8話
「入れ替わりの謎が解けた?」
翌朝。
朝食を済ませた俺達が話を切り出すと、ネロさんはたいそう驚いた。
「……マジですか」
「マジマジの大マジです」
「それ、元に戻れるんスか? 治す方法が見つかったってことっスか!?」
「落ち着いてください。全部ご説明しますので」
とりあえず、ネロさんとミャケちゃんとフランさんをソファに座らせ、俺とティアはそれに向かい合うようにして椅子に腰かける。
「まず今回の入れ替わりは、お二人が階段でぶつかり転げ落ちたときに発生した、超常現象であると思われていましたが。実は違います」
「違うって……」
「じゃあなんでこんなことになったっていうのよ?」
だからそれをこれから話すっつってんのに、せっかちな人達だ。
俺は軽く咳払いをして、椅子から立ち上がり話の続きに入る。
「階段落ちの際に起きたってところまではあってますが、問題は……これが事故ではなく作為的なものであったということです」
「作為的……誰かがわざとやったってことっスか!?」
「そのとおりです。ぶつかった瞬間に、魔法を使ってね」
小さく頷いて見せると、ネロさんはあんぐりと口を開けた。
「まさか、昨日そっちの助手さんが自分が犯人だとかなんとか言ってたのって……」
「ええ、あなたがやったんじゃないかって疑ってたからです」
「申し訳なかった……」
「そんな……自分は何もやってないっスよ!」
だが間髪入れずに、黒猫が意地悪そうな口調で口を挟んだ。
「そうかしらねぇ。呑んだくれのあんたならやりかねないわよ。どうせ酔っ払ってメチャクチャな魔法でも詠唱したんじゃないの?」
「う……違う……違うんだよぉ」
再び疑いの目がかかると思った猫男は、また泣きそうになる。
同じ流れに発展させている気はないので、俺はフランさんの傍に近寄ってしゃがみ込む。
「フランさん。ネロさんは確かに酒は呑んでいましたが、酒場にいた人に聞いたところ、呑んだのは一杯だけだったそうです。彼がお酒に弱いということはないでしょうし、少なくとも彼の泥酔による過失という線はありません」
「はぁ!? じゃ何よ、あたしがやったとでも言うの! 冗談じゃないわよ! あたしはこんな大変な目になってんのよ! なんでそんなことしなくちゃなんないわけ!」
余裕ぶった表情から一転、ブチ切れてキーキーとがなりたててきた。
こっちはヒステリーか。まだネロさんの方がマシだな。
「落ち着いてください。誰もそんなこと言ってませんよ。それに、さっき魔法と言いましたが、現状一般人が習得できる魔法に、入れ替わりが起こせるようなものは存在しないとのことでした」
「え? ど、どういうことっスか?」
「……」
訝しげな目を向けてくる二人に、俺ははっきりと結論を述べた。
「入れ替わりを起こしたのは、二人のうちどちらでもありません」
誰もが予想しなかったであろう事実に、その場が一瞬静まり返る。
入れ替わりの犯人はネロさんでもフランさんでもない。なら、一体誰がやったというのか。
空気がひしひしと張り詰める中、俺はゆっくりと歩を進め、その犯人の前に立った。
それは……。
「あなただ」
17,8歳くらいの、いたいけな人間の少女。
フラン=ヴァイス……の姿をした、ミャケちゃんだった。
「ミャケが……え? ええ?」
驚いたのは当然その飼い主であるネロさん。
言われた当人はキョトンとしてなんの反応も示さない。
「ど、どどどどういうことッスか探偵さん! ミャケがなんか魔法を使ったとでも言うんですか!」
「マジカルビースト」
その問いに短く答えたのは、ティアだった。
謎の単語が出てきたことで、今度はネロさんもキョトンとしてしまう。
「まじかる……びーすと?」
「ああ。その名の通り、魔法が使える動物のことだ」
「へ? え? なんスかそれ?」
「まぁ聞いてくれ。ガット殿、そなたは魔法をどれくらい使える?」
「どれくらいって……まぁ自慢じゃないっスけど、結構使えますよ。昔やってた仕事で何かと必要になることが多かったもんで」
「やはりな」
ティアは銀色の髪を手でかき分けると、俺の隣に立った。
「マジカルビーストは、そういう魔力の高い者の傍に長い間いることで目覚める。いわばそなたの魔力がニャン公の体内に流れていってしまったというわけだ」
「そ、そんなことがあり得るんスか?」
「ああ。王都の研究機関も研究題目として取り上げているくらいだ。まだ公にはされていないが、私は元騎士団だからその辺の事情には詳しいんだ」
「……でも、入れ替わる魔法なんてないってことだったっスよね? たとえミャケがそのマジカルなんとかだとしても、説明がつかないんじゃ……」
「いいや、この話にはまだ続きがある」
そこでティアはこっち目配せしてバトンタッチ。
俺は人差し指を一本立てつつ説明を始めた。
「マジカルビーストが使う魔法には、人間と違うところが2つあります。1つは能動的に詠唱ができないこと。特に感情が高ぶったり強い意志を持ってたりすると、ちょっとした衝撃を与えただけで発動してしまう。今回妙なタイミングで入れ替わりが起きたのもそのためです」
そこで俺は息継ぎをし、中指を立てて第二の説明に移る。
「もう1つは……人間が使えない、未知の魔法を発動してしまうこともあるということです」
「えぇ!?」
「まだ原因ははっきりとはわかっていないのですが、動物に宿った魔力が突然変異を起こし、そういった事象を起こすのではないかと考えられています」
「じゃあ入れ替わりの魔法は……」
「ええ、間違いなく本物でしょう。ミャケちゃんが起こした、全く新しい魔法です」
「……」
脱力したようにネロさんはソファに背中を預けた。
まさかの自分の飼い猫が犯人だったというのは、さすがに想像もできなかっただろう。
「どうしてなんだ……ミャケ……」
「……」
ネロさんの悲しげな声に、フランさんの姿をしたミャケちゃんは何も答えない。
ただじっと申し訳無さそうに、ソファの上でうつむいているだけだ。
俺はそんな彼女に目線を合わせて語りかけた。
「きっとこの子は……ネロさんともっと親密になりたかったんですよ」
「親密に? 何いってんスか。親密も何も、自分とミャケは家族みたいなもんっスよ? 毎日一緒にご飯食べて、一緒に遊んで、一緒に寝て……」
「でもこの子はそれじゃ不満だったんですよ。なぜなら……」
そこで俺はネロさんに視線を向け、一言言い放った。
「猫のままだから」
「猫の、まま?」
「ええ。飼い主とペット、この子が望んでいるのはそれ以上の関係なんです。例えば……恋人同士とか、夫婦とか」
「!」
そこでびくん、とミャケちゃんの身体が震えた。まるで今の言葉の意味を理解したように。
「だけど自分が猫でいるかぎり、結局は飼い主とペットのままで終わる。そう思ったこの子は、願ったのではないでしょうか」
「まさか……」
「ええ、そのまさかです」
人間になりたい。
そう言葉に出ずともネロさんには伝わったようだ。
その一途な思いこそが、今回の大騒動の元凶。
彼はどう反応していいのかわからないようで、ついには両手で顔を覆って塞ぎ込んでしまった。
責めるつもりで言ったのではないので、すぐさま俺は優しく言葉をかけた。
「気に病むことはないですよ、今回の事件は誰が悪いってわけじゃないんですから。それに、元に戻す方法もちゃんとあります」
「……え?」
顔を上げたネロさんに、再びバトンを託されたティアが説明した。
「王都の研究機関では、マジカルビーストから魔力を抜き出して、通常の動物に戻す治療も行われている。ニャン公の魔力が切れれば、きっと魔法も解除されるだろう」
「ミャケを連れて行くんスか?」
「ああ。正確には今のヴァイス殿をな。だが心配無用。危険はないし、早ければ明日にでも元気に帰ってこれる」
「え? あたしを?」
そこで長い間口をつぐんでいたフランさん(猫)が反応した。
「当然だろう、魔力が宿っているのは、今そなたが宿っているニャン公の肉体なのだから」
「で、でも……!」
「心配いらん。安全は私が保障する。そら、そうと決まればさっさと行くぞ」
有無を言わせず、ティアはフランさんを抱っこして部屋のドアを開けた。
「では私は研究施設に行ってくる。治療が完了次第また連絡を入れるので待っていてくれ。では失礼」
「じゃあ俺もこのへんで失礼します」
それに続いて俺も急いで荷物をまとめ、ネロさんに軽く挨拶。
「え? 自分はついていかなくていいんスか?」
「ネロさんはミャケちゃんとここにいてあげてください。なんかありましたら、第三騎士団本部を尋ねていただければ。ではでは」
困惑するネロさんの返事を待たず、俺はティアと一緒にそそくさと出ていった。
◆
バタン。
……。
「行っちゃったよ」
「にゃ、にゃぁ……」
「よしよし、心配いらないよ。もうすぐ元の身体に戻れるそうだから……大丈夫、あの人達ならなんとかしてくれるさ」
「……」
「ふっ、なんだかこうして二人だけで話すのも久しぶりな感じがするな。まだ一日しか経ってないのに」
「にゃ~」
「……なぁ、ミャケ?」
「うにゃあ?」
「お前……もしかして嫉妬してたのか?」
「……?」
「いや、探偵さんの推理を聞いてたらそうなんじゃないかなって薄々思えてきたんだ。オレはお前を可愛がってきたつもりだけど、お前はそれじゃ満足できなかった。それって多分、あの話をずっとしてきたからだろ」
「……」
「オレが、本当はフランのことが好きなんだってこと」
「……!」
「思い返してみれば、その話題ばっかだったもんな。だからお前、自分に愛情が向けられてないんじゃないかって思ったんだろ?」
「……にゃ」
「笑えるよな、目の前にお前がいるのに……オレの頭の中はいつもあいつのことでいっぱいだったんだもんな」
「……」
「だからよ、こうしてお前とあいつの身体が入れ替わって……もちろんびっくりしたけど、ちょっとだけ幸せだった」
「……」
「こんなに近くに、あいつがいる。こうして触れ合うことができる。現実じゃ絶対に叶いっこない願いだったから。元に戻れるって聞いたときも、どこかで残念に思ってる自分がいたんだ」
「……」
「なんて、つくづくダメな奴だよオレって。こんなことで、あいつと仲良くなれるわけないのに。本人には素直に伝えられないで、ずっと喧嘩ばっかりのくせしてさ……」
「……」
「本当の気持ちを話すのは、いつもお前だけ。そのお前も、知らず知らずのうちに傷つけちまってた」
「……」
「ごめんよ。お前の気持ちを理解してやれなかったオレのせいだ。だからこんな事が起きたんだ。この事件の全ての元凶は……お前じゃなくて、オレだったんだ」
「……」
「本当に、本当にごめんな……ミャケ」
「……」
ドーン!
「はいそこまでー!!」
と、大きな音がして突然部屋のドアが開かれた。
ネロさんは入り口に立っている人物を見て、目を丸くした。
「た、探偵さん!?」
そう。どんな謎も微塵に砕いて解と成す、頭脳明晰で超クールな名探偵ことこの俺、結城界斗様であった。
「な、なんでここに? 王都の研究機関に行ったんじゃ……」
「ええ。ティアと猫は行きましたよ。それを俺は外の廊下に出て見送っただけです」
「え? えっ? えぇ?」
ネロさん驚きの三段活用。
別に嘘はついてない。俺は「失礼します」と言っただけで、あいつらについていくとは一言も言ってないからな。
「な、なんでそんな……って待てよ。廊下にいたってことは、まさか……」
ぶわっとネロさんの毛が逆立つ。
顔は強張り、目は大きく見開かれた。膝や腕はガクガクと震え始め、怯えきった表情で彼は俺を見る。
「まさか、今の……聞いてたんスか?」
「ええ、最初から最後までぜーんぶ♡」
意地悪っぽく笑ってみせると、ネロさんは凄まじい勢いでその場にひれ伏し、地に頭を擦り付けた。
「頼むッス! あいつにだけは言わないでください!」
迫真の土下座。
予想もしていなかった大仰なリアクションに、俺は少し引いた。
「あれを知られたら自分、もう立ち直れないッス! お願いします! 何でも言うこと聞くッスから、どうか……」
今にも泣きそうな声で懇願してくるネロさん。
確かに言いづらいことではあっただろうけど、ここまでとは。なんか悪いことしちゃったな。
「心配いりませんよ。俺は誰にも言いませんし、それをネタに揺すろうなんてこれっぽっちも思ってませんから」
「ほ、ホントっスか?」
「ええ。だって――」
俺はそこで彼からとある方向に視線を切り替え、静かに言の葉を放った。
「本人にもう、とっくに聞かれちゃってますから」
「……は?」
言われた意味がわからず、今日何度目かになる呆けた表情と声をあげるネロさん。
本人にもう聞かれている。
誰に? ネロさんの言う「あいつ」に。
何を? ネロさんがそいつのことが好きだということを。
「ですよね? フランさん」
俺は短く言う。
見つめる先にいる……その人物に向かって。
若い人間の女の子。
さっきまでにゃーにゃーと鳴いて、ネロさんと仲良くじゃれあっていた少女。
そして彼が……「ミャケ」と呼んでいた少女だった。
「え……」
ネロさんが背後にいる彼女を振り返ると、すぐに気がついた。
その瞳が、さっきまでの純真無垢な猫のものではなかったことに。
色白の頬は紅潮し、息遣いも荒くなっていたことに。
そこにいたのは既に……猫の魂の入った器ではなかった。
それを証明するかのように、「ミャケ」は呟いた。
「……ネロ」
「うそ……だろ……」
腰を抜かし、へなへなとネロさんはその場に尻餅をついた。
「そんな……元に戻るのは明日のハズじゃ……」
「いいえ、ネロさん。違うんですよ」
状況に頭がついていかず、ネロさんを一瞥して俺は言う。
「入れ替わりなんて、最初からなかったんです」
「は!? どういう意味っスか? ミャケがマジカルなんとかで、その力で起こした魔法だって話じゃなかったんスか!?」
「ああ、あれ嘘です」
「は!?」
「全部俺の考えた創作です。そんなものありません」
「……」
とうとう驚きの言葉すら失ったネロさん。まぁ当然か。
だが、これでこの事件の本当の仕掛け人は炙り出せた。一連の流れは、この時のための芝居。
俺は口の端を吊り上げて笑い、目の前の人物に一歩を踏み出した。
「やはり、全てはあなたの狂言だったのですね」
そう尋ねると、仕掛け人……フラン=ヴァイスは頷いた。




