4話
「推理をするには、まずは現場検証からです」
「現場検証?」
クリスティアさんは不審げにそう繰り返した。
彼女は俺の背中にぴったりと張り付くようにして歩いている。「いつでも斬れるように」ってことらしい。
手が自由に動かせるようになったはいいけど、これはこれで拘束感が半端ない。
「とにかくまずは事件が起きた大階段のところまで案内でしてもらえます? もう一回よく見ておきたいので」
「……見るだけだからな」
彼女に何度も念押しされながら俺達は先程の城下町へと降り立った。
さすがこの国の首都、昼前という時間帯も相まって大勢の住民でごった返していた。
エルフやオーク、リザードマン、そして人間。さまざまな種族が、まるで寄せては返す波のように流れていく。
互いに容姿が全然違うのに、皆が相手を自然に受け入れ、語らい、触れ合っている。
やっぱり、ここは異世界なんだ。そう俺は改めて実感した。
「ところで、クリスティアさんはソフィアさんの第一発見者だそうですね。どういう状況で見つけたか教えてもらってもよろしいですか?」
「……その時は深夜の見回りに行ってた」
無言で歩くのも間が持たないので、参考までに尋ねてみると、重々しい口調で彼女は喋り始めた。
深夜の見回り……そんなものがあるのか。
「日が出る頃に任務を終えて、あの女子兵舎に戻ってきたら……階段下であの子が倒れていた」
「日が出る頃……深夜の見回り……」
ちょっと引っかかるな。
具体的な時間は不明だが、ソフィアさんが被害に遭ったのはおそらく昨日の深夜。見つかったのが早朝……。少し時間がかかりすぎている気がする。
周囲に街灯らしきものはないから、暗かったせいで発見が遅れたとか? とはいっても、見回りしてる人がいるのであれば、すぐに見つけられてもいいようなものだが。
ということを訊いてみると、彼女は淡々と理由を説明した。
「それは、見回りをするエリアにあの大階段周辺が含まれていないからだろうな」
「そうなんですか?」
「兵舎内は兵舎内で見回りがいるし、外で何かあればすぐに飛んでいける。だからあえて人員は配置していないんだ」
なるほど。わからなくもないな。だが逆にその手薄になっている隙間で被害が発生してしまったわけだ。
「あなたが見回っていた時に怪しい人物とかは……いなかったですよね」
「アホか。いたらその時点で捕らえてるに決まってるだろう!」
「ですよねー」
「だが」
ぴた、とそこで女騎士は足を止めると青空を見上げて感慨深そうに呟いた。
「もしかしたら、私の目が節穴だった……というのもあるかもしれんな」
「え?」
「みすみす犯人を逃してしまっていた可能性も否定できんということだ」
「……意外な回答ですね。自分の不手際を疑うなんて」
「私は懐疑主義者だと言ったはずだ。確実性が保証されないものは、なんであろうと疑う。たとえ自分の行いであってもな」
そう言って彼女は拳を握りしめ、せかせかと歩いていった。
他人に厳しく、自分にも厳しいってスタンスか。ただの自己中かと思ってたけど、どうやら認識を改めないといけないみたいだ。そう思って俺は彼女の後を追いかけた。
そんなこんなで数分後。
俺は自分がこの世界で目覚めた場所に舞い戻ってきた。
「うわぁ、でっか!」
その壁のようにそびえる大階段を見上げ、俺はため息を吐くように感想を漏らした。
つい数時間前にも見てはいたけど、あの時は気が動転しててまともに印象に残ってなかったからな。
さすがにもう野次馬は解散しており、そこには数人の女騎士達の行き来があるだけだった。
しっかし、俺という犯人(冤罪)が捕まったからって、封鎖して調査するとかなんもなしかい。鑑識とかそういうのがないとはいえ、切り替え早すぎだろ。
「ここを上ると、女性騎士団員専用の兵舎エリアだ。そして、今我々がいるのがポートピア大通り。首都の入り口から王城まで直結している道の一つだ」
そんな俺の隣で、ガイド宜しくクリスティアさんが現在地の説明をしてくれる。
「さっきの騎士団本部もそうでしたけど、この国って結構場所によって標高差があるんですね」
「ああ、区画ごと……とりわけ一般市民エリアと軍事エリア、そして王城の周辺ではこのように大階段が設けられている。敵国が攻め入ってきた時に簡単に侵攻させないようにするための工夫だ」
「なるほど」
その工夫のせいで兵隊さんが被害に遭うとは、なんという皮肉な結果だ。
「で、検証はしなくていいのか?」
「あ、すみません」
いけないいけない。観光に来てるわけじゃないんだ。はやいとこ真犯人に繋がる糸口を見つけないと。
俺はかぶりを振ると、さっそく捜査に取り掛かった。
大階段は見た感じ4、50段くらいはありそうだ。
あの一番上からソフィアさんは突き落とされ、そのあと階下で頭を棍棒で殴打された……。
もしこれが同一人物の犯行だとした場合。犯人はどういった意図でそんなことをしたのだろう。
そんなことを独り言のように呟いていると、女騎士が呆れたように言ってきた。
「だから、さっきも言っただろう。彼女に恨みがあって、確実に殺したかったからだって。まったく、用意周到な真似をしてくれる……」
「うーん、その仮説も考えてみると結構おかしいところが出てくるんですよ」
「はぁ? 何がだ?」
「だって、確実に殺したいって割には、殺せてないじゃないですか。実際」
「……あっ」
クリスティアさんは肝心なことを忘れていたのが恥ずかしかったのか、少し顔を赤らめた。
「もし念には念を入れての棍棒殴りだったら、もっと徹底的にやるでしょう。それこそ頭が原型とどめないくらいぐちゃぐちゃになるまで。だけど、ソフィアさんは結局少しの間気絶するだけで済んだ……恨みがあってやったにしては随分詰めが甘い」
「……殴っている最中に、誰かに見つかりそうになったから中断せざるを得なかったのではないのか?」
「それもないですよ」
「なぜわかる?」
「ソフィアさんが見つかったのは今日の朝方でしたよね。でも彼女が階段から落ちたと言っていたのは昨日の夜……ぐちゃぐちゃにするには十分な時間があったはずです」
「む……」
「それに、そこまでやるほど恨みが強い奴に、周囲に気を配る余裕なんかあると思いますか?」
クリスティアさんは答えなかった。
とにかくこれで、怨恨の線ではない可能性が強くなったわけだ。だから、なおのことそいつの行動に疑問が残る。他に考えられるのはなんだ?
突き落とした後、まだソフィアさんには意識があったことに気づいた。そして助けを呼ばれることを恐れて一発食らわせた……とか?
まぁ色々あるかもしれないけど、忘れちゃいけない点が一つ。
ソフィアさんの着ていた鎧。本人が転がり落ちたと言っているのに、傷やへこみが一切ない新品同様の状態だった。
これが犯人の行動とどう絡んでくるかだな……。
「……ん?」
すると目の端に、階段の隅の方で何かが小さく光ったのが映った。
なんだろう? 不思議に思った俺は、引き寄せられるようにしてその光る何かの元へ歩を進めた。
「これは?」
拾い上げた「それ」を俺はまじまじと見つめる。
鉄製で、手のひら大のプレートのようなものだ。
長方形をしたそれには茶色い枠縁が取り付けられており、内部には数字のようなものが印字されていた。
「31……73?」
驚いた。こっちの世界でもアラビア数字が使われてるんだな。
と、それはさておき。俺はクリスティアさんを呼んでそのプレートを見せると、彼女は目を丸くした。
「これは……アーマーの個別番号プレートだな」
「こべつばんごう?」
「騎士に支給される鎧とか武器には、それぞれ誰の所持品かを判別できるようにこういうプレートがつけられているんだ。他の仲間と取り違えになったりしないようにとか、落とした際にはすぐに持ち主を見つけ出せるようにとかな」
「なるほど……鎧についていたプレート。でも、なぜそんなものがここに落ちてるんでしょう?」
「さぁ……溶接してあるはずだから、そう簡単に剥がれることはないはずなのだが……」
……ほう。これはもしかしたらかなり有力な手がかりを見つけちゃったのかもしれないぞ。
半端な力じゃ剥がれないプレートが落ちている。
ここから導き出される答えは……。
「……そうか、そういうことか」
俺の中で、一つの謎が砕けた。
「クリスティアさん。これもしかして、ソフィアさんの鎧のプレートじゃないでしょうか」
「ソフィアの? どういうことだ?」
「ソフィアさんが階段から落ちたというのは間違いなく本当です。そしてその衝撃で、このプレートが剥がれてここに置き去りにされた」
「ちょっと待て! 療養所の鎧にはきちんとプレートがついていたぞ! それに、その仮説ではソフィアの鎧に傷がついていなかったことの説明がつかない!」
「説明ならつきますよ」
俺はニヤリと笑うと、彼女にそのプレートの数字を軽く指でなぞって言った。
「鎧を着せ替えればいい」
「きせ、かえ?」
女騎士の目が点になった。
確かに、突飛すぎる推理ではあると自分でも思ってる。だが状況を見る限りそれ以外に考えられない。
「犯人はソフィアさんを突き飛ばした後、階段下まで追いかけていったのはそのためです。突き飛ばされてから発見までの時間を考えると、それくらいの余裕は十分にある」
「いやいやいや、確かに辻褄は合うかもしれないが。鎧を着せ替えるなんて相当な手間だぞ? そこまでしなければならなかった理由はなんだ?」
「それは当然、ソフィアさんがもともと着ていた鎧に、犯人を特定できる決定的な証拠が残っていたからでしょう。だから犯人はそれを処分しないといけなかった」
「鎧に証拠が……?」
信じられないといった表情で、彼女は口元に手を当てて考え込む。
「でも……だったら、剥いだ鎧をどこかに隠すなり捨てるなりするだけでいいではないか。わざわざ別のを着せる意味は?」
「きっと、鎧がなくなっていることに気づかれること危惧したのだと思います。そうしたら捜索が始まっていずれは見つかってしまうかもしれない。でも着せ替えておけば、その心配は無用。現にあの場で俺が指摘するまで、誰も気にも留めなかったでしょ?」
「むぅ。それは確かにそうだが……」
ただ、肝心の証拠が何かはまだわからない。
この世界は、警察ほどの捜査技術はない。だから自分の指紋とか血とかが付いたくらいじゃ、犯人はアシがつくとは思わないはず。だとするともっと大きな、一目でそれと見抜けるような証拠…………うーん、なんだろう。
「よし、クリスティアさん。ひとまず第三騎士団本部に戻りましょう」
「え? もうここはいいのか?」
「はい。ひとまず、このプレートの番号がソフィアさんの鎧のものかどうかを本人に確かめないと」
◆
「私の鎧の個別番号……ですか?」
療養所に戻り、俺達はさっそくソフィアさんに例のプレートを見せていた。
「ええ、おそらく今ベッド脇に鎧は犯人があなたを襲った後につけさせたもので、本当はこのプレートの番号の鎧である可能性があります」
エルフの少女はしばらく唸っていたが、やがて落胆したように肩を落とした。
「ごめんなさい……わからないです」
「わからない? というとまた覚えてないっていうことですか?」
「いえ……そうではなく……」
ふるふると彼女は首を横に振って否定すると、恥ずかしそうに告白した。
「私結構ガサツな方なんで……どの番号が自分の鎧かってのをあまり把握してないんです」
「……おーう」
マジかよ。忘れてたんじゃなくて、そもそも記憶してないってことかい。その事実に俺は思わずため息。
「ごめんなさい、せっかく私のためにやってくれてるのに」
面目ないといったように、ソフィアさんは顔を赤くしてそう謝ってくる。
別に責めるつもりはないけどさ、本人がわからないんじゃどうしようもないよ。これで手掛かりが意味をなさなくなった……振出しに戻ったか?
と、思っていたその時である。
「それなら、直接番号登録書類を確認すればいいんじゃないかな?」
背後からさわやかな好青年の声がし、俺達は一斉に振り返った。
そこにはやはりさわやかな雰囲気を漂わせる、若い男性の騎士が立っていた。
「ライアさん!」
第三騎士団長は軽く俺達に会釈すると、近くにあった椅子に腰かけた。
「どうだい、探偵さん。捜査の方はうまくやってるかい?」
「ええ。おかげさまで。それでライアさん、番号登録書類って?」
「その名の通り、各鎧の番号とその持ち主が記されている書類だよ」
……へぇ。
「そんなのがあるんですか」
「そりゃもちろん、備品全体の管理はできるようにしておかないといけないからね。あとはソフィアみたいに番号を記憶してなかったり、あるいは間違えて覚えたりする場合もあるわけだし。大本となる資料は揃えておくのは当然だよ」
確かに、考えてみればそれもそうだ。
じゃあそれを確認すれば、本来の持ち主がわかるってわけだ。
「ライアさん、その資料はどこに?」
「基本的に各兵舎にある武具保管庫にあると思うよ。ただ、保管庫への入室には副隊長クラス以上の者の許可がいる。今回は僕が出すよ」
「そうですか、ありがとうございます!」
あっさりと許しをもらえた俺は、腰を90度折って謝辞を述べた。
それをライアさんは手をひらひらと振りながら笑い飛ばす。
「いいっていいって。捜査に必要なんだろう。なら僕も協力は惜しまないさ。でも、なぜ登録番号の照会を?」
「ええ、実は……」
俺は事細かに大階段前での現場検証の結果を報告し、そこで見つけたものを彼に見せた。
「これが、そのプレートです」
「なるほど……そういうことか。確かに、色々調べなければならないことはありそうだね。さすがは探偵さんだ」
「光栄です」
ライアさんはまじまじとそれを見つめた後、俺に返却して立ち上がる。
「じゃあ僕は許可証を用意してくるよ。少し時間がかかるけど、君達はどうする? ここで待ってるかい?」
「いえ、でしたらその間に少しやっておきたいことがあります」
「やっておきたいこと?」
聞き返された俺は待ってましたと言わんばかりに、満面の笑みで答えた。
「聞き込み調査ですよ」