4話 聖樹の森ギルド
先ほどの静寂から一転して、そこら中から聞こえる喧騒と、自然に目を細めてしまう様な日の光が降り注ぐ往来のど真ん中で佇んでいると、こちらのことを不思議そうな顔をして覗き込んでいた少女に気がついた。
「あ、やっとこっちを見ましたね!って、何でそんな不思議なものを見た様な顔してこちらを見るんです?取り敢えず、そんなところでぼーっとしてたらここを通りたい皆さんの邪魔になっちゃうんで、少し場所を変えますよ。」
何やら、初めて会ったはずなのにさも友人かの如くフレンドリーに話しかけてくる少女の言葉ではっとし、少し端の方に移動すると改めて少女が話しかけてくる。
「何やらぼーっとしていた様なので、私の挨拶が聞こえてなかったと推測しました。なので改めて、ようこそ異世界レットガンドへ!私はここレットガンド聖樹の森集会場のギルドから、貴方のサポート役として任命された、ディルーナです、よろしくね!」
そう言うと、とてもやりきった、と言った感じにこちらを見てくる。
「あ、ああ、俺は東雲龍二、何が何だかよくわからないけど、よろしく、ディルーナさん。」
そう言って俺は改めて目の前の少女を見る。
腰ほどまである銀髪に、クリっとした赤い瞳、得意げな顔はとても整っていて、お世辞とか抜きで可愛らしい女の子だ。
しかし、スカートながらもとても動きやすそうな服と、腰辺りにはかなり使い込まれた二本のダガーが見え、ただの女の子じゃないんだろうなと思わせられる風貌をしている。
もっとも今は、得意げな顔をしながらちょうど視界の高さくらいにあるうさぎの耳がもっふもっふと動いているのであまりそんな感じは見えないけど。
「いやいや、さんなんて他人行儀な呼び方しないで、気軽にディルーナでいいよ。私もリュージって呼ばせてもらうから。」
「いや、他人行儀も何も俺たち初めて会ったばかりだし。けど、まぁ、そう言うならこれからはそうさせてもらうよ、改めてよろしくディルーナ。」
「うん!よろしくねリュージ!じゃあお互い挨拶も済ませた事だし、いろいろ聞きたいこともあるだろうから、早速ギルドに向かおっか!」
そう言うとディルーナは付いて来て、と言って歩き出した。
俺は呆気にとられながらも迷わない様にディルーナの持っていた、人混みの中でも目立っている看板を目印にしながら後をついて行く。
大通りをしばらく歩いていると、周りの建物と比べても一際大きい木と煉瓦の様な石で作られた建物が見えてきた。
途中何度か見たこともない生き物の剥製や、明らかに魔法と思わしきアイテムを置いてる露天、思わず引き寄せられるような香りのする、熊の店主が売っている串焼き屋などに気を取られているうちに、ディルーナを見失いそうになりながらも、無事に目的地までたどり着くことができた。
「じゃじゃーん、ここがこの聖樹の森のギルドだよ、すごくでっかいでしょ?他の場所にもあるギルドの中でも多分ここが一番でっかいんだよ。中ならゆっくりできるし、そこで聞きたいこと何でも聞いて。多分もう少ししたらギルドマスターも暇になると思うから私が分からなくてもマスターに聞けば大丈夫!」
そう言ってディルーナは木製の扉の中に入って行った。
「ここがギルドか、道中でディルーナからすんごいとは聞いてたけど思ってた以上だな。それに、さっきからいろいろ気になった物もあるけど、ディルーナの言ってた異世界ってのが気になるんだよな。GGOを起動した時のこととか、あの洞窟、それにこの街の人たち。どう考えてもここはゲームの中とは思えない。」
「おーい、何してるの?早くおいでよ。」
「ああ、悪い、今いくよ。」
ディルーナに急かされるままギルドの扉を開けるとそこには綺麗に整えられた観葉植物と役割ごとにしっかりと分けられている受付に、横にとても長い掲示板とその周りにいる何人かのライトアーマーに身を包んだ男女たちが和気藹々とそこに貼られている紙を選んでいる風景だった。
「何か、ギルドって聞いてイメージしていたのはだいぶ違うな。」
「そうなの?私が知ってるギルドはここともう一つくらいだけど、そこも大体こんな感じのとこだったよ?」
「俺が思ってたのは、酒場と併設されてて昼間から飲んだくれてる奴がすぐに絡んでくる様なそんなイメージだったんだけど、予想と正反対な場所で驚いたよ。」
そうディルーナと話していると、併設されているカフェの様な軽食を食べられる場所にいた男から声を掛けられる。
「お、兄ちゃんはここのギルドは初めてか?ここくらいでかいところにあるギルドは大体こんなとこだぜ。兄ちゃんの言った様なギルドがあるのは東の方の帝国が管理してるとこら辺だな。もしあっちのほうに行くんなら気を付けな、あそこは3年前くらいから怪しい噂が絶えないからな。」
「そうなんですね、ありがとうございます。東に行く様な事があれば気を付けます。」
「兄ちゃんはなんだか危なっかしい感じがするからな、ついついお節介を焼いちまったよ。自己紹介がまだだったな、俺はクレイだ、ここのギルドを拠点にして活動してる『バッカス』ってクランに所属してっから顔を合わせる機会もあるだろうし、よろしくな。」
「龍二です、よろしくお願いします。」
「はっはっはっ、随分丁寧だなリュージ、俺に敬語なんていらねーぜ?場所によっちゃああそれだけで舐められるからな、意識できるならもう少し砕いた喋り方の方がいいぞ?おっと、引き止めちまって悪かったな、ディルーナの嬢ちゃんがすごい顔してこっち見てっから、早く行ってやれ。」
「本当だ、これは早く行った方がいいな。それじゃあクレイ、話のお礼に今度なんか奢らせてもらうよ。」
背後から楽しみにしてるぜーと言う声を聞きながらディルーナのところまで来ると、頬を膨らませながらこちらを見てきた。
「リュージいつまでクレイさんと喋ってるんですかぁー。せっかくここの席を取って待ってたのに。」
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃったんだよ。席ありがとう。」
いつだったか動画でぷーぷー怒る兎を思い出して笑いそうになるのを堪えながらディルーナの用意してくれた席に座る。
「何か失礼なこと考えてる?」
「いや?何も?」
「まあ、いいや、とりあえず何か飲みながら話そっか。コーヒーでいい?」
そう言うとディルーナはカウンターの中にいるウェイトレスに向けて片手を上げながら声をかけて来た。
「ありがとう、ここコーヒーなんてあるんだな。」
いい香りがするカップに口をつけると、普段飲んでいるコーヒーよりも格段に美味いコーヒーだった。
そのことに驚いていると、隣でコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れながらディルーナは話を始める。
「美味しいでしょ、ここのコーヒーは店長が拘って作ってるから結構人気なんだよ。...んー?あ、そっか、そこについても話しておないとね、リュージ今コーヒーって言ったでしょ?」
「ああ、言ったけど、これコーヒーじゃないのか?」
「なんて言ったらいいのかな、コーヒーって言うのはリュージの世界での呼び方だよね?この世界に来た時に、文字とか物、あと言葉なんかがリュージにも分かるように翻訳されて聞こえるようになってるんだよ。私の話してる言葉も違う言語なんだけど何て言ってるのか分かるでしょ?だからこのコーヒーもそう、私は今も普段通りに名前を呼んでるけどリュージにはコーヒーって聞こえてる。結構大雑把なのとかもあるみたいなんだけどね。」
確かに、何も疑問に思ってなかったけど明らかに日本語じゃない文字も読めてたし、屋台のおっちゃんとかも見た目本物のクマだったのに言ってる事も分かったな。
「それでね、まず今私達がいるこの場所、ここはリュージの住んでいた世界じゃないの。ここはレットガンド、約6000万年くらい前に創造神様が作った色んな種族が住む世界、今私達のいる場所はこの世界の中心にあるって言われてる聖樹と、その周りの聖樹の森に隣接して作られたリエルって街の端にある集会場エリアのギルドだよ。」
「異世界...だからディルーナは初めて会った時に、ようこそ異世界にって言ってたのか。」
「そう、私はレットガンドとは違う世界、えっと地球だっけ?そこからリュージ達が来るって知ってたんだ。それとごめん、リュージ達が元いた場所に帰れるのかは私には分からないの。創造神様の声が急にそれぞれの聖地のギルドマスターに届いてね?『これから各聖地に差はあるが、異世界より人間を2人ずつ送る、お主達にはその異世界人達をサポートをしてもらいたい。そのために自分が信頼できると判断した者を2人選び連れてくるのだ。さすればお主達に神託と私の加護を授けよう。』って言われてたらしくてさ、各聖地のマスターと選ばれた2人、合わせて3人ずつしかこの世界にリュージ達が地球から来たってことを知ってる人はいないの。」
「元の場所に帰れるのかわからない...か、創造神様から神託が来たってのは分かった、けどそれはどう言った内容なんだ?それに俺意外にも地球から送られてきた人がいるみたいだけど、俺があそこに現れるってディルーナは初めから分かってたみたいだった。それも神託に関係してるのか?」
そう言うとディルーナは始めに出会ったときに持っていた看板を持って来る、そこには相変わらず何が書いてあるのか全く読む事ができない文字が十列綴られていて、ディルーナは一番下の列を指を差す。
「この看板は、神託を受けたときにギルドマスター達に送られて来た物で、ここに書いてある文字はそれぞれレットガンドに来る異世界人の名前と、いつ何処に現れるかが載ってて、神託を受けた人が触れるとより詳細な情報が映るようになっているの。この一番下に書いてあるのがリュージの名前で、一人一人にギルドマスターが選んだ優秀な、そう優秀な!サポーターが選ばれて、リュージの担当が私なの。」
少しどやっとした顔でこちらを見てきたディルーナは飲み干してしまった甘さMAXコーヒーを新しく作りながら神託についての話を纏めてくれた。
この世界にある封印していたはずのロストアイテムがここ最近になって不穏な気配を醸し出してきていて、その影響が別の世界にまで少しずつ現れ始めている。
昔は自身の手で封印する事ができたが、今では神としての格が上がり、下手に自分がこの世界に直接干渉すると生態系だけでなく最悪この世界自体を滅ぼしてしまう可能性がある。
なので、事後承諾で申し訳ないがこの世界の調査をしてもらうために、別の世界から力を持った人間を何人か送り出すことにした。
ロストアイテムの捜索はしてもらいたいが溢れ出している力はすぐに影響を及ぼすわけではないので、ゆっくり力に慣れていってからやってもらって構わない、送られてくる異世界人達はそれぞれ強い力を持っているが人格なども配慮して先に私の方で選んだ者達のみを送るので自由に過ごさせていても何ら問題はないだろう。
いつ、誰が、何処に現れるかはこの看板を見れば分かるようにしておくから、人を付けて可能な限りサポートして欲しい。
と言うことらしい。
「ロストアイテムか、確かGGOの商品紹介のところにも出てたな、なあディルーナWorld DominataとかGOLD GRAPPLINGってワードは聞いたことあるか?」
「わー...ごる?...うーん聞いたことないなー、もしかしたらギルドマスターが知ってるかもしれないから後で聞いてみよっか、何か知ってるかも。」
「そうだな、あとは俺以外の送られて来た人たちに会うことは出来るか?」
そう聞くとディルーナは持っていた看板の一番上の文字列に指を当ててこちらに向けてくる。
「ここに送られてくる人たちのことが書いてあるってさっき言ったんだけど、実はこの世界に送られてくるのにもかなり時間差があるんだ。この人なんか40年も前に来たみたいなんだよ」
「40年だって!?そんなに差があるのか。」
「それと、聖地は5つあって、各聖地に異世界から2人送られてるみたいなんだけど、聖地同士の距離がかなり離れてて、なかなか他の人についての情報とかが入りづらいんだ。」
「そうなのか。それぞれの聖地に2人ってことは俺の他にもう1人ここに送られて来てるんだよな?その人に会うことはできるか?」
「うん会えるよ、ただ確か今ユキちゃんクエストを受けて聖樹の森からは離れてたはずなんだよね、しばらくしたら帰ってくると思うからその時にまた紹介するね。」
「ユキちゃん?ってことは女の子か、いないんじゃどうしようもないもんな。帰って来たらお願いするよ。」
「任せて!ユキちゃんとは結構ご飯とか食べに行ってるから仲良いんだよ。」
そんな感じでディルーナと話していると、二階に繋がる階段から降りて来たガタイのいい60代くらいのおじさんがこちらに気づき向かって歩いて来た。
「おう!ディルーナ、とそっちの坊主が例のリュージか?俺はここのギルドマスターをやってるグランだ。いきなり創造神様に連れてこられて戸惑ってるだろうが、まあ俺たちもサポートしてくから安心してレットガンドを楽しんで行ってくれや。」
「あ!ギルドマスターやっと暇になったんですか?」
「馬鹿言うな、俺はいつだって忙しいんだよ、今日だってこの後酒場に行くって大事な仕事があんだからよ。」
「やっぱり暇してるじゃないですか!そんなことよりリュージさんのギルドカードの手続きとか早くやってくださいよー。」
「そういえばそうだったな、じゃあとりあえず話は奥の部屋でするか。」
そう言ってグランは歩いていき執務室と書かれた部屋に入って行くので俺とディルーナもその後について行った。