3話
「悪いね、手錠を嵌めたままで。まだ君の容疑が晴れたわけじゃないから、許してほしい」
憲兵施設の屋外を移動中、俺の一歩前を歩くライアさんはそう謝罪してきた。
相手が誰であっても気さくに、そして紳士的に接するタイプの人のようだ。さすが、隊長という地位にいるだけのことはある。
この施設は城下町よりも標高が高い場所に位置しているらしく、遠目に街の様子が一望できた。
高層マンションも、雑居ビルも、電波塔もない。あるのはどれもこれもレンガ造りで三角屋根の家ばかり。まるで産業革命時代のアメリカみたいな光景。
そしてそれらの中心部には、先ほどの巨大な城が山のように構えているのが見える。
芝生のある庭の方に目を向けると、鎧を着た兵士達が掛け声とともに剣術の手合わせや素振りなどに励んでいた。
その兵士達もやはり人間ばかりではなく、獣人やエルフなど、およそ漫画やゲームの中でしか見たことのないような種族がたくさん混じっている。
何度目を擦っても、やはり彼らはきぐるみでもCGでもない、ちゃんと生きて動いてる。その光景に俺はすっかり目を奪われていた。
「ああ、申し遅れてたね。僕は、ジェネレイド軍第三騎士団壱番隊隊長のライア=デストルドー。よろしく。で、そっちの彼女はクリスティア=エルキュール。副隊長だ。今回の事件の第一発見者でもある」
「……ふん」
丁寧に自己紹介をするライアさんと、そっけなく鼻を鳴らすだけのクリスティアさん。罪人に名乗る名などないってか。
「僕ら第三騎士団は、この王国の治安と犯罪取り締まりが主な仕事なんだ。僕ら壱番隊が担当するこの城下町は普段は平和そのもので、今まで犯罪や揉め事なんて殆どなかったんだけど……まさかこんな事件が起きるとはね」
「あの、俺は本当に何もやってなくて――」
「無駄口をきくな下郎」
グイッとクリスティアさんが俺の手錠に繋がれた鎖を引っ張った。
「まぁまぁティア。そう乱暴に扱わないで。……えーと、君の名前はなんて言ったっけ?」
「結城です。結城界斗」
「ユーキカイト……なるほど、珍しい名前だ。顔も服装もジェネレイドの住人ではないようだし。ティアの言う通り、どこか別の国から来たのかな?」
その問いかけに俺は静かに首を横に振った。
「わからないんです」
「……というと?」
「なぜここにいるのか。どうやってここに来たのか。何も思い出せないんです。目が覚めたら、あの場所に倒れていて……」
「……記憶がない、ということかい?」
「隊長! こいつの言葉に耳を傾けてはなりません! どうせただの言い逃れです!」
また言おうとした矢先にティアさんが邪魔してきた。本当この人どこか行ってくんないかなぁ。
「ふむ、なるほどねぇ。こうなるとは想定外だなぁ」
「ウソじゃないです! 信じてください!」
だがさすがにこれにはライアさんも閉口してしまう。確かに「はいそうですか」と納得してもらえるような話ではないだろうけど。
「ふん。どれだけここで言い繕おうが、いずれわかることだ。ほら、さっさと歩け」
クリスティアさんに尻を膝蹴りされ、話を中断された俺はそのままとぼとぼと連行されていくのだった。
◆
数分後。
連れてこられたのは、施設の端っこのほうにあるレンガ造りの平屋であった。
「ここは……?」
「所属兵用の療養所だよ。本当は関係者以外立ち入り禁止だけど、隊長権限で許可は取ってあるから」
ライアさんはそう言ってドアを開くと、俺を中に通してくれた。
内部はいくつものベッドが並んでおり、そのいくつかには負傷したとみられる兵士達が横になっている。
その奥の方に一名、なんとなく見覚えのある面影を持つ人物がいた。
華奢な体躯に、短めの髪、そして横に尖った耳を持つを若い女性。頭や顔に包帯が巻き付いていたものの、俺には一目で分かった。
間違いない、俺と一緒に倒れていたエルフの子だ。じゃあ、彼女がソフィア……?
「ソフィーッ!」
最初に反応したのはクリスティアさんだった。俺を乱暴に押しのけると、彼女のベッドまで猛ダッシュ。
ソフィアさんの方も、彼女に気づくと曇っていた表情から雲一つない快晴のような笑顔になった。
「ティアさんっ!」
そして強くハグしあう二人。
永久に引き裂かれたと思っていた盟友との再会か。ほほえましい光景だこと。
「大丈夫だったかソフィー。身体は? なんともないか?」
「はい、ソフィーは大丈夫です。まだ若干痛みますけど、メディックは数日安静にしていれば治ると」
「そうか、よかった……」
心底安堵したような顔で、クリスティアさんは後輩の頭を愛おしそうに何度も撫でた。
そんな光景をしみじみと眺めていると、ライアさんが俺の隣に立って言う。
「ソフィア=ワトソン。僕らと同じ第三騎士団壱番隊に所属している。まだ若いけど、頭脳明晰で優秀でね。特にティアとは仲が良くて……それは彼女から聞いてる?」
「ええ、俺を必要以上に敵視しているのもそのためだと」
「そうか、本当にすまない」
「いえ……」
そのおかげで殺されかけたので、正直すまないで済む話じゃない。だが今の俺の立場上、強く責めることもできないのでそう返すしかなかった。
しばらく喜びを分かち合う彼女達を眺めた後、俺は彼に連れられてソフィアさんのベッドまで歩いていった。
「やぁソフィア」
「あっ、隊長……それと……?」
ライアさんに気づいたソフィアさんは、すぐ隣の俺の顔を見て眉をひそめた。
部外者で、しかも手錠をかけられた怪しい男がいるんだ。無理もないリアクションだ。
「ソフィア。彼のことは知っているかい? ユーキマコトというんだけど」
「……ユーキ、さん? いえ……どちら様ですか?」
ソフィアさんは小首をかしげてそう返す。
「覚えていないのかソフィー? こいつはな、お前にこんな大怪我を負わせた極悪犯罪人で――」
「ティア!」
性懲りもなく、俺が犯人前提で話を進めようとするクリスティア副隊長にライア隊長は一喝する。
「こほん、ソフィア。彼はね、今朝君が襲われていた現場で一緒に倒れていたんだ」
「ソフィーと、同じ場所で?」
「ああ。だから、もしかしたら彼が犯人なのではないかと疑われているところでね。そこで君の証言が欲しかったんだ。彼との面識があるかとか、事件当日に顔を見てないかとか。病み上がりで悪いんだけど、覚えてることがあれば教えてほしい」
「……すみません」
ふるふると彼女は首を横に振った。
それを聞いて、今度は俺が安堵の息を吐いた。少なくともこれで何かトラブルが原因でやったみたいな線はなくなったわけだ。
「そうか……彼のことはまったく見たことも名前を聞いたこともない。今日が初対面というわけだね?」
「はい」
「隊長! だからと言ってまだそいつが犯人でないとは言い切れません!」
クリスティアさんはまた険しい表情に戻ると、俺をびしっと指さした。
「大体! ソフィーは後頭部を棍棒で殴られていたんです! つまり犯人は背後から奇襲をかけた。それなら、彼女が犯人の顔を見ていなくてもおかしくはない!」
「うーん、確かにそれもそうだね……」
「あの、ちょっといいですか」
するとおずおずとソフィアさんが細く白い腕を挙げて口を挟んだ。
「どうした、ソフィー」
「今ティアさん……私が棍棒で頭を殴られたって言いました?」
「え? ああ、あの女子兵舎前の大階段の下でな」
「……それ、確かですか?」
「どういう意味だ?」
彼女の言葉にその場にいた誰もが怪訝そうな顔をした。
確かに俺が見た時には彼女は頭から血を流していた。そしてそばに転がっていた血の付いた棍棒。普通に考えてそれで殴られたと判断するのが妥当だと思うが……。
「いえ……私、意識を失う寸前、大階段の上にいたんです」
「大階段の上!?」
「はい。そこで背中を誰かに突き飛ばされて……そのまま転がり落ちたんです」
「そんな馬鹿な」
今度はライアさんが即座に否定した。
「背中を突き飛ばされた? でも君は現に頭を殴られていたんだよ? そっちの方に覚えはないのかい?」
「いいえ。まったく。だから不思議で……」
「……」
クリスティアさんとライアさんは顔を見合わせた。
彼女が嘘をついているようには見えない。だが、現状と食い違う点がある。
ふーむ。突き落とされた……ねぇ。
「わかったぞ! きっとこいつはソフィーを突き飛ばした後、転げ落ちた彼女に棍棒でとどめを刺した! 違うか!」
「いや、それやるなら普通にどっちかでいいんじゃ……」
「確実に仕留めたかったんだろ! よほどソフィーに対する恨みが深かったと見える!」
「面識ないってさっきから言ってますよね! 大体俺が犯人だったら、なんで逃げもせずにソフィアさんの傍で一緒に寝ていたと思うんですか!」
「そんなこと貴様が一番よくわかってることだろう! なのに知らないの一点張りだから疑われてるということがわからんのか!」
だぁも、話が通じねぇ人だなったくよー! このままじゃどんどん悪い方向に捉えられる……どうすればいいんだ。
俺はあれこれ思慮を巡らせていたのだが、そこで目の端にとあるものが映った。
あれは……。
「ソフィアさん……ちょっといいですか」
「は、はいぃ?」
突然口を開いた俺に話しかけられ、彼女はキョドったように裏声で返事をした。
俺は「それ」から目を離さないままゆっくりと話す。
「意識を失う前、階段の上にいた。これは間違いないとはっきり言えます?」
「え、ええ」
「おい貴様、罪人の分際で勝手に口を開くな!」
クリスティアさんが割って入ろうとするが、俺は無視して質問を続ける。
「では、その階段の上に着くまでのことは覚えていますか。直前にこんなことをしていたとか、誰と会ったかとか」
「そうだねソフィア。そもそもどうして夜中にあんな場所にいたんだい? 昨夜は巡回当番じゃなかったはずだだろう?」
今度はソフィアさんは答えなかった。
うつむいて長く考え込むようなそぶりを見せた後、さっきと同じく無言で首を横に振った。
「わかりません」
「わからない?」
「それが……昨日の夜何かの用事があって宿舎を飛び出したところは覚えているんですが、そこから先の記憶がなくて……」
「用事? 一体何の? どこに向かったんだい?」
「それも覚えてないです……確かなのは、急いでどこかに行かなくちゃいけなかったということだけ。それで――」
「気が付いた時には、階段の上で突き飛ばされていた――と?」
こくり、と彼女は力なくうなずいた。
何かはわからないが、緊急の用事で飛び出した。その間に何かがあり、彼女は階段から落ちた……と。
「わかった。ソフィー、お前はきっとショックで記憶が曖昧になっているんだ。階段から落ちて、しかも血が出るほど強く殴打されたら色々忘れてしまうのも無理はないだろう」
「そ、そうなんでしょうか……」
「忘れているのは仕方なくても」
俺はそこで口を挟み、細めた目で三人を順繰りに見つめた。
「覚えているのはさすがに妙ですね」
「ど、どういう意味だ!?」
クリスティアさんの詰問に、俺は無言でベッド脇のテーブルにあった「それ」を指差して答えた。
それは――鎧。ソフィアさんが倒れた当時に装着していたものと全く同じ型だ。
「これ、あなたのですよね、ソフィアさん?」
「え、ええ」
「だとするとおかしいですねぇ。あなたが階段から落ちたのが本当なら、この鎧にはあるものがついていないとおかしい」
「あるもの? なんだそれは」
全員が首をかしげる中、俺は簡潔に言い放つ。
「傷。ですよ」
「傷?」
「そう、この鎧。まるで新品のようにピカピカなんです。傷やへこみどころか汚れ一つついちゃいない。階段から転げ落ちたってのに、この状態はさすがに変じゃないですか? 今日新調したってわけでもないでしょう?」
「……それは」
誰も反論できないのか、全員揃って口をつぐんだ。
「だけど、もし階段から落ちていないのであれば『階段上で突き飛ばされた』というありもしない記憶を覚えていることになる。ショックで記憶を失うことはあっても、捏造は無理でしょう」
とはいえ、ソフィアさんが嘘をついているとも思えない。
なぜなら、彼女は頭以外にも顔や腕、足に怪我をしていたからだ。
打ち身。おそらく、実際に階段から落ちた時のものに違いない。
鎧のおかげで大事には至らなかったようだが、だからこそそのダメージを代わりに受けたであろう鎧が無傷なのがおかしい。
しかも、その後の棍棒での殴打がある。それをわざわざやった意図は? クリスティアさんの言うとおり、確実に殺したかったからか?
なんにせよこの事件、色々と妙な点が多すぎる。
ソフィアさんが兵舎を飛び出すに至った謎の用事。
そしてそこから階段から落ちるまでの記憶の欠落。
そして、本人の証言と矛盾する鎧。
こりゃ、いつまでも泣き寝入りしているわけにもいかなそうだな。
「すみません。この事件、俺に捜査を手伝わせてもらえませんかね?」
「何だって!?」
言うやいなや、ライアさんが素っ頓狂な声を上げた。
「俺に任せていただければ、必ずやこの事件の真相を暴き、ソフィアさんを襲った真犯人を見つけ出してみせます」
「手伝うって……何を言ってるんだい! 君は一応君は被疑者なんだよ? そんな人を騎士団の捜査に介入させるなんて」
「そこを何とか、お願いします。この通り」
俺はその場に膝をつき、拘束されたままの手と額を床に擦り付けて土下座した。
情けない醜態だが、これは俺が有罪になるか否かの瀬戸際なんだ。くだらないプライドにかまけてる場合じゃない。
「……そんな頭下げられても。いくら僕だって立場上聞けない相談ってものが――」
「一つ訊くぞ、ユーキなんとか」
困り顔のライアさんにそう却下しかけた時、クリスティアさんが一歩前に出た。
「貴様はこの事件の裏を暴けるだけの能力があるのか?」
「ティア?」
「ただの一般人なら『もう一度ちゃんと調べてくれ』というところを、貴様は『自分で捜査させてくれ』と言った。よほど自分に自信がないと言えないセリフだ。どうなんだ?」
……なんだ、そんなことか。
俺は鼻で笑うとゆっくり立ち上がり、彼女の碧眼をまっすぐ見つめ返して言った。
「当たり前ですよ。プロですから」
「プロ?」
聞き返してきたところで、俺は得意げに左手の人差し指を立てる。
そしてそれを銀髪女騎士に突き付け、軽くウィンクしてキメポーズ。
「俺は結城界斗。世界に蔓延るどんな謎も、微塵に砕いて解と成す。……探偵です」
沈黙。
誰も何もしゃべらない。全員ぽかんと口を開けたまま。
別に拍手喝采を期待してたわけではないけど、ちょっとリアクション薄すぎません?
それともやっぱりこの世界でも探偵を自称する人間は痛々しい人間だと思われてたりするんだろうか。
……などと思ったのだが、しばらくして返ってきたのは、そんなのよりもはるか斜め上をいく返事だった。
「たんてー? なんだそれは?」
「初めて聞く言葉だね」
「お仕事の名前か何かですか?」
えぇ~……。
指紋、監視カメラがないのはまだわかるけど……探偵まで? 異世界でもせめてそれくらいあるだろ! 特別な技術とか別にいらないじゃん!
「いや、あの……探偵っていうのは、そのですね、えー、こういう事件とかの謎を推理する専門家といいますか……」
「そんなの我々のやってることと何一つ変わらないではないか」
あんたなんも推理してねぇだろ! 状況証拠だけで犯人と決め付けておいて、よくそんなセリフが吐けるな!
とはいっても、実際の探偵なんて浮気調査やペット探ししか依頼されることはないもんな。こちら側の説明も間違いってないと言えば嘘になる。
だが。俺が推理を得意とするか否かとは別の話!
「俺の推理力はそんじょそこらの人間とはわけが違います。ここに来る前もでかいヤマを解決してきたんですよ! 警察でさえ諦めた事件を、自分一人の力で!」
と、必死になって語っても三人は半信半疑といった面持ちだ。無理もないか、実際にどんなものか見てみないことには信用してもらうのは難しい。さて、どうするかなぁ。
……。
俺はなんとか自分の能力をアピールできないものかと周囲をキョロキョロと見渡してみた結果。
こうなるに至った。
「クリスティアさん」
「ん? なんだ?」
「あなたもしかして、左の肩のあたり……怪我をしていませんか?」
「!?」
「それもおそらく……脱臼とか骨折とか、その手の類では?」
「ど、どうしてそれを!」
彼女は、俺に見抜かれた部分を右手で隠しながら一歩後ずさった。
よし、成功だ。
思わずガッツポーズを決めたい気持ちを抑え、あくまでクールな風を装いつつ解説を始めた。
「あなたは今、剣を腰の左側に下げている。これは一見すると右利きの差し方だ。だけどさっき、あなたが俺に斬りかかろうとした時の剣の持ち方は……左利きだった」
「持ち方?」
眉をひそめる彼女に、俺は剣を持つジェスチャーをしながら解説を始める。
「棒状の物を持つ時、人は利き手の方を上にして握るんですよ。つまりあなたは左利きにも関わらず、剣を右手で抜いた。それはなんらかの理由で左手が自由に動かせなかかったからだ。違いますか?」
「……確かに、だいぶ前に訓練中の事故で肩を脱臼した」
うつむき気味に女騎士はそう認めた。
「だが、どうして怪我の部位まで見抜けた? 二の腕とか、肘がやられていないかとは考えなかったのか?」
「そんなの、腕の動きを見ていればわかります」
俺は軽く腕を振り上げて、クリスティアさんが剣を持っていた時の真似をした。
左利きの持ち方で、左肩の後ろへ剣を振りかぶり……そのまま左足を前に踏み込んで振り下ろす。
「これがさっきのあなたの斬撃のフォームです。なにか気づいたことはありませんか?」
「……左肩がほとんど動いていない」
「その通り」
小さく答えを述べたソフィアさんに、俺は小さく笑いかけた。
「このやり方だと、左腕は肘と手首しか動かさなくていいから、肩への負担が少なくなる。
そんなことをするのは脱臼か骨折によるリハビリ期間中だからとしか考えられない。ですよね?」
「むむむ……」
下唇を噛んで若干悔しそうにするクリスティアさん。どうやら一言一句間違いはなかったようだ。
「……すごい」
「そこまで見抜くなんて……」
ソフィアさんもライアさんも、目を丸くして俺の推理に聞き入ってしまっていた。
こう見えても観察眼は昔っから鍛えてるからな。推理小説ヲタもバカにならねぇだろ?
俺は胸を張って自信満々に……と行きたいところだが、立場上の問題もあるのでうやうやしくへりくだって自分を売り込む。
「どうです。この推理力を活かせば、きっとお役にたてると思いますが……今一度ご再考願えませんでしょうかね?」
「推理の専門家……か」
腕組みをしてしばらく考え込んでいた騎士団幹部二人組だったが、やがて小さく息を吐くと、クリスティアさんがライアさんの方にに向きなおった。
「隊長。この者の申し出、聞き入れてはどうでしょうか」
「ティア!?」
マジかよ。
正直ライアさんが先に折れてくれるかもと思ってたんだが、まさか鬼軍曹の方が先に味方してくれるとは。どういう風の吹き回しだ?
「確かに、彼の言うとおりこの事件にはまだ不可解な点が残っています。もし万が一にも真犯人とやらがいるとしたら、放ってはおけません。どうか」
「あの、私からもお願いします、ライア隊長!」
一礼したクリスティアさんに続いて、ソフィアさんも頭を深々と下げた。
「やっぱり私……このユーキさんが犯人だとどうしても思えないんです! 面識もないし、恨みを買うようなこともした覚えもないし。もう少しよく調べてからの方がいいと思うんです」
「それは僕も同意見だけど……さっきも言った通り被疑者を捜査に使うというのはいろいろと問題が――」
「心得ております。それについては厳重な監視体制の下で行わせますので。それに、この者の処分の手続きまでにはまだ時間があるはず。それまでで構いません、どうかお願いします」
「お願いしますっ」
二人の部下に頭を下げられ、たじたじになる隊長さん。
とどめとばかりに俺も大声で「お願いします」と、もう一度土下座をかましてやると……。
「……わかったよ。そこまで言うなら」
っしゃぁ!!
と俺は心の中でガッツポーズ。
「ありがとうございます、ライアさん!」
「ただし、猶予は君が断罪審判にかけられるまでだ」
「だんざいしんぱん?」
「現在判明している証拠や証言、報告書をもって、王国の法務執行員が審議を行う。君が犯人かどうか、犯人だったらどういう罰を与えるかということも全てそこで決まる」
ほーん、こっちの世界にも裁判みたいなものがあったか。
だが実際は似て非なるものと考えるのがいいかもしれない。なんたって全てはその法務執行員とやらだけで済ますのだから。
弁護する人もいなければ、当然俺が口を開いて証言する機会などない。起訴されたらこっちの勝ち目はゼロ。実刑ルート確定だ。
「それは一体いつ?」
「明日の夕方だ。昼には君を彼らに引き渡さないといけない」
早いなぁ。まるですでに事件が起きる前から準備してたんじゃないかってくらい早いよ。
手続きが超大雑把なのか、法務執行員とやらがよほど暇を持て余しているのか定かではないが、はっきりしていることはただ一つ。
明日までに俺の無実を証明しないと、ゲームオーバー。タイムリミットは、もう既に刻一刻と迫っているってことだ。
普通の人間なら、絶望し、全てを諦めるだろう。
だが、俺はそんな奴らとは真逆の反応をした。
「十分すぎますよ」
俺を誰だと思ってる。
探偵、結城界斗。こんな謎など、秒で木っ端微塵に砕いてやるよ。
自身に満ちた俺の顔を見ると、ライアさんは静かに目を閉じた。
「そうかい。じゃあ僕は上にこのことを伝えてくる。ティア、あとのことは頼めるね? 彼との行動は記録にまとめて逐一僕に報告するように」
「御意」
クリスティアさんが了承すると、ライアさんは疲労困憊したような面持ちで療養所を出て行った。
よし、一時はどうなるかと思ったが何とかなったな。
俺は土下座を解除すると、大きく息を吐いた。
安心するのはまだ早いだろうけど、とにかくこれで処刑を免れるチャンスができたわけだ。
「おい、何をニヤニヤしている。貴様はまだ釈放されたわけじゃないんだぞ」
顔に出ていたのか、クリスティアさんが俺の胸ぐらを掴むと無理矢理立たせた。
「言っておくがな。私がお前を捜査に加えてやったのは、全部ソフィーのためだ」
「そ、ソフィアさんの?」
「ああそうだ。今回の犯行は明らかにソフィーに対しての殺意があっての犯行。彼女が生きていると知れれば、そいつは必ずまた何か危害を加えてこようとするはずだ」
本当に真犯人とやらがいるとすればな、と厭味っぽく彼女は付け加える。
「くれぐれも勘違いするなよ。私は貴様を信用していない。私は自他ともに認める懐疑主義者だ。だからこそ、こういう不穏分子がある可能性が浮上した以上、徹底的に探る」
「さいですか」
「だが、それは貴様とて同じだ。万が一にも、この機会を狙って証拠を捏造したりしないとも限らん。ちょっとでも変な動きをしたりしてみろ……即刻この剣の錆にしてくれる」
と、クリスティアさんは俺を突き飛ばすと、腰の剣の鞘から刃を引き抜いた。
脳裏に、取調室で殺されかけた光景がフラッシュバックする。
「ちょ、ちょっと待って! 一体何のつもり――」
まだ変などころか、動きすらしてないというのに! そう抗議しようとした時にはもう、彼女は剣を縦に大きく振り下ろしていた。 そして。
ガキンッ!
と、肉が断たれ、骨が砕けるにしては妙な音が響いたかと思うと。
両手を縛りつけていた手錠の鎖が、砕け散った。
ぱらぱらと鉄の破片が、床に音を立てて落ちていく。
「ひとまずはそこまで解放してやる。完全に外すのは全てが終わってからだ」
剣を収めながらクリスティアさんは、ぶっきらぼうに言う。
そしてその剣と同じくらい鋭い眼光で、俺を睨みつけた。
「探偵、とやらの力量……見せてもらうぞ」
「……望むところですよ」
俺は自由になった手を軽く振り、肩をぐるぐると回してウォーミングアップ。
真犯人は別にいる。
そいつを見つけ出すことが、俺の冤罪を晴らす唯一の方法。
ここからは俺の推理にかかってる。文字通り生か死かの瀬戸際に立ってる状態……二度も死んでたまるか。
探偵、結城界斗様の力……存分に披露してやんよ。
俺は気を引き締めると、指を鳴らし、肩を回し、拳を打ち付けた。
「さぁ、謎を砕きにいこうか!」