6話
聞き込みの2番手はファウストさんに決めた。
あの人は結構とっつきやすそうな人だし、セクトさん達よかは気楽に話ができるかもしれない。
などと思っていたのだが、レズナさんに聞いた部屋に行ってみるとその希望は無惨にも潰えた。
「うーわ……」
ドアに張り巡らされた鍵、鍵、鍵。
まるでサイコ・ロックみたいにチェーンと錠がびっしりと。
セクトさんの部屋と同じどころかこっちはよりあからさまである。
無言の拒絶の意思とも取れるようなその圧に俺達は軽く引いてしまう。
マジでなんなんだここの一族は……。
「御免! ファウスト殿! 少々お話を伺えないかと参ったのだが、お目通り構わないか!?」
ドドンドドン! と少々強めにティアがノックをするが、中から返事はない。
追い打ちをかけるように彼女は今度はドドンガドカドカとリズミカルに緩急をつけて叩く。やめろよ太鼓の達人やってんじゃねぇんだぞ。
「ふぁーうーすーとどーのぉぉぉぉ! いないならいないと返事をしてくれーーー!!」
「……」
「開けろ! ジェネレイド騎士団だ!」
クビになったくせに。
そうぼやくと、0.1秒で元女騎士はこっちを鋭い眼光で睨んできたので俺も顔を瞬時に逸らす。
「むぅ、どうやら留守のようだな」
「そりゃそーだろ。外から鍵がかけてあるんだから。どっか別の場所にいるんじゃないか」
もっかいレズナさんに聞きにいくか……? でもいちいち彼女が知ってるとは限らないしなぁ……。
ま、いいや。とりあえず彼は一旦後回しにしてリルムさんにでも話を--
と出直そうとしたときである。
「あれ~探偵御夫婦じゃ~ん」
廊下の向こう側から誰かが歩いてきた。
小さめの身長に長い髪の女性。そして軽い感じの口調。
誰かと思ったら、リルムさんだった。
「どうも、リルムさん。ファウストさんにお話を伺おうかと思ったんですがーー」
「どうやらお留守のようで、とてもお難儀していましたのよ! オホホホホ!」
むぎゅ~~!
と俺の腕に自分のそれを絡ませて身を寄せながらお上品なお笑い声をお上げになるお助手。大変おウザくってよ。
「あー、ファウストね。確かさっき図書館に行くって言ってたかな……」
「図書館?」
「うん。ほら、あたし元魔法大学の学長じゃん? んでお母さんが魔導研究機関の発足者じゃん? だからまぁ~研究のために色々本が必要だからねぇ。別館改築して図書館にしたの」
「はぁ……」
お屋敷に専用の図書館……金持ちってのはやることが違ぇや。もはやここが大学みたいなもんじゃんね。
でもリルムさんもヴェルサスさんも現役引退してるんだよな。それなのに勉強熱心なこって。
「ついてきて。案内したげる」
そう言って手招きしながらリルムさんはツカツカと歩いていった。
図書館か……まぁそれはそれで助かる。もしこの屋敷に関する書物とかもあれば、それも読ませてもらいたいし。
どうせだし、リルムさんにも並行して話を聞くとしよう。
◆
「はい、とうちゃーく」
屋敷の正面玄関とは反対側の出口から出て、裏庭をしばらく進むと、そこにたどり着いた。
図書館、というよりは普通の離れという感じの建物だったが、別館を改築したって言ってたし、そんなもんだろう。
それでも100~200平米以上はあるし、書物を保管しておくためだけの場所となれば十分図書館といっていい。
正面の扉は開け放たれており、奥の方に人影が見えた。
ファウストさんだ。
長机に座って何やら分厚い本を広げていたが、俺達が館内に入った気配に気づいて顔を上げると、ぶんぶんと手を振ってきた。
「おーぅ、君達か! それにリルムまで」
「どうも、お邪魔します」
「ちょっと兄さん! ドアは開けたらちゃんとしめてって言ってるでしょー! もー!」
ゴゥン! と後ろの方で音がしたかと思ったらリルムさんが入口の扉を荒々しく閉めていた。
華奢な体躯だからそれだけでも疲れたのか、肩で息をしながら彼女はファウストさんに詰め寄った。
「虫が入るし、日光が差し込んだら本も変色するって、何回言ったらわかんのよ!」
「あー、ごめんごめん悪かったって! ちょっとアルバムを持ち出すだけのつもりが、つい見入っちまってよ~」
「言い訳になってない!!」
ペコペコする兄をピシャリとリルムさんは一蹴。
セクト・クレスタ夫妻は仲睦まじいといった印象だったが、こっちの兄妹は尻に敷く敷かれるの関係っていったとこか。
「いや~二人もご足労だったな。多分俺の部屋最初に行ったんだろ?」
「ええ、めちゃくちゃ鍵がかけられていたものですから、本当に部屋が合ってるのかと思いましたよ。運良くリルムさんに会えてよかったです」
少し踏み込むように言ったが、向こうは表情を崩すことなく、カラカラ笑いながら答えた。
「あー、やっぱびっくりしたよな? 俺もやりすぎたかな~と思うけど、いつものくせでな。まぁちょっと整理ができてなくて汚いし、見られるとまずいもんもあったから、ここで勘弁してくれ」
「ふん、どーせいかがわしい本でしょ? まったく、はしたないんだから」
「ばっ……!? いやもう集めてねぇよ! 大体鍵かけてんのなんてお前もだろ!?」
「あたしは強力な施錠魔法かけてあるから兄さんほど露骨じゃないし~! それにこっちの部屋はれっきとした研究部屋で、きっちりと整理整頓はしてあるんだから! 一緒にしないで」
……なるほどね。異常なほどに鍵をかけているのはみんな同じ……か。
やはり夫妻に感じた違和感は彼らだけじゃなかったらしい。おそらくヴェルサスさんの部屋も……。
とりあえず俺はキャイキャイ言い合っている二人をよそに、その本棚の数々を見つめた。
5,6メートルはある高さに、隙間なく古めかしい書物が収まっている。それが入口にかけて何列も隊をなしているというのだから圧巻だ。
都会の図書館でもこんな規模なのは珍しいのに、自分の家専用だってんだから恐れ入る。
「ファウストさん。先程アルバム、と仰ってましたが、ここには学術書以外も置いてるんですか」
「え? ああ、あるよ。そりゃここはリルムや母さんだけの場所じゃないからな。俺も本棚に入り切らない小説とか置いてるし、こういうアルバムとかもな」
そう言って彼は俺にさっきまで見ていた分厚い本を見せてきた。
そこには大小さまざまな写真が貼り付けられている。写真の技術はジェネレイドにもあるのは知っていたが、カメラはそこまで広く出回っていないせいか、せいぜい新聞で見かける程度だ。
こんなアルバムという形で保存するほど多くのものを撮影するのはかなり珍しい。ま、金持ちの道楽の域だな。
写真には小さな子供や貴婦人が笑顔で写っている。
「これは……昔の写真ですかね?」
「ああ、まだ俺が10歳くらいの頃だな。あ、ちなみにこれ母さんな」
ファウストさんは嬉々として写真の貴婦人を指差す。
若い。まだ30代くらいかな。というとだいぶ昔に撮影されたもののようだ。
そのそばには、やんちゃそうな男の子とおっとりとした女の子、そしてもう一人活発そうな女の子が笑顔で彼女と手を繋いでいる。
小さい頃のファウストさん達のようだ。
「いや~懐かしいな。こん時はまだ父さんも生きてた頃か。おっ、クレスタも昔はこんな楽しそうに笑ってたんだな~」
「父さん? もしかしてヴェルサスさんのご主人でしょうか」
「ん? そうだよ。ああ、まだ詳しくは話してなかったか」
ファウストさんの父。ヴェルサスさんの夫。
今に至るまで一度も姿を見せていないし、ヴェルサスさんが自分を家長と言っていたことから薄々気づいてはいたが、やっぱりすでに故人だったのか。
ちょうどいいや、アルバムというネタもあるし、ついでに家族関係について色々聞いてみることにしよう。
「ええ。差し支えなければお父様のこと、少し教えていただいてもよろしいですか?」
「かまやしないけどよ、逝っちまったの俺が7歳の頃だから、正直そんな話すことがあるかというと……」
「なるほど、お仕事は何を? ヴェルサスさんと同じく魔法関係でしょうか」
「いや、セクト義兄さんと同じ元第一騎士団……だったかな?」
なるほどね、いいお家柄にはいい役職が伴うってことだ。
だが、ファウストさんはそんなことには興味なさそうに背もたれに身を預けた。
「んでもって、そこで母さんを見初めて結婚したんだと」
「ヴェルサスさんも騎士団に?」
「いや、王宮の大臣だよ。第一騎士団が王族や要人直属の近衛兵だってのは聞いたろ? そこで母さんのお付きになったんだってさ」
「なるほど、そういった御縁で知り合ったということなのですね」
ヴェルサスさんは元大臣……ジェネレイドのお役所仕事はあまり理解してないが、とりあえず執政の仕事ってことは確かだ。
そこから結婚して引退(?)→魔導研究機関を設置……? どちらも相当エリートな仕事だが、内容は文系と理系レベルで全く違う。なぜそんな方向転換を……?
「でも父さんは途中で病にかかってな。寝たきりになって、そのままぽっくり死んじまった」
「病……ですか」
「詳しくは知らねぇが、手足に力が入らなくなって、感覚がわからなくなったり、言葉もうまく離せなくなるんだとよ。どんな治癒魔法も効かなくて、打つ手なしだったそうだ」
不治の病か。症状を聞く限りはパーキンソン病とかそのへんか……? まぁそれだったら元の世界でも完治するのは難しかったはずだし、手の施しようがなかったのは納得だ。
「俺達が物心ついたときには既にそうだったし、ろくに言葉も交わしてなかったら、正直悲しかったかっていうとそうでもなかったけどな」
「ちょっと兄さん! 不謹慎よ!」
「いやでもよぉ、リルムだって大して思い入れがあったわけでもないだろ?」
「それでもファミリア家の大事な家族よ? あの人がいたから今の私達があるんだから!」
ファウストさんの言うこともわからんでもない。
自分も幼稚園の頃に正月と盆に数回顔を合わせただけの親戚の葬式に連れて行かれたことはあるが、正直退屈だったしな。
「まぁファウストさんはそうでも、ヴェルサスさんはきっと深く悲しまれたのでは? せっかく生涯の伴侶と決めた人を亡くしたのですから」
「かもなー。その年で未亡人ってのも酷な話だし、かなりショックは受けてたんじゃないか?」
「おや、随分と他人事みたいに言うのですね」
「そりゃ家長ですもの。表立ってメソメソしてるわけにもいかないじゃない」
ファウストさんの代わりに答えたのはリルムさんだった。
彼女は長机の上に腰掛けながらつまらなそうに続けた。
「お父さんが死んだのはまだ私はおろか、兄さんも姉さんも年端もいかない子どものとき。だから必然的にお母さんはこの家の当主になった。これからはこの家のすべてを自分でまとめていかなくちゃいけない。泣いたって誰も助けてくれないんだから」
「御親戚もいらっしゃらなかったので?」
「遠縁の人はいることにはいたらしいわよ。でも交流なんてほとんどなかったわ。仮にあったとして、未亡人と子どもしかいないけど金はたっぷりある家を、純粋に助けようとする人がいると思う?」
いない。
ま、接触してくるとしたら十中八九家督狙いにはなるだろうな。
親戚じゃなくたって、そういう弱いところを突いてくる連中は山ほどいるだろう。
だからこそ、ヴェルサスさんは悲しみに暮れる暇などなかったのか。
強くならねば、家が終わる。
そういう自己意識に囚われていたのだろうな。大変だったろうに。
「なるほど。そう言ったご事情があったのですね。でもそのおかげで、みなさんも元気に今日まで過ごせたのではないですか」
俺は暗い話題からスムーズに話題を変えるべく、アルバムの写真を指さした。
「ほら、この写真のみなさん。どれもみんな幸せそうですよ」
幼いクレスタさんが一生懸命ピアノに向き合っている写真。
幼いファウストさんが木のてっぺんまで登ってポーズを決めている写真。
幼いリルムさんがぬいぐるみを抱きながら微笑んでいる写真。
幼いファウストさんとクレスタさんとリルムさんが燕尾服やドレスを着て、椅子に座ったヴェルサスさんを囲んでいる写真。
みんなどれも、笑っていた。
「幸せ……か。確かにそうなんだろうな」
「はい?」
「確かに、母さんのお陰であたし達がこうして立派に成長できたってのはまったくもってその通りね」
俺の言葉を遮るようにリルムさんは机から飛び降りると自慢げに語り始めた。
「いい学校に通わせてもらって、成績は常にトップ。首席で卒業して、魔法大学の教員を経てついには学長の地位まで手に入れた。いや~これもお母さんのおかげよ、うんうん」
なんかわざとらしい口調。誰かが何か言ってくれるのを待ってるという感じ。
ファウストさんはそれを見て「出たよ」と軽く呟く。
それを聞いた俺とティアは同時に目を合わせる。どうやら考えてることはお互い同じだったみたいだ。
どうすべきか迷っていたが、ここは助手の方が先に対応してくれた。
「まぁファミリア卿の力もあったかもしれないが……優秀な成績を修めたり、学長という名誉な地位を手にしたのは、他ならぬリルム殿の才能や並々ならぬ努力の賜物ではないだろうか?」
だろうか。の「か」を言うか言い終わらないかのうちに。
ギュン!!!と リルムさんがさっきの物憂げな表情から180度一変、幸せの絶好調といったふうに目を煌めかせ、超高速でこちらを振り向いた。
「あっらーーーー!? そう思う? 思った? 思っちゃった? あらあらあらあらありがっとー! まぁ確かに? あたし自身もすごく努力したし? 魔法の才能も人よりはちょっと? いやかーなーりー? あるとは思ってたのよ~! でもそーゆーのを驕り? とか、七光り? とかって捉えられるのも嫌だし? いやま、お母さんにはいくらなんでも負けるけどぉ? でもやっぱりコネとか血筋だけで何でも手に入るほど世の中甘くないっていうか~!?」
めっちゃべらべら饒舌に語り始めた。
何だこの人。こういうキャラだったの?
ちらっとファウストさんの方に目を向けると、彼は「いつもこうさ」と言わんばかりに肩をすくめた。
「まぁ確かに、魔法学なんて超エリートでしか生き残れない世界だし、よほど芯が強くなきゃとてもじゃないけどやってられないよ~」
「な、なるほど……それだけ魔法という学問に前向きに取り組んでおられたのだな……。非常に過酷な道であることは私も知っているが、それでもなおその道を極め続けたというのは一重にリルム殿の志が強かったからなのだろうな」
「や~~~! 探偵妻はわかってくれてるねぇ! 謎を解明するのがお得意な人だけあって、人の才を見抜く目も一級品ってわけだーーー! 嬉しい限りだよあたしゃあ」
すっかり鼻が天井を突き抜けるくらい高くなってるリルムさん。確かにまだ若いのに魔法大学の学長にまで上り詰めるのは容易なことじゃない。
まぁコネがなかったとは言い切れないけれども、それでも実際に彼女の頭脳がそれだけ優秀だったのは間違いないだろう。
「でも実際魔法学ってどういうことをするんですか? 僕はあまりこの世界の魔法に対して詳しくないのでいまいちピンとこなくて」
「まぁ魔法学一つとっても色々部門があるのよね~。既存の魔法の強化方法とか、異なる魔法同士の反発や共鳴を研究したりとか……魔法はまだまだ未知な部分が多いからねぇ」
「ほうほう。ではリルムさんは一体どのような部門を専攻されていたので?」
「あたし? あたしはねぇ~」
俺が尋ねるとリルムさんはにまぁ~っと笑った。待ってましたと言わんばかりに。
そして組んだ足の上に頬杖をつくと、ワンテンポ置いて静かに答えた。
「全く新しい魔法の発明、よ」
魔法の……発明だって。
俺は一瞬言葉を失った。いや、そもそもそんなもんが人の手で作れるものなのか?
いや、魔法を人が操るのなら、作り出すのもまた人ということになるのだろうか……。
「新しい魔法は主に既存の魔法を強化したり転化させたりすることによって作られるものと、研究によって全く無の状態から生み出されるものがある。当然後者のほうが難易度は高いし、危険性も高い。どのような魔法を作ろうとしても、結果的にできるものがその通りの魔法である可能性は限りなく低いから」
「……そうなのか?」
ティアに小さくそう訊くと、彼女はこくりと頷いた。
「今でこそ我々が当たり前のように使っている魔法も、元は先人たちの血の滲むような労力の果てに生まれたものだ。いや、労力だけでどうにかなるものでもない……技術はもちろん、生まれ持った体質や魔力によっても左右される非常にシビアな分野だと……そう何度も聞いたことがある」
「そのとーり。既にある魔法の使い方を覚えるのは誰でもできる簡単なこと。でもそんな『誰でも覚えればできる』レベルのものを作るっていうのはとてつもなく難しいことなのよ」
まぁそれはわかる。現実世界でだって、機械を使いこなすのは簡単だが、じゃあそれを発明して今みたくインフラレベルにまで発展させるのには長い歴史と大勢の人の失敗を経ない限りできないことだ。
魔法といえば聞こえはいいが、背景だけ見ればこっちの世界の科学と大差ないようだ。
「まぁそもそも? あたし達がどーして魔法を使えるのか、同じ魔法でも人によって個人差があるのは何故か、魔法を使うための魔力とはなんなのか、まだ曖昧な部分が多いからね。だからあたしらも色々試行錯誤を重ねないとなのよ~。ま、そーゆーメカニズム的なハナシはお母さんの魔導研究の分野だから、そこの研究が進めば、今後の魔法学の未来ももうちょい明るくなるかもしれないわねぇ」
「はぁ……」
よくわからんが、まだまだ専門家にもわからない謎は多いってことか。
「して、リルム殿は一体どういった魔法を発明したのだ?」
「お? 気になっちゃう? そーだよねー? 普段使ってる魔法の発明者が目の前にいるとなっちゃあ、知りたくなるのもトーゼンよねぇ。まぁ口で言うのは簡単だけどぉ……? 自分で自分の発明実績をペラペラ語るのはちょいと気が引けるっていうか」
どの口が。
と、多分俺とファウストさんは心の中でハモったと思う。
数分前からずっとあんたのトークショーだったやろがい。そこまで言ったんならもう最後まで説明すればいいのに。
と思ったが、彼女が説明を出し惜しむ理由はすぐに分かった。
「できればぁ~? せっかく今あたし達図書館にいるわけだし~? ほら、知識や記録は常にふさわしい場所に収まるって言うじゃない? だったらそれらを引き出すのもまたそこからのほうが本来あるべき形かな~って」
ま、回りくどすぎる……これが俗にいう誘い受けってやつか?
自分からあーしてこーしてと言ったら死ぬ病にでもかかってるのだろうか。
天才は変人が多いってのはよく聞く話だが、なんか変具合のベクトルがだいぶ違うわ。
ティアもさすがにしつこすぎたのか、愛想笑いが苦笑になりつつあった。
とはいえ、こっち側からアクションしないと話が進まなそうだったので、ティアが先に折れた。
「つ、つまり……リルム殿の著書もこの図書館に蔵書されているということか? であれば是非--」
「読みたい!? あーららあらら、あららのら。そんなにあたしの本に興味があるのねぇ!? うんうんだいじょぶよ~そうせっつかなくてもたっぷり読ませてあ・げ・る。うふん」
どうしよう、ちょっとうざくなってきた。
漫画ならこめかみのあたりにムカつきマークがついてそうな俺達などまるで気にせず、リルムさんは早足で図書館の一角へ行くと、ドヤ顔でそのうちの巨大な本棚を親指で示してみせた。
「見なよ……あたしの著書を……」
本当に何なの? この展開全然意味わかんないんだけど。
著書ってどれだよ? この本棚に何冊あると思ってんだ。
……。
「……まさか、全部?」
「そ♡」
う。
……っそーん。
マジかよ。いくらなんでも多すぎだろ……。パっと見200冊近くはあるぞ。しかも一冊一冊がとんでもない厚さ!
「ま~中には共著や監修しただけってのもあるけどぉ~。そいでも四分の三以上は単独で書いたのよ。いやー骨が折れる作業でしたわ」
「……」
ティアは無言でそびえ立つ本の背表紙の壁を見つめていた。
そして、そのうちの一冊を手に取るとパラパラとめくり始める。
リルムさんはそんな助手に対し、まだ語り足りないというふうに出版時の思い出話などをペラペラ喋り続けていた。
そのへんの話はこれ以上聞いても仕方なさそうだな。そっちはティアに任せるとしよう。
俺はふっと鼻で笑うと、アルバム鑑賞に戻ることにした。
謎はファミリア家のお家事情に関係していることは間違いない。だとしたらヒントはこういうものの中に潜んでいることは十分ありえる。
幼いファウストさんの写真。
幼いリルムさんの写真。
幼いクレスタさんの写真。
若い頃のヴェルサスさんの写真。
何冊か確認し終えたが、どれもこれも他愛もない日常を収めた画ばかりだ。
だが……。
「みなさん……子どもの時のお写真しかないのですね」
「ん? ああ、まぁな。みんな大きくなると一緒にいる時間も減るしよ。必然的に写真を撮る機会も減っちまって」
ファウストさんはそこで大きなあくびを一つかましつつ答えた。
確かに、通うべき学校や職場ができたらそっちにみんな出ていっちゃうだろうしな。
こんな辺鄙な場所から通学出勤なんて無理だろうから、おそらくその頃はみんな王都側に居を構えていたのだろう。
「そういや親父もあんなんだったから、家族全員で集合した写真も結局撮れずじまいだったしな。母さんと撮ったのは見ての通り何枚かあるけど……」
彼は俺が広げていたアルバムをめくっては、ヴェルサスさんが写っている写真を指さしていく。
「これは俺は学校を卒業したときに帰省したときのものだから……15歳のころかなぁ。母さんは忙しくてこれなかったから屋敷で一緒に撮ったやつだ」
「……」
「こっちはリルムが大学に入学したときのものかな。あいつ、あんなんだけど頭はいいから。こんときまだ13歳だったんだぜ。飛び級ってやつ」
「……」
「これはクレスタが14才くらいのころか……学校で演奏会があったっていうんだけど、母さんは行かなかったってから、わざわざ家に帰ってきて聞かせたんだと」
「……」
「ま、みんなで写真を撮ったのはここらへんが一番時期的に新しい頃だな」
「一番新しい? ではこれ以降は撮ってないと?」
「俺の知ってる限りではな」
エピソードを聞きながら俺は注意深く写真を観察する。
これらの写真が実質最新のアルバム。家族が集まらないというのはわからなくもないが、これだけ写真を日常的に撮っていてみんなでかくなったら一切撮らないってのもおかしい気もするが……そういうものなのだろうか。
もしくは……他になにか撮影ができなくなるような……いや。
そういう空気じゃなくなるような出来事があったとしたら?
……ちょっと踏み込んでみるか。
「例えば……セクトさんが婿入りしたときとか……お写真はお撮りにならなかったのですか?」
「義兄さん?」
「えぇ、クレスタさんとご結婚された際は、そりゃ大体的に式もお上げになったでしょうし……その際に撮影して飾ったりなどは……?」
「……うーん。撮ったとは思うけどな」
なんだか歯切れの悪い回答。
覚えていないのか? そりゃ随分前のことだろうから仕方ないとは思うけど、さっきまでの思い出話はやけに鮮明に話していたのに……。
「なぁリルム! 義兄さんとクレスタの結婚式ってどんなだったっけ? 写真とか撮ってたか?」
「はぁ~!? さぁ、撮ったんじゃないの~!?」
ティアへの武勇伝語りを邪魔されたリルムさんはどうでも良さそうに返すと、すぐにペラペラと呪文詠唱を再開した。
リルムさんも記憶は曖昧らしい。それを聞いたファウストさんは、軽く一息つくと、申し訳無さそうに。
「アルバムになければ、ないかな」
ダイソー店員みたいなことを言ってきた。
二人揃ってあの夫妻のことになった途端に熱が冷めたように冷ややかになったな。
「まぁ撮ってないってことはないと思うし、多分義兄さんの部屋には飾ってあるんじゃないか、さすがに」
「そうですか……先ほど彼らの部屋にお邪魔させていただいたときにはそのようなものはありませんでしたがね」
「へぇ、そうかい……」
まるでそうであっても不思議ではない、とでも言いたげな返事。
……なにか知ってるな。
「失礼を承知でお聞きしますが、セクトさんとクレスタさん……仲があまりよろしくないといったことはありますかね」
「えぇ!? どうしたんだよ藪から棒に」
「いえ、ちょっとした疑問です。もし不快に感じたのなら謝罪します。こちらも謎という挑戦を受けている以上、いろいろなことを疑ってしまうもので」
「それで義兄さんとクレスタの不仲を疑うってか? 探偵とやらの考えることはよくわかんねぇなぁ」
まぁ確かに、突拍子もない話なのは百も承知。
だがこっちからしてみれば謎がなにかもわからず、加えてどこかで嘘もつかれるという状況。そして実際二人の仲どころか、この二人との関係も良好かどうかは怪しくなってきている。
聞くだけならタダなのだから、これくらいは多めに見てほしいもんだ。
「それに、先ほどファウストさんはこう仰っていました。『クレスタも昔はこんなふうに笑ってたんだな』と」
「……それが?」
「いえ、単なる言葉の綾かもしれませんが、まるで今の彼女は笑顔を見せてなどいないような言い方だと思いまして。なのでもしかして……と思い」
「君には、今のクレスタは笑っていないように見えるのか?」
「……いえ」
「ならそんな質問は無意味だな」
と、彼は俺の攻撃を軽くいなした。
ちっ、明確な回答は拒否ったか。
本当に言葉の綾か、それとも……。
「昨日も言ったと思うけど、ファミリア家は全員仲良いぜ。喧嘩してるところなんか見たこともない」
「……そうですか」
「つーか仲がよくなかったら、義兄さんこの家にいづらいだろ。婿養子だぜ? 相手の娘ぞんざいに扱って我が物顔で暮らしてたらそれはそれでこえぇよ」
……。
「なるほど、たしかにそうですね。失礼いたしました。では質問を変えましょう。15年前、この屋敷全体に不死鳥の紋章が浮かび上がったと聞きましたが、相違ないですか?」
「ん? ああ、そうだけど……あんまよく覚えてないんだよなぁ。でかい音と赤い光が見えたってのは覚えてるけど」
夫妻とまったく同じ供述。彼もさして気にしてはいないようだ。
「なにかおきた原因に心当たりは? 魔法の影響とか」
「魔法だったら起きた時点で母さんやリルムが解明してるはずさ。でも二人ですらわからなかったらしいし、そうなると俺でもはっきりとしたことはなぁ……」
魔法専門家でもわからない事象。本当に魔法は関係ないのか……?
この世界ではしばしば常識では考えられないトリックに遭遇することがある。それには必ずといっていいほど魔法が絡んでいるためだ。
その魔法が否定されるとなると、この現象は一体どう説明すればいいっていうんだ……?
「では、15年前の事件以降、なにかファミリア家に変化はありましたか? どんな些細なことでもいいです」
「変化~? と言われてもな。15年も前の話だし……それ以前と以後で劇的になにか変わったかっていうと……そうだなぁ」
しばらく考え込むリアクションをして、彼は唯一思い出せたのがそれだけといった感じで答えた。
「レズナがうちに来た……くらいか?」
「レズナさんが?」
「ああ、新しいメイドだっつって、母さんがここで働かせることにしたんだ。それがだいたい例の事件後だったのは覚えてる」
そういえば、レズナさんがこの屋敷にメイドとして雇われたのも15年前だったっけ。
偶然か? それとも、その事件になにか関係があるのだろうか……。
「新しいメイド、とおっしゃいましたが、レズナさんが来る前までは別のメイドさんが?」
「ああ、メイドも執事も何人かいたぜ。ただその事件以降、不死鳥のマークを気味悪がってか、みんな出てっちゃってさ。だからちょうどいいタイミングで来てくれてラッキーだったよ」
ああ、そういうことか。
しっかし昔はちゃんと召使がいたんだな。しかも複数人。まぁワンオペで全部やってるレズナさんがおかしいといえばおかしいのだが。
そして不死鳥のマークを恐れて全員辞職。まぁありえない話ではない。だから入れ替わりで行き場のないレズナさんは格好の代替要員だったわけか。
レズナさん自体の存在が紋章に関わってるかと思ったがそうではなかったようだ……残念。
「でも、前職のメイドさん執事さんは紋章を気味悪がってたのに、レズナさんやファウストさん達は受け入れているのですね」
「いや別に戸惑わなかったわけじゃないぜ? でもだからっつって俺達がこの家手放すわけにもいかないだろ? 割り切ってるだけさ。レズナはまぁ……母さんに心酔してるからなぁ。家がこんなんでもここに仕えられるだけで幸せみたいに思ってんじゃねぇか?」
ふむ。まぁ一理ある。
セクト・クレスタ夫妻の言い分とそこまで食い違っちゃいない。この点については本当のことを言っていると考えるべきか……。
やれやれ、こっちの聞き込みでもわからずじまいか……。
と半ば諦め気味に俺はまだなにか見落としている点がないかアルバムのページを逆順にたどり始めた。
結局一番最初に見たヴェルサスさんとファウストさんたちの写真まで戻っても何も不審な点は見当たらなかった。
……はずだったのだが。
その最初の写真を見て俺は目を見開いた。
「……これは」
瞬きを何度もしたり目を擦ったりもしたが、見間違いじゃない。
明らかにおかしい点がある。
念の為別のヴェルサスさんの写真とも見比べたが、やはりこの写真だけ……!
とんでもない事実に気がついた俺はすぐさまファウストさんに詰め寄ろうとしたのだが。
「リルム殿、この本、いくつか借りてよいだろうか」
さっきからずっと黙ってリルムさんの著書を読みふけっていたティアが、本を音を立てて閉じると静かに言った。
「え? ああいいよ、別に。部屋でじっくり読みたくなっちゃった? そんなに気に入ってもらえるとは思わなかったよ~。君も魔法学とか興味--」
「失礼する」
言質を取るやいなや、彼女はその本を脇に抱えると、ものすごいスピードで俺の首根っこを引っ掴み、歩き始めた。
いきなりの豹変ぶりに俺は抵抗する暇もなく引きずられていく。
「ちょ!? ティア? 一体何を!?」
「すまぬ二人とも、急用ができたので本日はこれで失礼する。本は後ほどお返しいたす。では」
有無を言わせぬ口調でティアはそれだけ言うと、どんどん出口へと突き進んでいく。
ぽかんとしているファウストさんとリルムさんを残し、俺は図書館の外へと強制退出を食らったのであった。
◆
「おい! ティア! 痛いって! おいちょっと!」
裏庭を突っ切り、本館へと戻った俺達。
しかしなおもティアは何も答えないまま、俺を拘束したまま歩を進め続ける。
一体何がどうしたっていうんだ!? マジで変だぞ!?
「いいから落ち着けって、ティア!!」
なけなしの体力を振り絞り、彼女の手を振りほどくとようやく連行は止まった。
荒い息を吐きながら俺は壁にもたれかかると、そのままずるずると尻餅をついた。
「ったく、なんだってんだよいきなり……。なんか気になることでも--っ!?」
抗議しようとした俺の腹に、彼女はいきなりなにかを放り投げてきた。
本だ。ていうかさっきまで読んで借りてきたリルムさんの著書だった。
「これがなんだってんだよ……?」
「とんでもない本だ」
短く言うと、助手はホールの高い天井を仰いだ。
とんでもない、本? これが?
俺は軽くページを開いて中を読んでみるが、専門的な内容過ぎてなにがなんだかちんぷんかんぷんだった。
だがティアがそう言うからには、きっと本当にやばい何かが書いてあるのだろうか。
「発禁本だ」
「は!?」
発禁本。その名の通り国家に寄って出版を禁じられた本。
大抵は社会秩序や風紀を乱すなどの理由で指定されることが多い。
そんなものが……!?
「これ、魔法学の本だよな? 一体何が書かれてんだよこれ……」
「今の時代では禁じられた魔法についてだ」
未だに事態が飲み込めていない俺に対し、重々しく彼女は答える。
「禁じられた魔法……? ってかなんでこれが発禁本だってわかるんだよ。これ読むのは今日が初めてだろ?」
「いいや、その魔法について書かれている書物は問答無用で著者、出版社、所有者問わず全員処罰される。書かれている内容も、解説だろうが考察だろうが研究成果の記録だろうが関係ない。だから読んだだけでわかる。リルム殿の書いている本は……ほとんどがそれだ」
「なん……だと……!?」
あの本の殆どが? いや、待て、なんでそんなものを出版しておいて、リルムさんが無事なんだよ!? 所持してるどころか執筆した御本人だぞ?
しかも魔法大学の学長がそんなこと……スキャンダルどころの騒ぎじゃないじゃないか。
「おそらくこの館自体が絶好の隠し場所になっていたのだろうな。王都から来るにはあまりにも遠く、加えて来客もほとんどない。こんな本があるという情報が外部に漏れることもそうそうない。こんなものが王都の図書館にあったら数日で監査が入って全部焚書間違いなしだろうに」
「……一体、どんな魔法なんだよそれ……そんなに危険なものなのか?」
「当たり前だ……これは……」
拳を固く握りしめて彼女は押し殺したような声で言う。
その、恐るべき禁じられた魔法の名を。
「生命魔法--命の本質を作り出す魔法だ」
せいめい……まほう。
語感だけは生易しいものの、その意味するところはとんでもない重大なものであるのはさすがの俺でもわかった。
「死体に打てば蘇り、逆に生者に使えば死に至らしめられる。老体から命を吸い出して、若い肉体に移すこともできる……人の道を外れた、もっとも冒涜的な禁忌だ。もっとも、現在は理論上の存在しか提唱されておらず、実際に完成はしていないらしいがな」
「……」
愕然とした。
これまで数々の魔法を目にしてきたし、正直そういう魔法もあってもおかしくはないと思っていた。
だが確かに、倫理的に見れば人の命を弄ぶ、最も唾棄すべき行為。禁じられるのも納得しかない。
しかし。しかしだ。
俺が愕然としたのは、その魔法のもたらす効果や数多にあるであろう悪用方法などでは断じてなかった。
そしてそれは、ティアとて同じだったであろう。
だからこそ、彼女は一目散に俺を連れて、人目のつかないところまで来たうえで俺にそれを説明したのだ。
その理由はーー。
「この屋敷で、その実験が行われてるかもしれない……ってことか」
「……そういうことだ」
--全く新しい魔法の発明、よ。
脳裏にリルムさんの言葉が蘇る。
生命魔法は未だ完成されていない。それは法という縛りがあるからだ。
だが……あれだけの著書を残すまでにその魔法に没頭していた彼女が、禁じられているからという理由で諦めるとも思えない。
その発明とやらを今もやっているとしたら……。
しかし、本に記すことがダメなら、その研究をすることなどもってのほか。
きっと出版以上の思い罰が待っているに違いない。
誰かにバレさえしなければ。
周囲から隔絶された環境。普通に考えれば悪条件しかないようなこの立地も、違法行為を内密に行うという視点で考えれば圧倒的な好条件に化ける。
加えてこの巨大な屋敷。そういう施設を作るには申し分ない規模。
おいおいおい……なんだよこれ。
ただの金持ちの道楽に招かれただけかと思ったのに……とんでもねぇ場所に来ちまったんじゃねぇのか……?
「カイト……悪いことは言わん。逃げよう」
俺がこわばった表情でいると、ティアがポツリと呟くように言った。
「私達の手に負える問題じゃない。ここは危険だ。もう謎解きにかまけてる場合と違う。気づかれないようにここを抜け出して、王都の騎士団に報告するんだ」
「……」
「行きに来た馬車があっただろう。あの馬を奪えばなんとかなるはずだ。一応私なら方角探知と救難信号魔法が使える。王都までは無理でも、どこかの人里にたどり着けるかも……」
「……なぁカイト!」
真剣な表情で脱出を提案してくる助手。
俺はその禁書を見つめながら小さく息を吐いた。
「確かに。正直ここまでやばい話が裏にあったとは思ってなかったわ」
「……」
「命の本質を操る魔法。倫理的にも法的にもアウトな研究……しかもその研究がまだここでやっているかもしれないときた……いや~スケールがでかすぎてびっくりだね。こりゃ完全に探偵の仕事の範疇超えてるよ。騎士団に報告して、然るべき調査はされるべきだろうな。うん、論外だよこんな危ない屋敷」
「だったら--」
「だが」
言いかけたティアを黙らせるがごとく俺は大声を上げると立ち上がり、毅然と言い放った。
「途中で謎を放棄するのはもっと論外だな」
ティアは目が点になった。
だが俺は構わず続ける。
「事情はどうあれ、俺はファミリア家の挑戦は受けた。連中の言う謎を砕くまでは俺は絶対ぇ帰らねぇ。目の前に砕くべき謎があんのにおめおめと引き下がるわけにいくかっての」
豪語する俺に、ワンテンポ遅れてティアがわなわなと震えながら怒鳴った。
「な、何を言ってるんだ! 今はそういうことを言ってられる状況か! 下手して彼らの隠している秘密を暴いたら、それこそ口封じに何をされるかわからんぞ!」
「状況次第で謎を砕くか砕かねぇか手前勝手な裁量で決めてて探偵が務まるかよ!!!」
間髪入れずに俺も負けじと怒鳴り返す。
俺は探偵だ。
謎を砕くことを生業とする者だ。
ホームズ、ポワロ、マーロウ……彼らのような探偵に憧れ続けてその道を志した。今の俺がそんなふうになれているとは思ってはいない。毎日来る日も来る日もくだらない依頼をこなし、あとはひたすら書類に向き合う。退屈な日々。
けれど。けれどな。
謎から逃げるなんて選択は、今まで一度たりともしてこなかった。
どれだけくだらなくても、どんなに小さなことでも……それに直面しているのなら、ただ挑み、砕き、解となすのみ。
たとえ喉笛に刃を添えられられようが、こめかみに拳銃を突きつけられてようが、決してその足は止めない。
「だから俺は、この謎は……なんとしてでも砕く。砕かなくちゃいけないんだ」
「……」
もはや怒りを通り越して呆れたような表情になったティアは、がっくりと肩を落とした。
失望させちゃったかな? そりゃまぁ常識的に考えれば彼女の判断は正しい。
俺は俺の信条に従ったことを言ったまでだけど、それが他の人と相容れるかどうかはまた別の話だ。
「ごめん、ティア。心配してくれるのは本当にありがたいけど、俺の気持ちは変わらないから……」
「……」
「ただ、だからって君にまで無理に付き合わせるつもりもないよ。本当に危険なことになったら、君だけでも--」
「そうじゃない」
助手は静かに呟くと、ゆっくりと面を上げた。
その顔は失望したようなものでもなければ、諦めたようなものでもなく。
少しだけ、微笑んでいた。
「カイトの助手を始めてそこそこ経つというのに、私もまだまだだなと思っただけだ」
「うん?」
「カイトは探偵。謎を微塵に砕いて解となす。何度も聞いたはずなのに、そういう人だってわかってたはずなのに……私はそんなことにも気づかずに余計なおせっかいを焼いてしまったなと」
いや、別におせっかいだとは思ってないんだけど……。
「そして私は、そんなあなたの助手になると決めた。なら私だって、共に謎を砕くべきだ。状況次第で上司を補佐するかしないか手前勝手な裁量で決めてて助手が務まるか」
「ティア……」
その瞳は真剣そのもので、まっすぐ俺を見つめていた。
「だから私も逃げない。最後まであなたについていく。何があっても、どんな危険が迫ってきても、私が守る」
驚いた。正直もうやってられっかーって置いていかれるくらいは覚悟していたのだけど。
どうやら、まだまだなのは俺もだったみたいだ。
「ありがとな。そう言ってくれて頼もしいよ。俺なんかにはもったいないくらいの助手だ」
「ふふ、そんなことないぞ。そのどんなときでも愚直なまでに己の仕事に大してまっすぐな姿勢。私は好……ゴホン! 嫌いじゃない、からな」
ちょっと最後の方を咳き込みながら、ティアは何故か少し恥ずかしそうに言った。
まぁなんであれ、彼女の理解は得られたみたいだな。
「それで、このまま謎の調査は継続するとして、これからどうするんだ? まだ聞き込みは続けるのか」
「ああ、一応な。次に聞くべき相手はもう決まってる」
俺は床に落としていたリルムさんの本を拾い上げると、ニカッと笑って簡潔に答える。
「ヴェルサスさんだ」
謎を仕掛けてきた張本人。
魔法の研究をしていたのはリルムさんだが、ヴェルサスさんもまた魔導研究機関という関連した施設を運営していた。
ならば、その研究を知らないはずがない。
むしろ、リルムさんと結託ないしは指示していた可能性も大いにある。
「まさか、生命魔法の件を直接問い詰めるつもりか……? 大丈夫だろうか……?」
「まぁどういう答えが返ってくるかは聞いてみないとわからないが、少なくとも向こうも遅かれ早かれ俺達が聞いてくることを想定しているはずだ」
「? なんで?」
「考えてもみろよ、本当にバレたくないような秘密だったら、わざわざティアに発禁書を見せたりするか? 元騎士団だぜ? 普通だったら図書館にすら入れたくないレベルだろうに」
「……じゃあ、わざと私にあの本を読むように仕向けたとでも? なんのためにそんなこと……まさかこれが彼らの言う『謎』なのか……?」
いい線はいってる。
だがそうだとするとこの挑戦は、バレたら自分たちの不利益になるような事実を俺達に明かしてみせろ、ということになる。
わざわざそんなことをする理由は何なのか、その謎を砕いて俺達にどうしろというのか。
ファミリア家の目的。
今まだわからないが、いずれわかることだ。
それに……。
「もう一つ、気になってることがあるんだ」
「気になること?」
「このアルバムさ」
と、俺はさっきまで見ていたそれを掲げてみせた。
ティアに無理やり連れ出されたときに、そのまま持ってきてしまっていたのだ。
「そこになにか気になる写真でもあったのか」
「ああ、パッと見は単なる家族写真だけど、よく見ると色々と辻褄が合わない写真が……な」
そう言って、俺は先程まで広げていたページを開き、ティアにも見せてやる。
彼女は怪訝そうにその写真を覗き込んだが、やがて俺の意図を理解し、目を大きく見開いた。
「これって……」
「な? おかしいだろ?」
「……確かに、でも一体どういうことなんだ……これは……」
「ま、それも込みで聞くとしようぜ。早速ヴェルサスさんを探さないと」
そう意気込んで、次なる人物へ聞き込みを開始しようとしたその瞬間。
「私を呼んだかね」
背後から声がした。
戦慄した俺とティアは、ゆっくりとうしろを振り返る。
するとそこには。
死人のように白い肌。やせこけた体躯。そして、見つめると吸い込まれそうなほどの真っ黒い瞳。
「ごきげんよう、探偵諸君」
ファミリア家当主。
ヴェルサス・ファミリアがそこにいた。




