7話
「ファウスト達からは何かいい話が聞けたかね?」
屋敷前の広大な庭の道を歩きながら、ヴェルサスさんは後ろからついてくる俺達に背中越しに問うた。
庭には白と紫の花が一面に咲き誇っており、きれいなコントラストの光景を生み出している。
よく見てみると、どれも色が違うだけで、同じ花のようだ。
大きな花弁が重なり合い、まるでお辞儀をするように枝垂れている。なんだかまるで兜のような形だ。
……確かこれって。
「グレーテルの花だ」
俺がまじまじとその花を観察していると、ヴェルサスさんが言ってきた。
「綺麗だろう? 私が生まれる前からこの屋敷に植わってて、以来ずっとここに咲き続けているそうだ」
「はぁ……」
グレーテル……? この花の名前がか?
でも……。
……いや、別にどうでもいいか。
「花言葉は『切れない絆』。その名の通り、夫婦、恋人、友人、そして家族……共に見た者は生涯を通して固い絆で結ばれるそうだ。実に縁起が良いじゃないか。おかげで我がファミリア家も仲良く円満に暮らせている」
「……」
昨日とは違い、今のこの人の言葉はすべてが白々しく思える。
すっかり俺もティアも、見る目が変わってしまった。
ということも、向こうにはお見通しのようで。
「そんなに睨まずとも、話は聞くさ。私は逃げも隠れもしない」
どうやら俺達がいろいろな事実を調べ上げたことはもう察しがついているようだ。
まぁリルムさんの著書を持っているのであれば、それも自然なことか。
少し歩くと、西洋風の東屋のようなものがある場所にたどり着いた。
なんだっけこういうの……ガゼボとかいったっけか?
とにかくそこには丸いテーブルと椅子が数脚設置されており、加えて先客もいた。
「レズナさん?」
彼女は俺達に気づくと恭しくお辞儀。
テーブルの上には、彼女が用意したと思われるティーポットとティーカップが3人前置いてあった。
「長話にはなるだろうし、こうして落ち着いた場所が必要だろうと思ってな」
ヴェルサスさんはそう言いつつ、テーブルの一席に座ると、俺達にも席を勧めた。
「かけたまえ。茶ならセクトのところで飲んできただろうが、レズナの淹れるのもまた美味いぞ」
「……」
ここで意地を張る必要はない。おとなしく従っておこう。
席に着くと、素早くレズナさんが茶をカップに注いでくれた。
とてもいい香りだ。色もルビーが溶けているかのように真っ赤で、見ているだけでも絶品だとわかる。
だが、今はとてもその味を楽しめるような気分じゃなかった。
そんな俺達の心情にはお構いなく、ファミリア家の長は優雅に自分だけティータイムを楽しんでいる。
「して、私に何を聞きたいのかな。もっとも--どうせ『それ』のことだろうがね」
片目だけ開け、彼女はティアが持っている本に視線を向けた。
どうやら、いちいち探りをいれる手間は省けそうだ。
「この本がどういうものか知っている--ということでいいのですね」
「もちろん。愛娘が丹精込めて書き上げた研究記録だ。私も何度も読ませてもらった」
「ここに書かれている内容が禁じられたものである、ということもですか?」
否定の言葉は返ってこなかった。もうそれは肯定の意と受け取っても問題ないだろう。
「生命魔法--命の本質を作り出し、あるいは操る魔法。その研究をすることはれっきとした違法行為だ。それをわかっていながら黙認していたのか、ファミリア卿」
「……」
「それとも、あなた自身も関わっていたのか? ……いや」
少しテーブルに身を乗り出し、ティアは牙をちらつかせるように言った。
「今もその研究に関わっているのか?」
ヴェルサスさんはすました顔をしていたが、やがてカップを静かに置いて口を開いた。
「関わっている、と言ったら?」
「……質問をしているのはこちらだ。まずはご自分の立場をはっきりしてもらおうか」
「もしリルムが、ひいては私がそのような違法行為に手を染めているとして、それが今日まで公にならないのはなぜだ?」
ティアの威嚇を無視して、なおもヴェルサスさんは訊いてくる。
物証だけでなく、推理して反論を封じてみせろ、とでも言うように。
「ここは見ての通り、王都や集落などとは隔絶された、いわば陸の孤島だ。めったに人の出入りがないこの場所で起きたことは、外部に漏れることはまずない。加えてこの大きい屋敷と潤沢な資産があれば、王都の研究施設でなくとも、十分にそれができる環境になりうる」
「不十分だな」
ティアの推理は軽くあしらうようにヴェルサスさんに一蹴された。
「諸君らはまるでここを禁足地のように言うが、人の往来がないわけではない。商人や配達人はもちろん、かつて我々と交流のあった王都の要人達も時折訪れる。出入りはむしろ多くある方だ。それなのに起きたことが外部に漏れないというのは、些か無理のある理由に聞こえるがなぁ」
「く……」
「確かに、本当にここで研究を進めていたのだとすれば、外部の人間をここに招き入れることはリスクでしかない」
苦い顔をする助手にすかさず俺は援護射撃を開始した。
「ですが、外界との関係を一切シャットアウトすることも、またリスクはある」
「ほう……」
「王都で内外ともに名を馳せたあなた達がいきなりこんな奥地の屋敷にこもって、連絡も取らず、来客も許さないでいだら、むしろ逆に怪しまれてしまうでしょうね。きっとなにかよからぬことをやっているのではないかと疑いの目を向ける者も出てくるでしょう」
紅茶の表面に映る自分の顔を見つめ返しながら、俺は続けた。
「そういった疑いを抱かせない程度にオープンな姿勢を取りつつ、かつ自分たちの秘密は固く守り、外部に漏らさないようにするにはどうすればいいか……答えは簡単」
「面白いな。聞こうじゃないか」
「やましいことなど何一つないことを証明してくれるような存在を身近においておけばいい」
そこで紅茶の中の自分から、俺はゆっくりとヴェルサスさんへと視線を移し、告げた。
「例えば、元第一騎士団の人……とか」
ヴェルサスさんの不敵な笑みが若干固まり、口角が下がったのを俺は見逃さなかった。
「悪を決して見逃さない、治安維持と断罪の象徴たる騎士団。その最も上位に位置する、エリート中のエリート。そんな人が近くにいたら、どんな悪人でもおとなしくなるでしょうねえ……。当然その目の届く範囲で違法な研究をするなど、捕まえてくれと言うようなもの。それだけもたらす影響は大きい。」
「……」
「ですが裏を返せば……そんな存在を一人でも自分達の側に引き込むことができたなら……それは大きな後ろ盾となる。その人物を自ら身内に招いたとなれば、ファミリア家は自分に他人にも厳しい清廉潔白な名家であると誰しも思う。些細な疑いの目を逸らすには十分な効果を生んでくれるでしょう」
「……だが」
「もちろん、それだけじゃありません」
なにか言いかけたヴェルサスさんの反論を自らの声で上書きして封じた。
「たった一人抱き込んでも盤石な状態になったわけじゃあない。引退でもしていればなおさらだ。公権力を手放している以上、時の流れとともにその影響力も落ちてくる。でも、もう一つの武器はそう簡単に風化はしない」
「……」
「第一騎士団ていうのは、王族や要人達を警護する仕事が主……だそうですねぇ」
ヴェルサスさんの顔から笑みがみるみるうちに消えていく。じわじわと追い詰められていることがよく分かる。
「だとすると、当然耳に入ってくる。その方々の表に出ていない弱みや失態、汚職、不貞……それらは当人たちが生きている限り、決定的な武器になる。万が一自分達の研究が知られても、それをネタにゆすれば簡単にもみ消せるような……ね」
自分達は巨額の財産と愛娘を差し出し。相手は婿入り道具として決して弱くない自身の立場と、重鎮達の葬り去りたい情報を持ってくる。おかげで研究は問題なく進められるし、向こうも向こうで玉の輿に乗れる。ウィンウィンな関係ってやつだ。
まぁ、色々長く推理はしたが……早い話がこういうことだ。
「セクトさんを婿入りさせたのは……最初からそれが狙いだったんでしょう?」
ヴェルサスさんは答えない。
ただそのどす黒い目で、瞬きもせずにこちらを見つめている。
これも肯定と取るなら……色々辻褄も合う部分が出てくる。
セクトさんとクレスタさんの、一見仲が良いふうに見えるが、周囲の環境と乖離がある違和感の正体。
おそらく二人は、政略結婚。
そしてクレスタさんにとっては……多分望まなかった婚姻。
セクトさんにとっても、妻という存在はこのファミリア家に取り入るためのパイプでしかなかったのだとすれば……納得はいく。
「私の推理はこんなところです。いかがですか?」
固まったままのヴェルサスさんはしばらくその状態でいたが、やがて。
パチパチパチ、と空虚な拍手をし始めた。
「素晴らしい」
そう称賛の言葉とともに。そして、心から可笑しくてたまらないというような笑みを浮かべて。
「探偵という生業。初めて耳にしたものの、いい味で予想を裏切られた。この短時間でそこまで暴いてみせるとは」
直接的ではないものの、その言葉はすべて俺の推察が当たっていることを意味していた。
「確かに、クレスタの婚姻は私が決めたことだ。セクトという都合の良い存在に目をつけ、取引を持ちかけたのも私だ。彼は非常に多くの要人とのコネクションがあったが、案外簡単にオファーは呑んでくれたよ。ファミリア家のネームバリューも捨てたものではないということだな」
まるで仕事仲間に対して言うような評価。だんだんと本性が出てきたな。
こんな事に付き合わされたクレスタさんには同情しかない。
「……では、話していただけますか? 生命魔法の研究について」
「ふむ。よかろう、単純な言いがかりレベルであればはぐらかそうかと思っていたが、十分に合格ラインだ」
どうやら俺達はヴェルサスさんに試されていたらしい。いや、そもそもこの挑戦自体が俺達の探偵としての力を試すためのものだったよな、そういえば。その目的が何なのかは未だに不鮮明だが。
「結論から言おう。生命魔法の研究をしていたのは事実だ」
あっさり認めたな。
まぁここまできてやってませんと言われたところで到底納得できるものでもないが。
「全てあなたが打ち立てた研究だった、ということでいいのでしょうか」
「理論の原型自体はリルムが発見したが、完成までの計画を立てて主導したのは私だ。知っての通り、法に触れる研究だったからな。外部に漏れるリスクを最小限に留めるため、身内だけで密かに実施していた」
やはりそうか。
そりゃリルムさん単独でやってるわけないもんな。ヴェルサスさんが万一反対だったら、そもそも図書館にそれらの本すら置くことを許さないだろうに。
「あれは私の半生をかけた大掛かりな計画だった。未だ完成させた者もいない、未知の領域。命という、唯一無二の概念を操る魔法……そんな崇高な偉業を成し遂げようと考えたのだ」
「崇高だと……!?」
ティアがピキった。
ただでさえさっきからのヴェルサスさんの態度に苛ついていたのに、この期に及んで自分に酔ったような言い回しが我慢ならなかったらしい。
「ご自分が何をされたかわかっているのか!? 命を何だと思っている!? この世で最も尊いものをいたずらに作り出すなどと!」
「おいティア……」
俺の静止も聞かず、彼女は立ち上がってヴェルサスさんに詰め寄った。
「その研究のためにどんなことをした!? リルム殿の本には、実際に人間の被検体を使った実験のことも記されていたぞ!」
バン! と彼女はリルムさんの本を開いてテーブルに叩きつけた。
カップが落ち、高い音を立てて割れる音がガゼボ内に反響する。
「死んだ人間に魔法で作った命を吹き込んで、生前の記憶が維持されるのかという実験。生きた人間に魔法の命をさらに吹き込んだら人格はどうなるのかという実験。果てには複数の命を吹き込んだ人間を殺しても死なないのかという実験……」
「……」
「こんなおぞましいことをしておいて、何が偉業だ! ふざけるな!」
彼女がまだ騎士だったら、とっくに抜刀して斬りかかっているだろうと容易に想像できるほどの剣幕だった。
いや、現に今も、テーブルを乗り越えてヴェルサスさんに掴みかかってもおかしくない、一触即発の雰囲気。
まずい、頭に血が上ってる。止めないと……。
と思ったが。その必要はなくなった。
「警告」
レズナさんが、既に動いていたからだ。
割れたティーカップの破片を指で挟み、その切っ先をティアの首筋にあてがうことによって。
「お客様といえど、これ以上の狼藉はご遠慮願います」
凄まじい早業。まるで目が追いつかなかった。こんなことまでできるのかよ……何者なんだこの人は……。
だが、ティアも元騎士団。そんなことで狼狽えることもなく、レズナさんを睨み返している。
いつでもその手を捻ってねじ伏せることもできるぞ、と言わんばかりに。
おそらく彼女なら本当にやりかねないだろうが、レズナさんの言う通り、ここで荒事にするのはやめておこう。
「ティア。いいから、落ち着け」
俺はわなわなと震える腕を掴むと、強引に助手を椅子へと座らせた。
とはいえ、彼女の怒る理由も理解できる。
もし本に書いてあることが本当なら、これは確かに人道を外れた最も忌まわしい研究だ。
ここで……それが行われていたというのか?
「ヴェルサスさん。あなたがそこまでしてその研究にこだわる理由はなんです?」
「……事の発端は、我が伴侶が逝去したときだった」
ヴェルサスさんの夫。結婚後、早くにして病で亡くなったという。
薄々そうじゃないかと考えてはいたが、やっぱそれか。
「あれだけ出会ったときは勇ましく、強かった彼が……晩年はまるで骨と皮だけになったかのようにやせこけ、ろくに今際の言葉もなく死んだ。そのとき感じたのは、悲しみではなく、人間とはかくも脆くて儚い生き物なのかという絶望だった」
話の内容に反して、ヴェルサスさんは薄ら笑いを浮かべて話し続ける。
「彼だけでなく、私も、子どもたちも、いずれは同じ道を辿る。死という運命は生きている限り誰にも避けられない。どれだけ徳を積んでいても、どれだけ悪行を重ねていても、平等に訪れる。それがたまらなく、恐ろしかった」
「身近な人の死を経験したことで、自分にも終わりがあること意識してしまったということですか……」
「そうだ、命の本質を作り出すことができれば、死に対する恐怖から逃れることができる。その命を使って、私は人間が生まれながらにして持つ不変の運命を変えたかった……」
驕りだな。
そんな言葉が俺の頭の中に浮かんだ。
要はただ、自分が死ぬのが怖かっただけじゃないか。
それで魔法でなんとかしようってかよ……なんとも大胆というか、行動力だけはすごいな。
「で、自分が死にたくないあまり、こうやって他人の命を弄ぶような実験をすることも厭わなくなったんですか?」
「……言い訳のように聞こえるかもしれないが、そこに書いてある内容を私もリルムも実行はしていない」
意外な返答が返ってきた。
やってないだって? じゃあなんなんだよ、この所業の数々は。
「読めばわかることと思うが、実験内容である『命を吹き込む』というのは、実際に生命魔法が使えるようにならないと成し得ないことだ」
「……はい? だからそれを完成させるために色々やってたんじゃないんですか?」
「やったさ。だが私もリルムも、長年に渡る研究を経ても、ついぞその魔法を発現させることができなかったのだ」
「……」
魔法は……完成していなかった。
いや違う。
発現していない、ということは……そもそも完成とか未完成とか関係なく、魔法自体を形にできていなかったということか?
「その通りだ。その本に書いてある実験は、魔法が発現できたらの仮定で記した、完成に向けてのテストケースなのだよ。実験方法は書いてあるが、結果までは書いていないだろう?」
ティアは訝しげにその本の内容をもう一度読み返すが、反論の言葉は出なかった。
どうやらその通りらしい。
「そして、魔法を魔法として生み出すことすらできなかったのなら、もはやその実験が行われることはもうない」
「……ってことはつまり……」
「そう」
皮肉っぽく笑いながら、ヴェルサスさんは簡潔に言った。
「研究は、失敗に終わったのだ」
……研究は完遂できず。先人たちと同じように、理論と仮説だけ並べただけ……。
あれだけの研究著書を記しても、何も結果を残せなかった……ということか。
「発現すらできない……というのは一体何故?」
「生まれ持った性質、だろうな」
どこか諦めたような口調で、彼女は一口紅茶をすすった。
「人には生まれつき、相性の良い魔法。そうでない魔法があるのだよ。そして高度な魔法、複雑な魔法になるほど、扱える者は少なくなる。相性の悪い、いわゆる非適合者は、威力が落ちたり、最悪使うことすらできないこともある」
なるほど、どんな魔法でも人の出来不出来によって差が生まれるということか。
それも、先天的な影響で。
「まぁ、鍛錬を重ねることで後天的に使えるようになる事例もあるにはあるが……そんなのはごく一部だ。加えて生命魔法という、すべての魔法の頂点に立つといってもおかしくない大魔法ともなれば……鍛錬でどうにかなるものでもない」
「……ヴェルサスさんもリルムさんも使えない……他の方々も?」
「ああ、セクト、クレスタ、ファウスト……全員できるはずもなかった。とはいえ、外から使える者を見つけて連れてくるわけにもいかないし、他に発現できる適合者がいない以上、研究を続けることはできない。続けたところで、机上の空論を書き連ねるだけだからな」
「そーですかねぇ」
俺はそこでようやく目の前の紅茶に手を付けた。
ぬるい液体を流し込み、喋り続けて乾いた喉を潤すと、挑発するように続ける。
「その魔法に適合するかもしれない候補者は……まだいるじゃないですか。その人はどうだったんです?」
「……なんのことかな?」
「しらを切るおつもりですか……まぁいいでしょう。ではこちらを御覧ください」
そこで取り出しましたるは、アルバムだった。
さっきまで図書館で読んでた、ファミリア家の昔の日々が収められた写真集。
そのうちのとある頁を開き、ティアが叩きつけた本の上に放る。
ヴェルサスさんとファウストさん、クレスタさん、リルムさんが写った写真。
「こちら、まだお子さんたちが小さい頃の写真ですね。旦那さんもまだご存命だった頃とか」
「……それが何だ?」
「一見すると、ただ微笑ましい写真に見えるんですがね……ちょいと妙なところがあるんですよ……」
紅茶をすすりながら俺は写真のある一点を指で示した。
それは……ヴェルサスさんの腹部だった。
「よく見ると、若干膨らんでるんですよ」
「……」
ヴェルサスさんは答えない。まだ自分の喋る番ではないと悟ったのだろう。
なので俺はそのままターンを続けることにした。
「肥満などではなさそうですね。体の他の部分は均整が取れている上に、もう少し後に撮られた写真では引っ込んでいますから。素人目に見たってどういうことかわかります」
「……」
「ご懐妊……されていたのですね」
「だが、ここには既にリルム殿、ファウスト殿、クレスタ殿が映っている。あなたが腹を痛めて生んだ御子息が」
ティアが俺の言葉を引き継ぎ、詰問した。
「だとすると、この腹の中の子は……誰だ?」
「……死産した、と言ったら信じるか?」
「いいえ」
間髪入れずに俺は否定した。
理由を聞こうか、とヴェルサスさんが訊いてきたので、お望み通り説明を続けた。
「セクトさんに15年前、屋敷中に紋章が浮かび上がったときの話を聞いた際、彼はこう言っていました」
--しかし、それで施設が破損したわけでもないし、僕ら6人の誰かが負傷したわけでもないんだよ?
「6人、と確かにそう言っていたんです。今この屋敷にいるのはヴェルサスさん、セクトさん、クレスタさん、ファウストさん、リルムさん、そしてレズナさん……計6人で合っているように聞こえますが、これはおかしいんです」
そこでヴェルサスさんからその側に控えている、無表情なメイドに顔を向けた。
「レズナさんがこの家に来たのも15年前だそうですが、ファウストさんに話を聞いたところ、彼女がやってきたのはその事件が起きた後、それまでいたメイドや執事が逃げ出したからその補填として雇われた……とのことでした。つまり、レズナさんはその6人のうちに含まれない」
「……」
「加えて、昨日今日と食事をさせていただいた席。あれも妙だとは思っていたんです」
椅子は合計で8脚あった。レズナさんを除いてファミリア家5人が座って、残りは3脚。
そのうちの2つに俺達は座っていた。
自分達とは別に来客用に椅子を用意したのであれば、2脚でいいはず。
なのに、空席は3つ。
「残り1つは……誰のものです?」
「……」
「いえ、これ以上しらを切られても面倒なので、単刀直入に訊きましょう」
ティーカップをソーサーに置き、言葉通りに、俺はファミリア家の秘密にメスを入れた。
「この屋敷にはもう一人、あなたの御子息がいらっしゃいますね?」




