大人の事情
さて、突然若松から2人が出向になり、従業員が増えた異世界観光。
本日は概ね施設が完成したので、みんなで見て回ることになっています。
朝から事務所の前にはそれに参加する従業員が集まっていました。
いつも通り出勤した私は、事務所前の人数に驚いていました。
それもそのはず、事務所にはいつも5人もいないのに今日は30人近く集まっていたからです。
(参加する人こんなにいたのね、うちの会社の人間以外もたくさんいるなぁ)
事務所に入ると、中で拡声器を用意している先輩を発見。
「先輩、おはようございます」
「おはようあおのちゃん、外凄くない?」
「凄いです、やばいです」
雑な感想を言い合う。
ふと自分の机に違和感を感じた。
何がおかしいのか、ハッキリと分からなかったけれど何かがいつもと違う。
(……何か違和感が、まぁいいか)
気にせず予定通り作業を進めることにした。
本日はようやく中を見て回れるので、結構楽しみにしていました。
先輩と一緒に今日の段取りを確認していると、珍しく仁和さんが私の後から出社しました。
「おっはよう! 2人連れてきたよ!」
「おはようございます」
「おはようございます、2人というと?」
「それはもちろん……」
仁和さんがそういうと、彼女の後ろから2人ひょこっと顔を出した。
元気なツインテールとおとなしそうなロングヘアーです。
「おはよう!今日からしばらくお世話になるわ!」
「あの…おはようございます」
若松鈴ちゃんと若松繭美ちゃんでした。
「あぁ!2人とも今日からだっけ?」
「そうよ!泣いて喜びなさい、綾部あおの」
「なんでいつもフルネームなのよ」
(これは賑やかになるね)
先輩も挨拶を交わし、2人はロッカーへ荷物を置きに行きました。
「しかし、本当に2人預かることになっちゃいましたね」
「鶴乃さんも色々と考えるところがあるみたいよ」
「というと?」
「2人とも小さいころからずっと会社に関わってきたから、周りには大人しかいなかったみたいよ」
「へー」
「年が近い同性の人たちとも関わってほしいとか、友達を作ってほしいとからしいけれど」
「けれど?」
「真意は分からないわね」
「なるほどーですね」
話しているうちに荷物を置いた2人は私の机の横に来ていました。
「ふうん、私たちの席は綾部あおのの隣なのね」
「え、そうなの?」
「あなたの隣に席が2つあいてるでしょう?」
「確かに!」
(感じてたのはこれか、どうりで見覚えのない席があるなと思ってたんだ)
「しかし人が増えるとここは狭いね、事務所移動しましょうよ」
「そうねぇ、社長に聞いてみようかしらね」
一息ついたところで鈴ちゃんは立ち上がり、腰に手を当てて喋りだした。
「さぁ!みんな準備して外に行きましょう!30人ぐらい待ってるわよ」
「いきなりめっちゃ仕切るね鈴ちゃん、今日何するか知ってるの?」
「もちろんよ、綾部あおのも立ちなさい!いくわよ」
「はーい」
(たぶん若松でもこんな感じだったんだろうなぁ、代表の娘だし)
自信満々に先頭を歩いていく鈴ちゃんと繭ちゃん。
「……先輩、このまま若松にうちの会社乗っ取られたりしないですよね?」
「案外それが狙いなのかもね」
(ありえるかも……)
出社時はしっかり見なかったけれど、改めて見て見ると見たことある人が大概でした。
30人の半分はゴレ建のみなさんでした。
(あっ石津さんが混じって談笑してる)
ざわついている中、拡声器持った仁和さんが前へ出て話し始めた。
「みなさーん!お待たせいたしました!本日は若松観光&異世界観光によるお城を公開いたします!」
「おおー」
ざわざわ
「お集りの皆様は関係者ばかりです、まぁみんなで完成を見て見ましょうという企画になっております」
「スタッフ等もすでに配置しておりますので、飲食やお買い物も自由にしていただいて忌憚のない意見をください!」
すこしざわつきが大きくなった。
「それではバスを5台用意しておりますので、お好きなのにご乗車ください」
ぞろぞろと人々はバスに乗り込む。
仁和さんも拡声器を下ろして私たちの所へ合流した。
「リハーサルみたいなものですか?」
「そんなところよ」
(スタッフも配置されてるのかぁ、それは聞いてなかった)
「じゃあバスに乗りましょう」
「まってあおのちゃん」
バスに乗ろうとした時、仁和さんに静止されました。
「どうしたんですか?」
「なんのために社長を5台も用意したと持ってるの?みんな別のバスに乗るのよ」
「えぇ!?」
「リハって言ったでしょう?しっかりガイドしてきてね」
「ええぇー聞いてないですよ!」
「忘れてたわ!まぁ大丈夫でしょ、ハイいってらっしゃい」
「ひぃー」
(しまったなぁ、こんなことなら先輩の設定読んどくんだった)
「ちょっと待って!」
鈴ちゃんが驚いている。
「私たちも聞いてないわよ!いきなりすぎじゃない?社長5台用意したって何よ!」
「鈴ちゃん、仁和さんのやることをいちいち気にしてるとこの先大変だよ」
「はぁー?」
「まぁ気持ちは分かるよ、いまだに私もあの社長だかバスだかも良く分かってないし」
「え、いいのそれで?社長増えてるけど」
「まぁ多少数の融通きくんでしょ?知らないけど」
「何なのよこの会社」
混乱している鈴ちゃんには悪いけど、今私は自分の事で精一杯だった。
「ほらいったいった、私もやるんだから」
「ぐぬぬ、後で説明してもらうわよ綾部あおの!」
「なんで私な上にフルネームなのよ」
こうして全員違うバスのガイドをやらされることになりました。
仁和さんに軽く説明を受け、それぞれのバスに乗り込む。
そして1台ずつ出発していきます。
私も乗り込んだバスで挨拶し、ガイドを開始します。
「みなさんよろしくお願いします!異世界観光の綾部です」
「よろしくお願いします」
「よろしくでーす」
(ほっ、何人か挨拶してくれた)
「ガイドを期待されているかもしれませんが、私もさっき聞いたので思い付きで喋っています、今日は一緒にみなさんと見ていけたらな思います!知ってることは答えますのでお気軽に聞いてください」
「ハハ、正直なガイドさんだねぇ」
(ううなんとなったかなぁ、他の皆は上手くやってるだろうか)
「みなさん異世界は初めてですか?」
「いえ、私たちは若松のホテル関係のスタッフなのでもう何回か来てるんですよ」
「へぇーそうなんですね」
「ガイドさん、お土産とかあるのかな?」
「現地で買えますよ」
「それは良かった」
結構観光気分出来てる人もいるんだと、すこし安心しました。
当たり障りのない会話に慣れてきたころ、お城と城下町の城壁が見えてきました。
「そうだガイドさん、お城の名前は?」
「名前ですか……知りたいですか?」
「え、うんそりゃぁ あるんだったら聞いてみたいけど」
「……ワカマツ城です」
「若松城!?」
(まぁそりゃそんなリアクションになるよね)
「あの洋風のお城だよね?」
「……それだけ若松さんがここにお金出してるということです」
「なるほど」
(これ恥ずかしいから名前変えてくれないかな)
「いろいろあるんですね」
「うぅ、せめてカタカナで表記してくださいね」
城壁の門をくぐり、バスはお城の前に到着しました。
しかしバスに乗っていた人たちのほとんどが、お城の前で見たものに驚きました。
そこには設計段階には無かった小さなメリーゴーランドが唐突に建っていたからです。
「……メリーゴーランド?」
「あれ?ガイドさんも知らないの?」
「うーん設計段階ではこんなものありませんでしたよ」
ごく普通のメリーゴーランド。
遊園地でよく見るやつです。
中世のような街並みに唐突にポツンと一つだけ。
ほかに観覧車等のアトラクションのような物は見当たりません。
(そういやメリーゴーランドも左回りだなぁ)
困惑していると次々とバスは到着し、降りてきた関係者は皆首をかしげていました。
どう説明したものかと考えていると、ガイドを終えた先輩がやってきました。
「あおのちゃん」
「あ、先輩!ガイドは良いんですか?」
「この先は自由行動で、お城の説明や案内はゴレ建がやることになってるのよ」
「そ、そうなんですか」
(じゃあ私も自由に見て良いのかな? まぁそれよりも……)
「先輩、メリーゴーランドあるんですけど」
「そうね」
「作ってるときこんなの無かったですよね?」
「そうなんだけどね」
「……何か知ってますね?」
「ちょっと長い話になるわよ」
そういうと先輩は近くのベンチに座り、私も座りました。
「じつはこの間ここを開園するのに色々と許可や申請を取りに行ったのよ」
「はい」
「そしたら、異世界風営法の規制対象に入っちゃったのよ」
「どういうことですか?」
「お客様を楽しませる、遊ばせてお金を頂く、お酒の提供なんかはすごく厳しいのよ」
「そうなんですか?」
「異世界は種族が豊富だから、異性を楽しませることに長けた種族なんかもいたりするから、一時期そんなお店が増えて犯罪が増えたことがあってすごく法律が厳しいのよ」
「はぁ」
「ここは雰囲気重視で作ったからお城の照明も少し暗いし、酒場もあるし夜も営業してるおかげでしっかり規制の範囲内になっちゃったわけなのよ」
(なるほどなぁ)
「風営法の規制範囲だとどうなるんですか?」
「まず色々と許可の管轄が役所じゃなくて警察になるわね、これだけでかなり面倒よ」
「ふむふむ」
「あと夜は未成年は入場できなくなるわね」
「えぇ!?」
(パチンコ屋さんみたいな感じだろうか)
「なるほど分かりました、でなんでメリーゴーランドなんです?」
「それおいておくとね、遊園地営業扱いになって風営法の規制対象から外れるのよ」
「えぇ!?」
「まぁ、やたらお城に気合の入ったメリーゴーランドしかない遊園地といった扱いよ」
「……良いんですかそれで」
「良いんじゃない?営業できればそれで」
「そんなものなんですかね」
「よくあることでしょ」
大人の事情で設置されたメリーゴーランド。
なんだか物悲しく見えてきました。
(私がツアーするときはできるだけ案内して連れてこよう、このメリーゴーランドに)
メリーゴーランドのいきさつを聞いている内に、異世界観光のメンバーがガイドを終えて集まってきました。
「繭ちゃんどうだった?大丈夫だった?」
「あの、はい、若松の人が多いバスでしたので」
「そっかぁ良かった」
(そりゃ向こうも聞きづらかっただろうなぁ)
全員が集まったところで仁和さんが話し出しました。
「よし、じゃあ私達も見て回ろうか」
「やったーどこ行きます?」
「ふふん、実はこっそり作ってた所があるんだよねーそこに行きたくて」
「え、何つくってたんですか」
仁和さんは腰に手を当てて叫んだ。
「温泉よ!」