3話 水晶の洞窟
頭の中に、あの意識を失う時に聞いた耳鳴りを感じながら薄暗い空間で目を覚ました。
「いっ...つつ、ここは?俺はGGOを起動して、なんかいつもと違う感じがして、そうだ!ログアウトを!」
そう言いつつログアウトボタンを探すが、どこを見てもメニューを表示するためのバーが存在せず、あたりを見渡しても視界に広がるのは薄暗くモヤのかかった薄暗い空間が続いていることくらいしか分からない。
「メニューバーもないしここはどこだか分からない、体は問題なく動くけど...あれ?そういえば俺キャラクターメイキングもしてないのに何でアバターがあるんだ?それに顔は確認できないから分からないけど体の方はいつも通りで全く違和感がない、いや、違和感がなさすぎる。」
その場で跳ねてみたり軽く体を動かしてみるが全く違和感がない、それどころか疲れた感じがない。
自慢にならないが俺は運動神経がそこまであるわけじゃない、仕事で体を動かすけれどあくまで人並みの体力しかないはず、なのにここでは普段より激しく動いたとしても疲れる様子が無い。
それに自分の服装を見るにヘッドギアを付けたときの服装がそのままだと言うことも疑問に思う。
「フルダイブ型のVRMMOは開発されてから時間は経っているとはいえ、使用者の体を今着ている服に至るまで完全再現なんてことはできないはず、それにここまでに感じてる体の動きに全く違和感がないし疲れた感じもない、この空間の中でも普段通りに動けているなんて、やっぱりここはGGOの中なのか?」
しばらく体を動かして現状を把握したところで、視界の端の黒いモヤがかかっている場所の中に薄らと光みたいなものが見えた気がした。
「あそこ何か光ってる気がするんだよな、ここにいても何にも無いみたいだしちょっと行ってみるか。」
俺は視界が完全に遮られるわけではないが、ちょっと気になるくらいにモヤがかかっている空間に足を伸ばし、光のほうに向かっていく。
「そういえば全く疑問に思ってなかったけど、何の光源も無いのに何で俺の体はしっかりと認識できてるんだろう。あそこで光ってるモヤに気がつくまで全く気にならなかったな。」
ふとそんなことを思いながら歩いて行くと光がかなり近づいてきていた、始め見たときは遠くで光っていると思ったが案外近くで光っていたらしく、その場所に着くのに対して時間は掛からなかった。
近づいてみると光源は足元にあるらしく、さらに近づいてみると大きさは拳より少し大きめの光った玉が無造作に転がされる様に地面に落ちているのに気がついた。
「何だこれ、光ってる玉にしか見えないけど、何かのアイテムとかなのかな。うわ!」
そう言って俺は何も疑問に思わず光の玉を拾い上げる。
その瞬間光の玉は今見ていたよりも激しく光り始め、次第に視界に入れておくのも辛いくらいに光が強くなっていく。
目を閉じ慌てて手放そうとするが、体は俺の意思に反して光の玉を手放す気は無い様で、しっかり握り締めたまま離そうとしない。
しばらくすると光が収まってきたのを確認したので、薄らと目を開ける。
すると手の中には光の玉は無く代わりに右手首のところには、数カ所窪みがあり、その周りからぐるりと一周する様に見たこともないくらい細かい装飾が掘られた黒いリングが嵌っていた。
「うわぁ何かまだ目がチカチカする気がする、けどこのリング何だ?さっきの光ってる玉がこれになったんだろうけど何の説明もないし急に手首に嵌ってるし、まさかこれ、取れないなんて事はないよな?」
そう言ってリングに手を伸ばすと何の問題もなく手首から外れる。
「いや、取れるのかよ、こう言うときは何か呪われたアイテムみたいに外れなくなるのかと思ってたんだけど。まあ取れるなら別に付けておいても良いか、こういった装飾品は付けた事ないけど悪いデザインじゃないしな。」
リングを付けたり外したりしているといつの間にか視界に入り込んでいたモヤが晴れていたことに気がついた。
「あれ?視界が開けてる、と言うかここ洞窟の中の広い空間みたいだな、壁のとこにある水晶が光ってるからあたりが見渡せる様になってるのか。いや、しかしこの水晶すごく綺麗だな、こんな綺麗なのは博物館でしか見たことない。」
視界に入り込んできたのはそこまで薄暗くなく、ある程度広い空間がある洞窟の様な場所で、あたり一面に光を蓄えた水晶が生えている空間と、奥に続いているのであろう同じく水晶に照らされた道が見える。
水晶に近付いて確認してみると、ただの水晶ではなく、触ってみると少し暖かさを感じられ、中に蒼白く光る芯の様なものが入っていることに気がついた。
「中に何か入ってる様に見えるけどこれどうなってるんだろう、単体だと薄くぼんやりとだけど、こうして大量にあると結構明るいな。それにほんのりとだけど暖かさを感じられる。これかなりすごいな、フルダイブ型のVRMMOはいくつか遊んできたけど、どれもここまで精巧に空間と感触を再現できてはいないはず、それをここまで作り込んでいるなんて。」
暫くの間洞窟や水晶に感動してこの空間でうろうろしていると、洞窟につながっている道の方から何かゴトッと音が聞こえてきた。
「ん?今音がした様な、もしかして早くあっちの通路を行けってことか?まだこの空間に興味があるけど仕方ない、そろそろ進めてかないと今どうなってるかも分からないし先に進むか。しかしグラフィックの出来は凄いけどチュートリアルにしてもちょっと説明がなさすぎる。」
水晶のある洞窟はドーム状になっていて、視界に見えている限り一本道しかない、つまり俺は一番最初にあそこの場所でスポーンしたんだということがわかる。
水晶のおかげで明るい道をそれなりの距離歩いていくと、奥の方にかなりの時を放置されていたであろう年季を感じさせる重厚感がある鉄製の扉が見えてきた。
その扉の隣には何かが当たって砕けたのであろう大きめの人型の石像と、その石像のちょうど心臓のあたりからこぼれ落ちている拳大の赤い宝石と、石像が持っていたとしたらかなり昔に作られているはずなのだが、全く古さを感じさせない見事な作りの長剣が落ちていた。
「おー、この扉とか石像もよく作られてるな、にしてもさっきの音はこの石像の壊れた音だったのか。宝石と剣が落ちてるのはありがたいけど、できればこの石像がしっかりとした姿を見たかった。まあ壊れてしまったものはしょうがない、これはありがたく貰っておこう。」
石像に近づき落ちている赤い宝石を拾い上げると、宝石は一瞬ポリゴンの様なものを出して姿を消した。
その現象に驚き剣の方にも触れてみると、同じ様に剣も消えてしまった。
「ちょっ、剣も宝石も消えたんだけど、これどこかに収納されたりとかしたのか?」
慌てて先ほど見た剣をイメージして取り出すと念じてみると、視界に長らく見ていなかったメニュー画面の様なウィンドウが映り、そこにはアイテムリストと表示され、先ほど触った『紅の宝石』と『朽ちた王の長剣』という名のアイテムがリストに映し出されていた。
リストから『朽ちた王の長剣』を選択すると、取り出すか装備するか聞いてくるウィンドウが出てきたので迷わず装備する。
するとウィンドウは消え、手元にはいつの間にか先ほどの長剣が握られていた。
「やっぱりさっき消えたのはアイテムとして獲得したからなんだな、それにリストは考えるだけで操作もできるみたいだし、かなり便利だな。しかしこの剣、触った瞬間に消えたからよく確認できなかったけど、改めて見てみると良くできてるな、本物の剣は見たことないけど普段使う刃物と全く違いがない様に見える。しかも見た目に似合わず重さもそれほど重すぎなくて、まるで昔から使ってきたかの様な握りやすさなのも良いな。」
その名の通りに剣を装備した俺は試しに剣を振っていると、ふと気になったことがあり近くに転がっている石像の破片、と言っても人の頭くらいの大きさはある石に剣を当ててみる。
それなりの力を込めて剣を振るい、剣が石に当たると、甲高い音とともに石が二つに割れる。
少し驚きながら剣を確認するとそこには刃こぼれ一つすることなく美しい銀色のままの剣がそこにはあった。
「剣の耐久を確認しようと思って振ったのにまさか石の方が割れるとは思わなかったな。しかも剣の方には刃こぼれどころか耐久が削れた様には見えないなんて。これチュートリアルの段階で手に入る武器じゃないだろ。この洞窟抜けたら回収されたりするのか?使いやすいしデザインもかっこいい、できればそのまま使いたいんだけど。」
そう言いながら軽く剣を振るっていると、剣の先が壁から出ていた水晶に甲高い音を立てぶつかり、持っていた手に軽い衝撃が伝わってきた。
その時生え方のバランスが悪かったのだろう、ぶつかった先の水晶が周りの岩ごと根本から崩れ落ちた。
「おっと!あんまり抜身の状態で剣を持ってるのも良くないか、あの石像が鞘とか持ってないかな、それよりもこの水晶採掘できるのか?」
崩れた水晶を拾い上げると、先ほど宝石や剣とは違い収納されることなく手元に残されている。
疑問に思い収納と念じてみると、手元にあった水晶は一瞬ポリゴンの光を出して姿を消し、アイテムリストの中に『追憶の封水晶』と表示されたアイテムが追加されている。
剣や宝石の方は勝手に収納に入っていたけど、どうやらアイテムは念じれば収納にいれることができる様だ。
「追憶の封水晶、どういうアイテムかはわからないけど確かGGOって自分の拠点みたいな所を作って自由に弄れるんだよな、これ見た目も綺麗だし何に使えるかわからないけど集めておくか。」
昔からこう言ったフィールドのアイテムを集められるゲームではついつい時間を忘れてアイテム採取ばっかりやっていたせいで、こう言ったアイテムを見つけると収集欲が刺激されて収まらなくなる。
元の道に戻り、始めにいた広い空間の水晶から無心になって手に入れた剣を使って掘り進める。
一つ水晶を取るたびに少しずつ薄暗くなっていく中をひたすら堀り進めると、扉の所まで到達した。
後ろを振り返るともう真っ暗で何も見えないが、ここにくる人がどれくらいいるかは分からないけど、多分ここに来る事はほぼないだろう、そう確信できるほど長い時間ここにいて掘り続けていたと思う。
この扉の前まで来てやっと剣の鞘を探そうとしていたことを思い出したので、初めより少し薄暗くなった石像の近くに向かっていく。
壊れている石像に近づくと、改めて精巧に作られた石像の迫力に圧倒された。
「にしても採取してた時の感触もこの空間も全くゲームの中だってことを感じさせない作りになってるよな。没入感がすごいってことなんだろうけど、これはなんかいつもと感じが違う気がする。」
石像を漁っていると、ちょうど腰のあたりに鞘があるのを見つけた。
剣を腰につけた鞘に納めながら石像を漁っていると、布の袋が一つと中に薄く緑色に光る液体が入った試験管を3本見つけることができた。
「この緑色の薬品は見た感じ回復薬っぽい色してるけどどうなんだろう、試してみないと分からないな」
そうして石像と扉前の水晶を全て取り終わり、採取した水晶を手に持ち光源として使いながら扉の前に立つ。
「あらかた採取は終わったことだしこの扉の奥も調べに行くか。でも水晶もかなりの数取ったけどこの剣全然磨耗してる様には見えないな。こういったことでは耐久値は減らないのか?それともかなり硬い材質で出来てるのか。他の剣を見てないから何とも言えないけどこの剣にはしばらくお世話になりそうだな。」
剣を鞘に戻し鉄扉に手を添えると力を込める、するとズズっと重い音を立てながら扉が開く。
「ここは...今までの洞窟と違って人工的な広い空間だな、一体いつになったらここから出られるんだ?」
扉を抜けると高い天井に広めの空間が広がっていて、洞窟の中とは違い光源は確認できないが周りをギリギリ見渡せるくらいには明るい場所だった。
警戒しながらあたりを見渡し進んでいくと、ちょうど空間の真ん中あたりに、腰くらいの高さに石が迫り出しており、近づいて見てみると何やら手の形に窪んだ跡と読めないが恐らく文字であろう模様が書かれている。
「広い空間に出たし敵とか出てきて戦闘とかあるかと思ったけど、特にそう言った事はないみたいだな、この石以外に何も見つからないし、とりあえずこの石に手を置けばいいのかな。」
そう言って右手を石の手形の部分に合わせると、その瞬間置いた手を呑み込む様にして石の中に手首まで埋まってしまい全く動かすことが出来なくなってしまった。
慌てて引き抜こうとして腕を動かしてみるも、固定されたしまっていてどうにもならず、うだうだとやっていたら手の埋め込まれている石に向かって、部屋中の壁から青い糸状の光が地面を流れる様に伝って集まって来た。
「しまった!何かのトラップか?いや、落ち着け、手が動かせない状況で焦ってもどうしょうもない。」
状況を見ようと静観していると、次第に集まった光によって石も同じ様に青く光っていき、それに従って何も感じていなかったはずの右手に熱と痺れた時に感じる様なむず痒い痛みを感じる様になってくる。
「っ!次第に手が熱くなって来たし、騒ぐほどじゃないけど軽い痛みみたいなのが...痛み?」
?...最初から感じてはいたがここにきてやっぱり何か引っかかる、これはゲームの中のはず、確かに今のVR技術なら海中だろううとマグマの中だろうとまるで本物の様に再現する事はできる。
けど再現されるだけで実際に熱や痛みなど直接的に干渉される様な事はないはず、だというのに何だ?
今落ち着いて手に集中してみると確かに熱も痺れる様な痛みも感じている。
「ここにくる前のあの黒い場所でも感じたけど、まさかGGOが最新のゲームだからって言ってもここまでしっかり感覚を再現するなんて...」
そう考えていたら石の光が収まりまるでぬるいスライムのなかに包まれていた様な感覚を残し右手が下から押し出される様にして石の中から出てくる。
「この出てくるときの感触もそうだ、こんな気持ち悪い感触を感じるなんていくら何でもおかしい、右手は特には違和感はないけど。」
手首を回しながら違和感を確認していると、ふと手を今まで置いていたところにあった、先ほどまでは模様にしか見えなかったものが今は。
【インストールが完了しました、集会場へお送りします。】
模様としてしか認識していなかったのに、今ではしっかりと文字として読み取ることができた。
「インストール...あれ?この石に書いてあったのって日本語じゃなかったはず、いや今見ても日本語じゃない、なのに読める?それに集会場、それって...」
そこまで言ったところで、ふわっと体が浮き上がる様な感覚がしたと思ったら、今までは洞窟に、広い空間と薄暗く自分以外が音を発する事が無かったために油断仕切っていた視界と耳に、大きくダメージを与える様にして、その光景は映り込んできた。
「...は?」
龍二がいなくなった後の静まりかえった空間においてある石の台には、見たこともない文字であるが。しっかりと読み取れる文で。
【これからの貴方の行く道に幸多からんことを】
そう表示されると石は崩れ去り、後に残されているのは薄暗い中にただ崩れた石が積まれただけのもの寂しい空間だけだった。