トラブル?
さて、ダンジョンのボスであり、ゴーレム社員の石津さんが失踪した事件より1日。
事件は無事に解決し、私と仁和さんと先輩は事務所でお茶を楽しんでいました。
私の話す石津さん失踪事件の詳細は、みんなのいいお茶のお供になったらしく
ここ最近では鉄板のネタとなっています。
そんな時、事務所の扉がノックされる。
コンコンコン
「はーい」
「あ、見てきますね」
(せっかく石津さんネタが盛り上がってきたとこだったんだけど)
私は立ち上がり、扉を開ける。
そこには最近よく見るスーツ姿の中年男性。
保険屋の伊地矢さんだった。
「やぁこんにちは綾部さん」
「こんにちは伊地矢さん、最近よく来ますね」
「今日は保険を決めて頂いた挨拶と契約概要を持ってきたんですよ、それよりいい香りですねぇ」
「あ、えぇちょっとお茶をしてまして」
声を聴いて奥から仁和さんがやってきました。
「伊地矢さん、良いところに!お茶飲んでいかない?」
「こんにちは仁和さん、宜しんですか?」
「いいよいいよ、さぁ入って入って」
「失礼します」
2人は中へ入っていく。
(まぁいっか、保険屋さんの話とか聞けるかもだし)
3人で戻ると先輩は少し警戒したような雰囲気でした。
また商品を売りに来たのかと思われたのでしょう。
「いやぁありがとうございます、ちょうど喉が渇いてたんですよ」
「今日のお茶はちょっと自信あるんだよ~あおのちゃん」
「はい、淹れてきますね」
私は奥で仁和さんブレンドの紅茶にあんずのジャムを入れたものを出した。
「はい、どうぞ」
「うーんいい香りですね、紅茶になにか混ざってますね」
香りをかいでいる姿は品のいい紳士に見えた。
伊地矢さんはそのまま一口飲む。
「うん、おいしいです」
「でしょう、実はね」
「あ、待って下さい、この味に覚えがあります当てるまで待ってくださいね」
「フフフ、当たるかな?」
(伊地矢さんと仁和さん、なんか親子みたいだな)
「うーんこの懐かしい感じ、昔食べたことがあるんですよ」
伊地矢さんは思い出そうとしている。
「果物のような、でも柑橘系じゃないかな」
(割といい線いってる)
「そういえば今日は何の用事で?」
「おっとそうでしたそうでした、いい香りですっかり忘れてましたよ」
(商品売りに来てるんだろうけど、なんか憎めないんだよね)
「このあいだ加入頂いた保険の契約概要とノベルティをお持ちしましてね」
伊地矢さんはガサゴソと鞄の中を探している。
「へーノベルティってどんなのです?」
「異世界保険の名前が入ったクリアファイルとボールペンです」
「へ、へぇ」
「あちゃぁどうやら今日忘れちゃいました」
「もう、何しに来たんですか?」
「ハハハ」
伊地矢さんはすっかり馴染んでいました。
「おっといけない、そろそろ次のお客さんの所に行かないと」
「あら残念」
「それじゃこれで失礼しますね、ノベルティ今度は持ってきますからね」
「はい」
「ごちそうさまでした」
伊地矢さんはパタパタと出て行ってしまった。
(そういえば紅茶に入れたもの伝え忘れたな)
「仁和さん、仲良くするのはいいですけど変な保険買わないで下さいよ」
先輩は心配そうに仁和さんを見る。
「あの人は大丈夫だよー」
「なんでそんなに信用してるんですか?」
「何となくよ」
「はぁ」
(まぁ確かに悪い人には見えないけど)
仁和さんは立ち上がり手をパンっと叩く。
「さぁ、私たちも仕事に戻りましょうか」
「はい」
「あおのちゃんは今日も現場見てきて、京子ちゃんは求人、私は若松に行ってくるよ」
「分かりました」
食器を片付けた後、3人はそれぞれの場所へ向かいました。
私は昨日に引き続き、間地さんとじゅうたんで出かけます。
間地さんと合流し、じゅうたんに乗り込みます。
「あんまり見られたくない姿だわ、じゅうたんにシートベルトで体を固定してる姿」
「ルールなんで我慢してください、落ちますよ」
「落ちるのはやだなぁ」
じゅうたんは浮き上がり出発。
「傾けたり、逆さ向けたりしないでね?」
「しませんよ僕も怖いですし」
「まぁ確かに」
(やろうと思えばできるのか、気の弱い間地さんで良かった)
じゅうたんは現場に到着。
駐車場も駐布場もまだ無いので、適当な場所に到着。
現場はというと、
昨日よりもさらに出来上がっていました。
なんとなくお城のような物の外枠が出来つつあります。
「ほんとにこの世界の建設は早いんだね」
「綾部さん達の世界は分かりませんが、おそらく数日で完成でしょう」
「便利だなぁ魔法」
「そうですかね」
"あるうちは分からないものさ"と知ったような口をかなりの年上に吐きながら、
私は歩きだす。
すると、お城を遠くから見つめる2つの影を発見した。
片方の影はツインテールがピョコピョコ跳ねている。
(あの見覚えのあるシルエットは)
私はその影の後ろへこっそりと回った。
そしてガバっと2人に抱き着いた。
「鈴ちゃん繭ちゃん見つけた!」
「ひゃああああ」
「!?」
2人は驚いて振り返ろうとするが、一緒に抱きしめているので身動きが取れない。
「ちょっとその声は綾部あおのでしょう!放しなさい!」
「!?」
繭ちゃんは困惑したままだった。
「よく声で分かったわね」
「この世界で私たちにこんなことするのは、仁和さんかあなたぐらいよ」
「ご明察、ご褒美にツインテールをモフモフしてあげよう」
「触らないで!」
振り払われてしまった。
「なんで綾部あおのがここにいるのよ」
「だって、ウチも作ってるんだし?見てきてって言われてるし?」
「なんで疑問形なのよ!」
「まぁまぁ、私は2人がいてくれて嬉しい!」
「こっちは最悪の気分だわ」
嫌そうな顔をされた。
……ツンデレかな?
「あなた以外にはいないの?」
「私だけだよ」
「……そう、なら良いわ」
「えーちょっと何?きーにーなーるー」
「鬱陶しい!」
反応が可愛いからついつい構ってしまう。
「ほらほら、なんでもお姉さんに言ってみなさい?」
「はぁ、お姉さん~?」
怪訝そうな顔をされた。
……ツンデレかな?
「仕方ないわね、進行具合はどうなの?問題は?」
「あれ?今日仁和さんがそのあたりを共有しに若松に行ってるはずだけど」
「……そう」
(鈴ちゃん達は共有されてないのかな?)
「やっぱり社長が自ら進める気なのね」
「社長って若松の?」
「そうよ」
それって親なのでは?と聞きかけたけど、
鈴ちゃんは聞いてくるなという雰囲気を出している。
複雑そうにお城を眺める鈴ちゃんの肩に手をかけたら、払いのけられた。
……ツンデレだな。
(おっとそうだ、こんな時に鉄板の石津さんのネタがあるんだった)
「そういえば聞いて聞いて、この間ね」
そこまで言った時、少し離れた場所で怒鳴り声が聞こえた。
3人ともそちらを向くと、間地さんが柄の悪い3人のトカゲ人間に囲まれていました。
(なにあの如何にもチンピラっぽいトカゲ達は)
トカゲは派手なシャツに襟の出たスーツ
黒く光るレザーシューズの分かりやすいチンピラっぽい服だった。
「どうないしてくれるんじゃい!」
「そ、そういわれましても」
「責任者出せぇ」
間地さんがチラっとこちらを見る。
チンピラっぽいトカゲ達はこちらに向かってくる。
(近くで見ると思ったより小さいなぁこの3人)
(なんだか嘘くさくてあまり怖くなくなってきた)
「おうあの城の責任者か?」
「責任者と言いますか、建ててる会社の社員ですけれど」
「そうかぁ、誰の許可得てここに建設しとるんじゃ!」
「え、ここウチの会社の土地じゃないんですか?」
「ここの土地はなぁ、何百年も昔からワシらリザードマン一族が暮らしとんや!」
(たしか仁和さんが、この辺りは全部会社の土地だと言ってたような)
「は、はぁ」
「勝手にあんなもん建てられたら困るんじゃ!」
「あ、あのーここ会社の土地だったと思うんですけど」
「そんなもん関係あるかい!場所代払わんかい!」
「えぇ!?」
(これは困った爬虫類に絡まれてしまった、どうしよう)
「あの、一つだけ聞いて良いですか?」
「なんじゃい!」
「その靴の革って爬虫類ですか?」
「なめてんのかおまえ!はよ払わんかい!」
「ひぃ」
詰め寄られていると、鈴ちゃんが横から口を出してくれました。
「ちょっとあなた達!ここは異世界観光の会社の土地よ!調べたから間違いないわ!」
「横から誰やお前!」
「若松観光の者よ!この会社と一緒に作ってるのよ」
「はぁ?だからなんじゃい」
(いまだ!)
「間地さん!じゅうたんで先輩か仁和さんに知らせて来て!」
「でも、大丈夫ですか?」
「じゅうたんは間地さんしか運転できないでしょ!」
「綾部さん……分かりました!」
間地さんはこっそりじゅうたんで飛んで行った。
(さて鈴ちゃん達は大丈夫かな)
「だから、権利とか関係ないんじゃ!昔からここに住んでるんじゃ!」
「話にならないわね!あんたたちに払うお金なんてないわ」
鈴ちゃんは果敢に立ち向かっている。
無事間地さんを送り出した私は、鈴ちゃんの方に向かう。
「ちょっと!鈴ちゃん達から離れなさいトカゲ達!」
「だ、誰がトカゲじゃ!」
「2人は私が守るわ!」
「綾部あおの!」
これでちょっとは鈴ちゃんの株が上がったのではないかと、
ツインテールを触れるときがくるのではないかと、
すこし頑張ってしまった。
「いい度胸やんけ、お前らは後回しじゃ!金払わんなら城に火付けたる!」
「やめなさい!レザーシューズにするわよ」
「もう怒った、お前ら!火つけたれ!」
「へい!」
(へいって)
トカゲ達がお城に向かおうとしたその時。
「いたいた、綾部さん探しましたよノベルティ見つけました」
「えっ、伊地矢さん?」
そこには最近よく見るスーツの中年男性が歩いてきていました。
「恥ずかしながらスーツのポケットに入ったままでしたよボールペン」
タハハっと笑いながら歩いてくる。
トカゲはさらに怒る。
「次から次へと、誰じゃ!」
「おっと失礼、私はこういうものです」
伊地矢さんは名刺を差し出す。
受け取るトカゲ。
(普通に受け取るんだ、トカゲ)
「保険屋が何の用じゃい」
「いやぁ、火をつけるのは止めて頂けないですかね」
「お前に関係あるんかい!」
「それがあるんですよ、あのお城が火災になんてなっちゃうと」
「なるとなんやねん」
伊地矢さんは帽子を取ると、一段と低く怖い声で言った。
「……火災保険の保険金が降りちゃうでしょうが」
トカゲは睨まれて、怯んでいる。
「ひぃ!」
「くそ!また来るからな!」
トカゲは逃げていきました。
「今度来たらバッグにしてやる!」
「フフ綾部さん勇敢ですねぇ、はいノベルティのボールペンです、そちらの2人もどうぞ」
「ありがとう」
伊地矢さんは帽子をかぶる。
「さて私は帰りますね、今日は娘がご飯を作って待ってるんですよ」
「へぇ、それは早く帰ってあげてくださいね」
「……そうだ!あの紅茶ですが入ってるのはアプリコット、あんずですね?」
「え、あぁそうですよ」
(すっかり忘れてた)
「こっちの世界には無い果物ですからね、どうりで懐かしい訳だ」
(?)
「それでは失礼します」
スーツの男性は去っていきました。
「綾部あおの!その、助かったわ」
「こちらこそ、なんかチンピラっぽいのに絡まれちゃってごめんね」
「その……嬉しかったわ」
「なんだって?」
「2人は私が守るって言ってくれたこと、嬉しかったわ」
「鈴ちゃん!」
抱きしめようとしたら、払いのけられた。
すると繭ちゃんも寄ってきて、
「あの、ありがとうございました、綾部お姉さま」
「繭ちゃん!」
可愛い!
「綾部あおのは怖くなかったの?」
「なんかあのいかにもチンピラっぽいのが、どうも嘘くさいというかなんというか」
「そう」
「鈴ちゃん怖かったの?」
「はぁ?ぜ、ぜんぜん怖くなかったけど?」
「そか、鈴ちゃんも土地の事言いに来てくれてありがとうね」
「ふん!いっぱい感謝することね!」
(しかしあのわざとらしいチンピラはなんだったんだろうか)
この辺りは真っ平な草原しかなく、誰かが住んでいる様子も無い。
しっかりと会社の土地である。
綾部あおのは思った。
ココにお城が建っていると都合の悪い、誰かの差し金なのではないかと。
そして間地さんはまだ空を飛んでいた。




