界っぽく無いかな?)
(しかしそれよりもまずは……)
「とにかくボリューム不足じゃないですか?」
「ふむふむボリュームね」
仁和さんはメモを取っている。
聞いてメモを取っている分には普通のお仕事に見える。
「ツアーの目的地も分からないし、最初に小さな村とかあると良くないですか?」
「なるほど村かぁ」
(ゲームでもよくあるしね)
「ファンタジー物なら良くあるじゃないですか」
「いいねいいね、村には何があるのかな?」
「冒険者が泊まれる宿屋があってー」
「ふむふむ、となるとホテル営業の許可とらないと……」
「物を売り買いできる道具屋さんは要りますよね」
「ふむふむ、古物営業許可証がいるなぁ、管理者を立てて管轄の警察に許可もらわないとね」
「……」
「……どうしたの?他には?」
「そ、そうですね、情報を得るための酒場とか」
「ふむふむ、となると飲食店の営業許可証もいるわね、図面出して保健所にも行かないとね」
「……」
「……?」
「あの仁和さん、異世界の話ですよね?」
「そうだよ?異世界の話だよ」
(なんだかファンタジーとかけ離れたセリフが聞こえた気がしたんだけど)
仁和さんはメモを必死にまとめている、ふざけている感じではありませんでした。
「ところで綾部さん」
「はい」
「酒場は何時まで営業かしらね」
「酒場だし夜まで営業してるのでは?」
「ふむふむ、そうなると深夜酒類提供飲食店営業開始届もいるわね」
さすがにもう無視できませんでした。
「ちょ、ちょっとまって下さい!」
「どうしたの?」
「異世界ってお店出すのに許可がいるんですか?」
「ふふふ綾部さんったら」
(なあんだ、冗談かぁ)
「当たり前じゃない」
「やっぱり!」
「綾部さん異世界は法治されてるんだよ?」
(なんか前も聞いた気がする)
「元の世界だって、いろいろと許可がいるでしょう?」
「まぁそれはそうですけど」
(ファンタジー感無いなぁ)
「ま、そんなに難しくないから大丈夫だよ、ちょっと道具商のプレートとかを見える位置に掲示しないといけない程度かな」
「そ、そうですよね」
「あと冒険者が物を売るときは身分証が必要だったり……」
(大丈夫かな、この異世界)
「村に何人かスタッフが必要だね」
「そうですね、異世界っぽい人がいいですね」
「ふむふむ、求人かけないとね、忙しくなるよ」
「は、はい」
(でもなんだか仁和さんは楽しそう)
仁和さんは色々な所に電話をかけ始めました。
動き出しの早い、きっと仕事ができる人なんだろう。
あくまでも真面目に異世界を作ろうとしている仁和さんを
私は手伝ってあげてもいいかなと思っていました。
(たまたま暇だっただけだからね?)
「綾部さん、道具屋さんには何が売ってるの?」
「そうですね、無難なところで回復薬のポーションとかじゃないですか?」
「ポーション……ちょっとまって」
仁和さんは真剣な顔をして渡しにゆっくりと尋ねました。
「綾部さん、それって薬?」
「え、そうですね」
(考えたことなかったけど、薬といえば薬かな)
「薬を販売するとなると、管轄の販売許可と薬剤師か医薬品登録販売者の資格がいるね」
「え、ポーション売るのってそんな大変なんですか?」
「薬は命に関わるからね、法律で厳しく決められているよ」
「そうなんですね」
「ちなみに他には何を売るの?」
「ど、毒消しとか……?」
「……毒消しは薬局じゃないと無理じゃないかな」
「え、毒消しはだめですか?」
「だって毒消しって医療用医薬品じゃない?」
「知りませんよ!」
異世界は法律やルールでガチガチらしい。
ファンタジーを作ろうというのになんと現実的なことか。
「これは一旦法律に詳しい人を雇うか、弁護士さんと話したほうがいいね」
「そのセリフ、異世界の話とは思えませんね」
法律がある以上、その専門家も異世界にいるようです。
「ありがとう、参考になったよー」
「は、はいお役に立てて何よりです」
(……しかし異世界に警察署や保健所なんてあるんだろうか)
「警察署ってあるんですか?って顔してるね」
「どんな顔ですか、いやまぁそうなんですけど」
「警察も消防も病院も銀行もなんでもあるよ」
「そうなんですか」
(そんな風には見えないけど)
「ここは異世界でも田舎の山中だから分からないけど、都会はすごいよ」
「へぇ、見てみたいです」
「まぁ元世界の都会とほとんど一緒だけどね、歩いてる種族が違うくらいだよ」
「なるほど、だから異世界っぽいものが欲しいんですね」
「このままツアーしてもそんなに見るところ無いからね」
(だからって作るのはどうなんだろうね)
「こんど都会用事があるときに連れてってあげるよ」
「わあい」
「フフフ約束ね」
仁和さんとの会話の中で、異世界の都会がきになった私。
後日、あの約束のせいでまた異世界に呼ばれることになるとは
その時気が付きませんでした。
この後仁和さんは、書類を集めて各所に提出したり営業許可を取りに行ったりで
大忙しとのことでした。
はたしてこの法治された異世界を、理想的な世界にできるのでしょうか?
そして無事異世界ツアーは完成するのでしょうか?