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異世界で探偵って需要あるんですか?  作者: 啄木鳥津月
File3:おカシの家の挑戦者
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14話

 さて、ここから先は後日談だ。

 

 あれから数週間後。

 俺達はあいも変わらず今まで通りの探偵生活を送っていた。

 依頼の方も、雑用レベルのものはわんさかと来てそこそこ忙しいものの、淡々とそれらを捌いていく日々。

 でも少しだけ変わった点があった。

 それは……

 

「さて、今日の報告書もこれで終わりっと」

「お疲れ様、カイト。今お茶を淹れるからな。今日はいい茶葉をもらったんだ」

「ありがとう、でもいつもやってくれてるからたまには俺が……」

「いいんだ、これも助手の務めだからな。それに、カイトがいつも美味しいって言って飲んでくれるの……結構嬉しいんだぞ?」

「そ、そう……? じゃあ、頼むよ」

「ふふっ。任せてくれ、頑張り屋な探偵さん」

 

 ティアも俺も、よく笑うようになった。

 それに会話も、これまで以上に弾んでいる気がする。

 以前も別にぎこちなかったわけではないけど、それでも……こんなふうに彼女と過ごす日々が楽しいと思えるようになったのは間違いない。

 探偵生活を始めてそこそこ経つが、ティアのおかけで助かったり解決の糸口に繋がる場面は依然往々にしてある。

 それを色々思い返していると……なんだか、自分の中で彼女という存在がどんどん大きくなっていくのを感じるな……これが幸せってやつなんだろうか。

 キッチンで鼻歌を歌いながら湯を沸かす助手の後ろ姿を見つめながら、ふとそんなことを思った。

 って、何考えてんだ俺。そりゃ彼女は強いし、頼りになるし……それに魅力的だけど、それは助手として、だから。変な意味はないから。あくまで上司として信頼を寄せてるってだけだから!

 変な雑念を振り払うように、俺は気分転換に机の上に置いてあった、今日の朝刊を手にとって広げた。

 ジェネレイドは平和な国。なので新聞に載る情報も取るに足らないことばかり。

 今度博物館で武器の展覧会やるだの、どっかのお偉いさんがなんか賞を取っただの、近所に先日新しくできたレストランが結構評判だの……。

 ……ん?


「ティアー。なんかこのへんにレストランができたんだってー。知ってたか?」

「え、そうなのか? 全然気づかなかった。どのへんだ?」


 ティーセットをトレーに乗せて運んできたティアに、俺はその記事を見せてやった。


「バスカヴィル通り沿いか……結構近いな。ここからなら数分で行ける距離だ」

「だな、そんな大きな店じゃないっぽいけど、結構洒落た外見してるな……」


 そこで俺は壁掛け時計に目を向ける。現在時刻14時45分。ランチタイムとディナータイムが分けられたお店は漏れなくシャッターを閉めるような微妙な時間。

 だが運がいいのか悪いのか、俺達はまだ何も食べていない。忙しさのせいで意識していなかったが、一仕事終えたら段々と空腹を感じ始めた。


「よし、ティア。今日はここでお昼食べよう」

「そうだな、今ならそんなに混んでもいないだろうし」


 意見が合致した俺達は早速支度をし、事務所の鍵を閉め、外出中の札をドアにかけて、そのオシャンな飯屋を目指して出発した。

 

 ◆

 

 バスカヴィル通りは俺達の事務所があるポートピア大通りよりは狭く、人の往来もそんなにはないが、本屋や古物商店、文具店などが多く、見ていて退屈しない場所である。

 そんなところの一角に、そのレストランはあった。

 建物自体は素朴な木造の平屋だったが、壁面にはやたらとファンシーな飾りつけが施されており、ウッドデッキに店外席も用意してある。おしゃれ。

 窓の外から中を見てみると、空席は結構あった。よし、大丈夫そうだな。

 軒先には手製の看板が下げられており、そこには店の名前らしきものがデカデカとした字で主張してきていた。

 

「レストラン……『ヘクセンハウス』?」

 

 レストランなのに名前はお菓子の家かよ。あ、「()()()な店だな」っていうツッコミ待ちか? 

 ……まぁ、飯が美味けりゃなんでもいいや。

 俺は早速、その入口のドアに手をかけようとした。

 その時。

 

「歓待歓迎! いらっしゃいませ~!」


 店内から俺達の存在に気づいた店員さんが、先に開けて出迎えてくれた。


「レストラン・ヘクセンハウスへようこそ! 認識確認、2名様でよろしいですか?」

「……」

「……? 再度復唱、2名様でよろしいですか~?」

「……」

「あの、どうかなされましたか? なんか固まった顔をしてますが」


 その20代くらいの女性店員は、うんともすんとも言わない俺達を怪訝そうに見つめた。

 なんで俺達が何も言わないのかって?

 当たり前だ。

 その女性を、俺達は知っていたからだ。

 忘れるはずもない。髪型も服装も喋り方も完全に変わっていたが、はっきりと誰だかわかる。

 

 

「ヘンゼル……」



 やっと出た第一声は、その人の名前だった。

 間違いない。ヘンゼルだ。ずっと死んだと……騎士団によって殺処分されたと思っていた彼女が……目の前にいた。

 なぜ、どうして彼女がここに? 生きていたのか? まさか死んで蘇ったとかか?

 思いもかけない再会に、俺達はどうリアクションを取っていいか迷っていたが……当の本人はただ小首を傾げた。

 

「? へんぜる? 確認要求………私のこと、でしょうか」

「え? そうだろ……? ヘンゼル……俺だよ、結城界斗とクリスティアだよ! 無事だったんだな。てっきり死んだかと……!」


 だが、そう言っても彼女はますます首を深く傾げる。

 そして。

 

「認識相違……多分、どなたかと勘違いされてると思いますよ。私、ヘンゼルなんて名前じゃないです」

「え?」


 今度は俺達が首を傾げる番だった。

 ヘンゼルじゃない……だって?

 いやいやいや、そんなわけない。最後に別れてから大分経つけど、顔はしっかり覚えてるし、声も同じだ。間違いない。

 もし本当に違うなら……他人の空似? にしてはマジで本人すぎるんだが……君は一体……。

 そう訊くと、彼女は着ていた可愛らしい制服のスカーフを締め直すと、ぺこりとお辞儀をした。

 

「自己紹介、私、このレストランの店主をしております、グレーテルと申します。以後、お見知りおきを」


 グレー……テル……だって?

 俺達は顔を見合わせた。

 その単語も俺達は知っている。あの事件の鍵となったもの……切れない絆の意味を持ち、15年前のファミリア家の惨劇を生み出した花……。それが今の彼女の名前に?

 一体どういうことだよ!? まるで意味がわからんぞ!?


「む……でも、もしかしたら私が以前に会ったお方……ですかね?」

「はい? それはどういう……」


 全く事情が呑み込めていない俺達に、彼女ははにかみながらしれっと衝撃の事実を口にした。


「簡易説明、実は私、記憶喪失というやつでして」


 面食らった。多分鳩が豆鉄砲食ったような顔をしていると思う。

 きおく……そうしつ……。

 おいおいおいなんだって? ヘンゼルは一度記憶をなくして、あの事件の日に取り戻し……その後また全部忘れて改名……?

 

「ど、どうなってるんだカイト……」

「わ、わからん……。あの、ヘン……グレーテルさん……。記憶喪失というのは、どういう……」

「詳細解説、実は私、数週間前にどういうわけかこのジェネレイドで行き倒れていたらしいんですけど……そこをご親切にも騎士団の方に助けていただいたんですよ」

 

 騎士団。

 その言葉が出てきた途端に俺もティアもピクリと眉がヒクついた。

 親切に助けていただいただぁ~? あの欺瞞という言葉を薄っぺらな正義感でコーティングして足生やしたような連中に!? 

 

「それで事情を聞かれても記憶がないもので何も思い出せず、これから先どうしようかと途方に暮れていたのですが……」


 まるで劇を演じているような仰々しい動きで、彼女はバッっと両手を広げて自分の店をアピールした。


「感謝感激、なんと、騎士団のご厚意で、こんな素敵なレストランの経営を任されたんですよ~! こんな見ず知らずの女に太っ腹ですね!」

「……」


 それだけ聞けば十分だった。

 彼女が何故グレーテルを名乗っているか、何故ヘンゼルではないのか。いや……そもそも何故ヘンゼルが生きているのか。

 俺とティアは同時にその答えを小さく口にした。

 

 

「記憶消去魔法」

 

 

 アーガス総長はこう言っていた。「ヘンゼル・ファミリアはもうこの世にはいない」と。

 だがそれは……別に彼女を殺したわけじゃなかったのだ。

 あくまで彼女の中から「ヘンゼル・ファミリア」の記憶を消し去ったのだ。忌まわしき生命魔法の使い方とともに。だからもう、今までの彼女はこの世界にいないということになる。嘘は言ってない。

 あのジジイ……最後の最後までやってくれたなぁおい!

 地団駄を踏んで大いに悔しがってもよさそうなところだが、なんだかもう完膚なきまでにやられたような気がして、もはや俺は肩を少し落とすのみであった。

 

「依然疑問……どうしたんですか、さっきから変ですよ? もしかして本当に……」

「いえ、確かに僕の勘違いでした。申し訳有りません、ちょっと死んだ知り合いに顔が似ていたもので……」

「大体理解、そうだったんですか……。でも、大丈夫です?」

「ええ」


 俺はそれ以上追求はしなかった。

 彼女はもうヘンゼルじゃない。俺の知っている人間じゃないんだ。なら……もう言うことはない。

 

「僭越提案、そういうときはいっぱい美味しいものを食べて満腹になるといいですよ。ここはみんなを幸せにするレストランですから、そのお知り合いさんの分までしっかり食べて、笑顔になっていってくださいな」

「しあわせ……」

「はい、騎士団の方は別にこの家をどうしようと自由だと言ってくれたんですけど……私は迷わずここをレストランにしようと決めました」

「それは……なぜ?」


 ヘンゼル……いや、グレーテルは誇らしげに自分の店を見上げて言った。

 

「幸せって、人によって様々じゃないですか。でも……私にとっての幸せは『みんなで一緒にごはんを食べること』なんですよ」

「!」

「普通に考えれば別に普通のことではあるんですけど、それでも一緒にごはんを食べてくれる人がいるって……とっても素晴らしいことだと思うんです。私自身は何も覚えてはいないのですが……でも、なんとなくわかるんですよ。記憶を失う前の私も、きっと家族と一緒に食事をすることにこれ以上ない幸せを感じていたんだろうなって」

「……」

「だから……このジェネレイドにも、そういう幸せが生まれる場所を作りたかったんです。私以外のみんなにも、それを分けてあげられるように」


 ……みんなで一緒にごはんを食べる。

 それは、紛れもない、ヘンゼルがずっと願ってきた素朴な願い。

 ただそれだけのために、彼女は耐えて、生き続けてきた。

 だから記憶を失い、レズナとなった後の彼女も、心の奥底にあるその願いは変わらなった。

 そして、騎士団による魔法で今度こそ完全に記憶を消去され、別人として再誕した今も……その気持ちだけは心に刻まれていたのだ。

 あの日、偽ファミリア家と一度だけ叶った、みんなとのごはん。そのときに感じた幸せとともに。

 

「っと、謝罪表明、つい聞かれてもいないのに自分語りをば……」

「いえいえ……とても素敵なことだと思いますよ」

 

 俺が素直に褒めると、彼女は恥ずかしそうに照れた。お硬いメイドから一点、随分と年相応なキャラになったもんだ。……いや、確か彼女の年齢は今は25歳くらいだから、むしろちょっと痛々しいというか……いかんいかん、流石に失礼だな。

 なんて思ってたところ、今度はティアが彼女に呼びかけた。


「一つ聞いていいか、ヘン……いや、グレーテル殿」

「? はい、なんでしょう」

「今……あなた自身は、幸せか?」


 会ったばかりの他人にするには奇妙すぎる質問。

 だが、彼女が真剣に尋ねてきていることを理解すると、グレーテルの方も真面目に、それでいて晴れやかな笑顔で答えた。

 


「はい、とっても!」


 

 それを聞いた俺とティアは心から安堵した。

 今まで絶対に見せなかった彼女の満面の笑みを、ようやく見ることができた。

 

「閑話休題、お話はこれくらいにして、どうぞ入ってくださいな。今日のおすすめはアクアパッツァとラタトゥイユですよ~。御夫婦様限定のオトクな割引サービスもございますので是非~」

「ちょ!? 俺達は別に夫婦じゃ……!」

「完全意外、そうだったんですか? なんだか随分と仲良さげだったのでてっきりそう思ったのですが……どうなんですか奥さん?」

「……」

「……いや、否定しろよ!」

「完全理解、じゃあ間を取って恋人同士ということですね?」

「完全曲解の間違いだろ! なんだその砂糖入れ過ぎたら同じ量塩足してバランス取ろうみたいな結論は!」

「はいはい、痴話喧嘩で満腹になられても困りますんで。ちゃんとお腹は料理で満たしてくださいね~」


 後ろに回ってきたグレーテルに背中を押され、俺達はそんな漫才もどきを繰り広げながら店の中に入っていった。


 ヘンゼル、レズナ、そしてグレーテル……壮絶な過去を持ち、何度も名前と記憶を変えて生きてきた彼女は、今ようやく、自分自身で選んだ道を歩もうとしている。その先の未来に待つ、本当の幸せを掴むために。

 この幸せを呼ぶレストランなら、きっとそれは叶うだろう。

 

 そんなこんなで、今日もまた、一日が過ぎていく。

 明日もまた、こんな幸せな日であることを願って。

 

 

 みんなで、一緒にごはんを食べよう。

 

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