異世界は発展しすぎました。
異世界と聞いてどんな世界を想像するでしょうか?
剣や魔法?
勇者と魔王?
様々な種族が存在する世界で、
現代の常識が通用しない世界……。
数年前まではそうでした。
ところが。
ある日を境に、異世界転生者や異世界漂流者が増えすぎ、
すっかり異世界は現代化。
舗装された道路に、並び立つビル街。
様々な種族は街をスーツで歩き、
エルフがコンビニでバイトし、
ゴーレムがスマホでゲームしている、
そんな世界になっていた!
現代日本に一人の就活生がいました。
名前は綾部あおの。
子供のころから旅行が大好きで
小さいころに見たガイドさんに憧れていました。
いつかは自分も制服を着て人々を案内し、世界を飛び回る仕事をしたい。
そう思っていました。
本日は待ちに待った観光業界の合同企業説明会。
期待に胸を膨らませて、会場に参上したのでした。
会場に入り、見渡してみるとやっぱり大手の会社はスペースも広く、
人気で列ができていました。
(やっぱりビッグムーンと若松観光の2社は大手だけあって人気がすごいね)
(後で私も説明を聞きにいこう)
そう思い、先にほかの企業を見て回ると、
1社だけ誰にも見向きされない、企業ブースが会場の真ん中にぽつんとありました。
(うーん、あんなに真ん中に堂々とあるのに誰も止まりもしない)
(名前は…… 異世界観光開発株式会社ねぇ)
(……怪しい)
会場の就活生達は、みんな綺麗にそこのブースを避けて歩いている。
分かっていて避けているというよりは、会場の他の人には見えていない。
そんな雰囲気でした。
興味を持ってしまった私は、恐る恐るブースをのぞき込んでみると、
そこには綺麗な金髪で、髪の長い女性がガイドさんの制服を着て座っていました。
寝ているのか、うつむいたままお顔が見えなかった。
(暇なのか、寝ているのかな?うーんお顔が見てみたい)
気が付くと私はその企業のブースに足を踏み入れていました。
しかし、女性はうつむいたままでした。
すると、どこからかひと際低く電子的な男性の声がしました。
「おや、君はここに入ることができるんだね?」
「えっ!?」
どうみてもそこにはうつむいたままの女性しかいませんでした。
あるものといえば、机の上にパンフレットとバスのミニカーがあるぐらい。
「お客さんだよ、仁和<にわ>君」
「むにゃむにゃ、はっ!?」
謎の声に仁和君と呼ばれた金髪の女性は、勢いよく顔を上げた。
背中半分ぐらい届きそうな長く綺麗な金髪に、大きな目とキリっとした眉。
元気なお姉さんといったイメージがぴったりの女性でした。
(うん、私の予想通り美人だったわ)
その女性は私の顔をみると、だんだんと状況を理解しはじめたようで。
「わ、いらっしゃいませ!説明会にようこそ!」
「は、はい宜しくお願いします」
(あ、つい反射的に答えてしまった)
「私は異世界観光開発の仁和です、こちらは社長です」
そういうと仁和さんはバスのミニカーを手の平にのせました。
さっき聞こえた電子的な男性の声が聞こえてきます。
「代表取締役の毛利です」
「綾部あおのです、宜しくお願い致します」
よくみるとミニカーがしゃべるときは、ヘッドライトが光っている。
「さて、わが社はどんな会社かといいますと……」
「はい」
「異世界を開発し、観光できる会社です」
「い、異世界ですか?」
「そうそう、異なる世界ね」
「まるで違う世界のような景色とか、そういう比喩表現じゃなくてですか?」
「比喩表現じゃなくて」
「は、はぁ」
(これは、ちょっとやばい会社だったかもしれない)
「あら信じてないわね?じゃ実際に見に行ってみましょう」
「え?行くんですか?今からですか?異世界にですか?」
「ふふっ、?が多いわね綾部さん さ、手を取って」
仁和さんの手を取ると、ブースの奥にへ連れていかれました。
そこには古めかしい木の扉が唐突に有りました。
仁和さんは扉を開けて中へ、私も連れられて中へと。
扉の中は眩しい光。
思わず目を細めてしまう。
そして一歩踏み出した次の瞬間。
一面に広がる草原、奥にはおおきな山が見え、左右は森で囲まれていました。
さらさらと風が流れ、人の気配を感じられないとても気持ちのいい場所でした。
手をつないでいたことを思い出した私は、仁和さんの顔を見ました。
仁和さんはニコっと笑顔を返し、
「はい、異世界到着です」
「えっ?」
さっきまで説明会の会場だったのに、今は草原が広がっている。
夢でも見ているのかな?
だんだんと近く、聞きなれた車の音がしてきました。
この景色には似合わない音の方を向くと、
1台のバスが草原を走ってきます。
そのままプシューっと私たちの前に停車しました。
「さ、社長に乗って乗って」
「はい、え?社長さんなんですか?」
(なんだか見覚えのあるバスだなーと思った)
見た感じ運転手はいませんでしたが、乗り込むとバスは勝手に走り出しました。
舗装されていない道を走っているはずなのに、中は揺れも少なく快適でした。
「これから綾部さんには、私たちのツアーを体験してもらうわね」
「え、ツアーですか?」
「そうその名も!」
そういうと仁和さんは立ち上がり、両手を広げた。
「異世界体験ツアーだよ!」
「異世界体験ツアー!?」
私は驚きはしましたが、同時に少しワクワクもしました。
もともと旅行好きだし?
それにしても異世界かー
どんな景色が見られるんだろうか
やっぱりファンタジーな感じなのかな?
「ふふ、綾部さん結構ノリ気ね」
「はい!」
私は説明会で来ていることは、いったん忘れて楽しむことにしました。
「ほらほら、見えてきたわよ綾部さん、異世界には人間以外の種族がいるのよ」
「ど、どこですか!」
座席から身を乗り出し、仁和さんが指さす方を見て見ると。
人の形をした岩のかたまりが動いていました。
「ほら、あれがゴーレムよ」
「すごぉーーーーい?」
たしかに、人間じゃない別の種族それも岩のかたまりが人型で動いているのですが
どうみてもTシャツに短パン姿でした。
英語のロゴまで入ってるし。
「……あの……仁和さん?あれって、服着てるんですか?」
「え?そりゃそうでしょう?」
逆に不思議な顔をされた。
まぁゴーレムはそういう種族なのかもしれないし?
わかんないけど。
「ほらほら、あっちにはスライムがいるわよ」
「どこですかぁー!」
期待してそちらに目を向けると、ブヨブヨ青いビーチボールみたいなものが跳ねていました。
「うあーーぁ」
しかし、どうみても首輪とリードがついていました。
「あのスライムってだれかのペットですかね?」
「え!? えぇどうかしらねー」
いやもう絶対ペットでしょ。
飼いスライムだよ。
「あ、あー見て見て!あっちにはエルフがいるよ」
「エルフですか!?」
そこには、サングラスでアロハシャツのエルフの男性が日光浴をしていました。
なるほど、そういえば異世界ちょっと暑いかもしれない。
っていやいやいや。
なんですかあれ、まるで浜辺で肌を焼いてる若者じゃないですか。
耳がとがってなかったら人間と変わらないよ!
呆然としていた私を載せて、バスはぐんぐん進んでいきます。
草原を抜け、背の高い森を抜けるとそこには柵でできたゲートが現れました。
「次は何がいるんですかぁ?」
「もう終わりよ、綾部さんこのゲートの先にみんなが待ってるわ」
「みんな?」
ゲートの先は、プレハブの事務所がある広場になっていました。
バスは停車し、私たちは降りました。
そこには……
さっきのアロハエルフと、スライムを連れたTシャツゴーレムが立っていました。
「え、仁和さん、さっきの人たち居るんですけど」
やっぱりスライムはゴーレムのペットだったんじゃん。
「ふふ、この人たちはウチの社員なのよ」
「え?」
社員?
仁和さんがそういうと、アロハとTシャツは挨拶してくれました。
「やぁ初めまして、エルフの間地<まじ>です」
「ゴーレムの石津<いしづ>です」
「は、はぁ どうも綾部と申します」
どういうことだろう?
つまり異世界なんて無いし、偽物だったのかな?
「間地さん、ちょっといいですか?」
そういいながら耳を触ってみました。
「イタタタ!ちょっと綾部さんやめてくださいよ」
「え、その耳本物なんですか?」
「本物のエルフですよ!」
えっ?
「じゃあ、石津さんはダンボールとか着ぐるみじゃなく?」
「石でできてますよ」
「え、みんな本物なんですか?」
笑い転げていた仁和さんが答えました。
「そうよ、どうだった?異世界ツアーは?」
「えっ」
3人+1匹は、私の答えを待っています。
「あの、えっと……」
うまく当たり障りのないことを言おうかと思ったときに、
周りを見たのがいけなかった。
もっというと石津さんのTシャツの文字を見たのが悪かった。
だってROCKって書いてあるバンドTシャツだったんですよ。
「……微妙です。」
「え?」
「微妙すぎます!石津さんなんで服着てるんですか!ROCKってなめてるんですか!?」
「えっ?」
表情は分からないけれど石津さんは戸惑っていました。
岩の顔が気持ち少しクシャっとなっていましたし。
「脱げないんですか!?」
「そんな、人前で脱げませんよ恥ずかしい」
「はぁ?スライムはなんで首輪してるんですか!?」
「体重が1kgを超える大型スライムは首輪とリードが義務付けられてるんですよう」
「はぁ~?」
なにそれ、法律でもあるんですかね。
「間地さんはもっとエルフっぽい恰好して剣とか持ったらどうなんですか!?」
「いや、エルフっぽいって今はみんな洋服だし、剣なんてもったら銃刀法で捕まっちゃうでしょ?」
「はぁ~~?」
ケラケラ笑っていた仁和さんが、涙を拭きながら答えました。
「フフフ、綾部さん、異世界は法治されてるんだよ?」
「えぇ?」
「この異世界はね、漂流者や転生者が増えすぎたおかげで、今ではすっかり現代日本と変わらない世界なのよ。この先舗装された道路を進むと、みんな知ってるコンビニやスーパーがあるし、スマホも使えるよ」
自分のスマホを見て見ると、たしかに電波が立っていました。
「えぇ、ここほんとに違う世界なんですか?」
「そうよ、まぎれもなくここは異世界」
「そしてここに来る人は、みんなファンタジーな世界を求めて来るんだけど、そんな世界ははるか昔に無くなったのよ」
仁和さんは私の方を向き、話を続ける。
「だからこそ私たちはかつての異世界を再現し、体験できるツアーを作りたいのよ」
そしてぎゅっと手を握られた。
「綾部さん、さっきの指摘は素晴らしかったわ、是非私たちと異世界を作ってほしいの!」
「え、えええ!?」
「ね?入社してくれるよね?」
「ちょちょちょちょっと」
参ったなぁ。
美人には弱いんですよね、私。




