宝箱問題
さて、例のチンピラトカゲの事件から1週間が経ちました。
ゴレ建(ゴーレム建設)の技術力と魔法によりお城はあっという間に完成。
現在は周りの街と壁を作っています。
若松観光もしっかりお城の隣にホテルを建てていました。
本日綾部あおのは、運営しているダンジョンの備品をチェックしています。
「おっいたいた、嬢ちゃん!」
ダンジョン内を闊歩する中ボスの乾さんに呼び止められました。
「そろそろダンジョンに宝箱を設置しようぜ」
「え?」
私は考えながら振り返る。
「え、このダンジョン宝箱無かったっけ?」
「罠はあるけど宝箱は設置してないんだよ、ボス部屋にあるだけだな」
(なるほどそういえばダンジョン内で見たことなかったなぁ)
「そうなんだ、何いれるの?」
「そりゃあ、回復薬とか武器とかじゃねえのか?」
「ふーん確かにゲームっぽくて良いんじゃない?むしろいままでなんで無かったんだろう」
「おめぇの先輩なら知ってるんじゃねえのか?」
「確かに」
(なんとなく思ってたけど、乾さんは先輩が苦手っぽいな)
「事務所に戻ったら聞いてみるよ」
「おう任せた」
「任された」
「ところで火を噴くガーゴイル像の予備ボンベが尽きそうだから発注しといてくれ」
「了解でーす」
(うーんさすが中ボス、ちゃんと見てるなぁ)
点検と発注を終え、私は事務所に戻りました。
扉を開けて中に入り、席へついて紅茶で小休憩。
「そうだ先輩、乾さんがダンジョンに宝箱置きたいって」
「あーうん宝箱ねぇ」
なんだかあんまり乗り気じゃない様子の先輩。
「どうしたんです?」
「いや、宝箱は私も考えたのよ?だけどなんというか、その微妙なのよ」
「微妙?というと?」
先輩は難しい顔のまま話し始めた。
「実は異世界ダンジョン法というのがあってね?」
「異世界ダンジョン法?」
「その法律で、宝箱の中身は概ね小売り価格800円以内の物と決められているのよ」
「ゲームセンターの景品ですか!?」
「ほら、宝箱って開けるまで中身分からないでしょう?確率で伝説の剣が手に入るとか唄って集客してた無許可ダンジョンが問題になったのよ」
「は、はぁなるほど」
「遊戯の結果の景品にあたるから、風営法だったり景品表示法だったりややこしいのよ」
「そ、そうなんですね」
(宝箱ってそんなにややこしいものだったのね)
「宝箱の中身は売り物ということにすると都合悪いんですか?」
「それだと中身を明らかにして無人販売所みたいにするか」
(それはちょっと、お宝感無いなぁ)
「宝箱から回収した商品の代金を、ダンジョンの出口で支払う方式になっちゃうわね」
「普通のお買い物じゃないですか!」
「ダンジョン運営会社は色々と考えたのよ、あるダンジョンは入り口で宝箱の中身を見えるようにして中身とコースによって値段を変えていたわ」
「……なんだか中身の見えるお正月の福袋みたいですね」
(もはやただのセット販売だ)
「そもそも勝手に箱開けて持っていったら泥棒でしょう?」
「そりゃそうですけど、ゲームの勇者とかそんな感じじゃないですか?」
(人の家のタンスも開けるし)
「転生勇者がいた当時は、勇者特措法なんてものがあったのよ」
「……また変な法律ですか」
「簡単に説明すると、勇者がタンスや宝箱から物を持って行っても見て見ぬふりしなさいというものよ」
「みんな気づいてたんですか!?」
「そりゃそうでしょう、トイレに隠したグミまで持っていくのよ」
必至で見て見ぬふりをする村人の様子が思い浮かんだ。
「なんて恐ろしい法律!」
「勇者特措法は酷かったらしいわよ」
「どんなのがあったんですか?」
「村の入り口付近の村人は、村の名前を教えなければならない、村の困りごとは大声でわざとらしく困る」
「うわぁ」
「勇者の使い古した中古装備でもそこそこで買い取ってあげる、格安で宿屋を利用させてあげる等など」
「めちゃくちゃ忖度されてますね」
(ひどい法律もあったもんだ)
「持って行かれたくない物はどうしたら良いんですかね」
「うーん鍵かけておくとか、隠すか埋めるかしておくとか?」
「……村人も大変だったんですね」
閑話休題。
「とりあえずダンジョンの宝箱はどうしましょう?」
「800円以内の物入れとけばいんじゃないかしら?」
「じゃあ適当に雑貨屋さんとかで買ってきますね」
「消費期限の無い物にしておいてね」
「わかりました」
(配置は中ボスに任せたらいいかな、言い出したのあの人だし)
「そうだ、あと宝箱の配置なんだけどね?」
「はい」
「できるだけ人の流れが右周りになうように考えて配置してね」
「右周りっていうと、時計回りですか?」
「そうそう」
(これは中ボスには任せられなくなったかも)
「でもなんで右周りなんですか?」
「いい質問ね」
先輩は説明しようとばかりに、イスを座りなおして体ごとこちらを向いた。
「人間の70%は左回りが得意なのよ、曲がり角でも無意識に左を選んでしまうそうよ」
「へぇ」
「この法則を利用して、スーパーやコンビニなんかは左回りに動くようにレイアウトされてるのよ」
「そんな法則があるんですね」
「左回りだと慣れてるから安心できるそうよ、運動場だって野球だって左回りでしょう?」
「……確かに!よく行くコンビニも左まわりで最後レジに行きますね」
(なるほどなぁ、でも……)
「でも、それなら左回りに宝箱を設置しないんですか?」
「逆なのよ、右回りにすると落ち着かなくて逆にドキドキしやすくなるの」
「へぇ!」
「だからイベント会場とか、お化け屋敷は右回りに作られているのよ、非日常感が強くなるらしいわ」
「なるほどー!」
「つまりショッピングとかは左回りの流れで安心感と」
(色々考えられているんだなぁ)
「左回りの法則は心臓が左にあるからとか、利き足が右の人が多いからとか、言われているけど異世界人にも適用されるのかしらね」
「それはどうなんですかねー」
話は一段落。
さてと立ち上がり、適当に物と箱を買いに行こうかと立ち上がったその時。
事務所のドアが勢いよく開きました。
バン!
「ただいま!お客さんだよ!」
案の定ニコニコ顔の仁和さんでした。
元気なのはいいけれど、もっとゆっくり開けられないものか。
「お帰りなさい、お客さんですか?」
そう聞き返し、仁和さんの後ろを覗くとそこには、
小さな歩幅でゆったり歩く着物の女性。
黒髪は綺麗にまとめてありお上品な姿。
どこか見覚えがあるようなご婦人。
時間がゆっくりに感じる。
ただものではないオーラを感じる。
ゆっくりと事務所に入ってくる女性の一挙手一投足に全員が注目している。
やがて女性は深くお辞儀をして、話し出しました。
「お世話になっております、若松観光代表の若松鶴乃<つるの>と申します」
「お、お世話になっております、異世界観光の園田です」
「綾部です」
(若松ということは2人のお母さんかな、フルネームを言ったのはそういうことでしょう)
先輩は緊張している、つられて私も緊張してきた。
「本日参りましたのは、綾部さんにお話ししたいことがありまして」
「わ、私ですか?」
(なんだろう、怖い!)
「先日私の娘達が危険な目にあったそうで」
「えっ!あーあのトカゲ連中ですね、そ、そんな危険だったかなぁ」
(お、怒ってるのかなぁ)
「私、家で2人から話を聞きましてね」
「は、はい」
ゴゴゴゴゴっというような圧力を感じる。
「2人ともあなたにとても感謝してたのよ」
「えっ!あ、はい」
(感謝?)
「綾部さんに助けてもらったと2人とも喜んでいましたわ」
「そ、そうですか!それは良かったです 私も2人を助けられて良かったです」
(ほとんど伊地屋さんのおかげなんだけどね)
「今日はお礼をお持ちしましたのよ」
そういうと鶴乃さんから菓子折りを頂きました。
(うーん高そうなお菓子、仁和さんがニコニコしてるのはこれか)
「そこでお願いがあるのですが」
「な、なんでしょう」
(代表じきじきにお願い……?)
「しばらくこちらで2人を預かってもらえないでしょうか」
「はい!……えっ?」
若松鶴乃さんは静かにほほ笑んだ。




