こんなところまで法治されている!
それ私服なの?と聞きたくなるようなピンクのフリフリドレス。
少し子供っぽいツインテールをぶらさげた、お姉ちゃんの若松鈴ちゃん。
その後ろから顔を覗かせている妹の繭美ちゃん。
間違いなくこの前のお嬢様2人でした。
私は予想外の来客に驚き半分。
知り合いの可愛い娘に会えて嬉しいのが半分といった感じ。
「わ、鈴ちゃん繭ちゃんじゃない、今日はどうしたの?お菓子食べる?」
「はぁ?あなたが呼んだのでしょう?お菓子は頂くわ、私はコーヒーで繭は紅茶ね」
「はーい座っててね」
(私が呼んだ?呼んだ覚えは無いんだけど)
まぁどうせ仁和さんの仕業だろうことは分かっていた。
なんで私が呼んでいると言ったのかは分からなかったけど。
私は来客用のドリンクコーナーでコーヒーと紅茶を作り、
2人にお菓子と一緒に差し出しました。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「どうぞどうぞ」
仕事はいったん中断し、5人で会話が始まります。
「ところで外のじゅうたんはなんなの?」
「あーあれね、空飛ぶじゅうたんだよ乗ってみる?」
「あれちゃんと掃除してるの?服汚れたら嫌なんだけど」
「まぁたしかに畳めないから掃除してないかも」
「私はたまに掃除機かけてるわよ?でもシートが邪魔で邪魔で」
「あおのちゃん、アレ買ったとき説明書ついてきたっけ?」
「どうだったかなぁ覚えてないです」
「ちょっとそんなものに乗せようとしないでよ」
「えー一緒に乗ろうよー鈴ちゃーん」
「触らないでよ!」
「……フフフ」
一通り話し終えたら本題へ。
「で、話ってなんなの?」
鈴ちゃんが私に尋ねてくる。
「……私は鈴ちゃんに話があったの?」
「……何言ってるの?」
笑っていた仁和さんが話だしました。
「ごめんごめん、呼んだのは私なんだ」
「そう?それで何かしら?」
「実はお城とその城下町を作ろうと思うんだけどね、これが概要なんだけど」
そういうと仁和さんは、さっき先輩にもらった紙を広げて説明をしだした。
「異世界らしい城を作って、まわりにホテルを建てたりお土産屋さんを建てたりね」
鈴ちゃん達は頷きながら聞き入っている。
「どうどう?いい感じでしょう?」
「そうねぇ、でもちょっとしたテーマパークぐらいの大きさになるんじゃないの?」
鈴ちゃんと先輩と仁和さんは意見交換を始めました。
繭ちゃんはメモを取っていました。
私はこっそり鈴ちゃんの背後に回り、ツインテールを触れないものかと試みましたが、
ペシっと払いのけられました。
(むむっ背後を見ずに払いのけるとは、できる)
「なるほどね、大体分かったわ」
鈴ちゃんは一旦体を伸ばしてから座りなおした。
「で?こんな事業計画を教えてきたということは何か頼みでもあるんでしょう?」
「話が早いわね」
「大体分かったと言ったでしょう?」
「それなら単刀直入に言うわね、このお城と城下町を一緒に作って共同所有しない?」
鈴ちゃんは怪訝そうな顔をした。
仁和さんはそのまま続ける。
「つまり協力してお城と城下町を運営して、一緒にツアーで使おうってこと」
「なるほど、そっちも若松も使っていい観光地にするわけね」
「えぇぇええ!?」
と驚いたのは私だけでした。
先輩は何となく察しが付いていたようです。
「鈴ちゃん達若松は、異世界っぽさが分からなくて困ってるでしょう?」
「前まではそうね」
「でも若松あれ以来なにも建てないし、ツアーも中断してるし」
「ぐ、まぁそうなんだけど」
「今異世界を勉強してるところなんでしょう?」
「……漫画やアニメで勉強中よ」
(その知識は偏るのでは?)
「そこにホテルを建ててくれたら、提携してツアー客はそこのホテルを利用するようにするよ」
鈴ちゃんが考え込んだ。
若松の運営について、ある程度の決定権を持っているのかもしれない。
「……あんた達はお金が無いんでしょう?」
「その通り!」
仁和さんは立ち上がって腰に手を当てて答えた。
「お金ないのにあおのちゃんが変なじゅうたん買うし」
「確かに無駄遣いしそうな顔してるわね」
(なんだかバカにされてる気がするぞ!じゅうたん買ったのは仁和さんも同罪だろうに)
(絶対ツインテール触ってやる、あと仁和さんは寝てる間にツインテールにしてやる)
鈴ちゃんはふぅっとため息をつき、
「まぁお互いにメリットありそうだし、一応上に上げてあげるわよ」
「ありがとう!」
「若松観光は元々ホテル業の会社だということを知っていたのね」
「うん」
若松観光は元々ホテル業の会社。
これは本当で、自社のホテルにお客を呼ぶためにツアーも始めたのだった。
私達としてもノウハウの薄いホテルを建てなくても良いし、
お城と町を共同経営できればかかる費用も半分で済む。
若松は良く分からない異世界ぽい物はこちらに任せて、
ホテル業に専念でき、宿泊客も連れてきてくれる。
ということなのだろうと理解していた。
「ところでこのお城なんだけれど」
「うん」
「トイレが設置されていないわね?」
「トイレ?」
確かに図面にはトイレが描かれてはいなかった。
「そんなの後で適当に付ければ良いんじゃない?」
「だめよ!」
鈴ちゃんは一変して強い口調になりました。
「あなた達は建物に関して素人だから教えてあげるけど、職場の建物のトイレの設置は法律で決められているのよ」
「えええ!?」
「男女別はもちろんの事、何人以下で便器の数が何個以上ときっちり決まってるわ」
(法律ってそんなことまで決まってるんだ)
「さらに異世界だともっと厳しいわよ」
「どういうこと?」
「人間用の他に、巨人等の体の大きな種族を雇うなら巨人用のトイレとその男女の設置義務、水棲系種族を雇うなら専用のトイレとその男女の設置義務」
(なるほど、色んな種族がいるからトイレも様々なのね)
「獣人系を雇うなら、ペットシーツ」
(獣人!完全にペット扱いされてるぞ!)
「職場を清潔に保つためのルールね、ちなみに半年に1回の大掃除も法律で義務づけられているわ」
「へえー」
3人そろって聞き入っていました。
「まだまだね、私達若松が関わるからには、キッチリやってもらうわよ」
「は、はい!」
「無駄遣いも許さないわよ綾部あおの!」
「なんで私だけ名指し!?あとなんでフルネームなの」
その後も鈴ちゃんから色々と習うことができました。
大企業だけあって職場の法律なんかには詳しかったようで、
煽てたら気持ちよく語ってくれました。
(ちょろいツインテールだわ)
「とにかく、このままだとしっかりOK出せないからちゃんとした資料を貰えるかしら」
「じゃあ完成したら送るね」
「頼んだわよ、それじゃあそろそろ帰るわね」
そういうと鈴ちゃんは立ち上がりました。
「繭、帰るわよ」
「はい」
「社長で送っていくよー」
「助かるわ」
それじゃと仁和さんと2人は社長に乗り込んでいってしまいました。
「……先輩、今日はなんだか色々ありましたね」
「そうね、私達も片付ける準備しましょうか」
先輩もすっかりお城モードが解けていました。
日が傾き出し、2人は掃除と片づけをしていました。
「先輩、今日2人が来るって知ってました?」
「全然知らなかったわ、仁和さん急に思いついたのかしらね」
「前にこちらのツアーに参加してもらって、2人と仲良くしておいたのはこの為だったんですかね」
「あのころはお城を作るなんて構想はなかったわよ?」
「そうですよねぇ」
(そういえば仁和さんはどこから通勤してるのかな)
仁和さんについては、だれも彼女の事を良く知らないのだった。
「ただいまー」
2人を送り終えた仁和さんがオフィスに帰社。
「おかえりなさい」
「私達も片付けて帰りましょうか」
「はい」
「私は社長で帰るから2人は扉から帰ってね、お疲れ様ー」
「はいお疲れ様でした」
(ひょとして異世界に住んでいるのかな?)
なんとなく聞くタイミングも無く、いつも通り先輩と元の世界に帰るのでした。
次の日。
早速お城の図面を業者に依頼しようと電話をしていると、オフィスの外から声がしました。
「すみませーんこちら異世界観光開発さんでしょうか?」
「あ、はい」
オフィスの扉をガラガラ開けてみると、そこにはスーツ姿の中年の男性が一人。
ブリーフケースを携えて立っていました。
(いかにも営業っぽいなぁ)
営業っぽい男性は屈託のない笑顔で言いました。
「こんにちは、いやぁ実にいい天気ですね、私には少し暑いぐらいですよ」
「は、はぁ」
「申し遅れました、私こういうものでして」
名刺を差し出された。
「ありがとうございます、頂戴いたします」
「しかし表のじゅうたんは何です?シートが付いていますけど」
(やっぱりみんな気になるんだなぁ、後でどこかにしまっとこう)
「あれは空飛ぶじゅうたんなんですけど」
「へぇ!空飛ぶじゅうたんですか!いいですねぇ、乗れるんですか?」
(ちょっとみんなとリアクションが違うなぁ)
「あ、あのまだ乗れないんですけど」
「そうですかぁ、ぜひ乗ってみたいものです」
(なんだかいい感じに大人気の無い人だなぁ)
「アラビアンな雰囲気ですが安全に配慮されてシートベルトが付いているんですね、ふむふむ」
「あの、それでご用件は?」
「おっとそうでした、今少し時間よろしいですか?」
(もうだいぶ取られたよ!)
「は、はい あの責任者が今居なくてですね」
「そうですかぁ、では改めさせていただきますね」
そういうと男性は一礼して下がっていきました。
「今度ぜひ乗せてくださいねー」
「は、はい」
(変わった人だったなぁ、悪い人には見えなかったけど)
扉を閉めてもらった名刺を見てみた。
"異世界保険アドバイザー 伊地矢<いちや>"
(異世界保険だぁ?)
さっきのおじさんは私の中で一気に怪しい人へと昇格しました。
職場のトイレや便器の数は本当に法律で決まっています。