~死の森2~
森へ足を踏み入れるとここに住む魔物達は、私を排除しようと何度も何度も襲ってくるのだった。何十もの魔物の屍のそばで手足がバラバラになった肉塊が不自然に動き出し、繋ぎ合わさるのを魔物達が唸りながら見ていた。仲間達の繰り返される死を見て、人間の容姿をした化け物に触れれば魂が抜かれ屍になるということはわかっているはず…。それでも魔物たちはこの動き出す肉片を鋭い牙で噛みつき、長い爪で切り割くことを止めなかった。
長い屍の道を作りながら死を招く化け物は、何の意思ももたず、更に深く森へと歩みを進めるのだった。
終わりのない、終わりの見えない闇を歩み続けるように…。
森の果ての小さな家を見つけると部屋の片隅で人形のように動かず、ただ魂の抜けた抜け殻のようにそこに身を置いた。
水を飲まなくても食べ物を食べなくても死ぬことのないこの身体。空腹という苦痛さえももう何も感じることのないほどの時を過ごすしていると、もうすべての痛みを感じることはなくなっていた。
生を成さないただの生きる屍だった…。
ギギギッ…。
視線を壊れかけたの入口の方へ向けるとゆっくりと扉が開き、大きな魔獣が薄暗い部屋の中へと入ってくるのが見えた。
来たのね…。
全身の姿を確認することなく、またそっと瞳を閉じた。
たとえ魔物であっても魔獣であっても、もう目の前で苦しむ様は見たくはなかった…。
ただ静かに時が過ぎるのを待った…。
喉元に噛みつき、爪で内臓を切り裂く音が止んだ時。
魂が無理やり肉体から剥がされるあの叫び声が聞こえなくなるのを…。
指一本動かすことなく、ただ待ち続けた…。
家の外を強い風が吹き付け、侵入者への警告音のように窓ガラスをガタガタと鳴らしている。
どれだけの時が経っただろう…。
いつも聞こえてくるはずの魂の抜ける狂気の声や切り刻まれる肉片、滴り落ちる血の音が聞こえない。
瞳を開けることなくただじっと時が過ぎるのを待った。
吹き荒れる風が遠くへ過ぎ去った時、静かになった部屋の中からは自分ではない小さな息遣いが聞こえてきた。
何かいる…。
重い瞳をゆっくりと開けると、窓から差し込んだ月の光が大きな魔獣を照らしていた。その魔獣は窓辺の下でじっと輝く二つの金色の瞳をこちらに向け、静かに立っていた。
得体も知れない私はやはり異質な存在なのだろう。
どれだけ殺しても死なない人間なんてもう人間とは言えないはずだ。
少しでも触れれば死を招く化け物のような存在…。
どれだけの時が経とうと、この呪いは消えることはなかった…。
もう自分が何者なのかもなぜここ(この世)にいるのかさえもわからない。
身体は動いているが何がこの肉体を動かしているのか魂があるとするなら、その魂はとっくに死んでいると言っても過言ではなかった。
それは長い年月をただ一人、屍のようにただ動き続けた結果に過ぎなかった。
終わりのない時が永遠と続く…。
人の形をした化け物がこれからも動き続け、生き物の生を奪い続ける…。
人間のように息をしていても、鼓動を打つ心臓はただの見せかけの作り物なのだろう。身体を流れる赤い血は生を成すためではなく、ただ死を与えるものにすぎなかった。
化け物…
それが今の私にとって相応しい呼び名だと思うと、数十年動くことのなかった唇が少し動いた。
もう動くこともなく声を出すこともなく、朽ちることのないこの身を闇に預け、果てしなく続く永遠にただ瞳を閉じ、深淵への闇へと落ちるのだった。